祖母
サチコは祖母のところへ来ていた。
サチコは友人が失踪したことや最近学校に行くことが億劫となっていることを話せずにいた。祖母を落胆させたくはなかった。
その上に自分にも手紙が届いたなんて。サチコがいなくなれば祖母はどれほど悲しむというのだろうか。
「たこ焼きをね、二、三個一気に食べようってなって口の中火傷しちゃったの」
表面上は当たり障りのない話をしながらもサチコは自分自身の罪深さに心が痛む。
ユウラクの赤い目が思考に反芻される。頭がクラクラする。自身のこれからの運命は今までとは違う。ユウラクの言葉、印象がジリジリと思考を焼いて世界観を変更させる。
コウタのことを思い出そう。最近はクラスに顔を出せていないし、彼は最近表情が暗い。心配なんだけれど何の交友関係も持っていないサチコは何も話しかけられずにいた。心配なのにどうしてこの気持ちが伝わらないのであろうか。サチコは自分自身の不甲斐なさに嫌になる。
「サチコ、あんた言いたいことあるんちゃうんか」
「えっ」
サチコは今自分が何を話していたのか思い出そうとする。祖母に自分の気持ちを気付かれないように話した世間話は通用しなかったようだ。
「サチコ、おとんの形見触ってるやろ」
サチコはいつのまにか父親のペンダントを触っていた。
「サチコがそれ触るときは不安なときや。一体どしたんや」
「えっとね、いや、うん」
「わしにいって支障があることかいな」
祖母に心配をかけている。一番避けたい事態だったのにどうしてこうなったのだろうか。自身の不甲斐なさにサチコは涙がでる。
「サチコ、こっち来なさい」
祖母はサチコを呼ぶ。サチコは祖母の近くに寄り添う。祖母はサチコの頭を撫でる。
「あんたは笑顔が一番や。やけどな、笑顔になれんときに無理やり笑うことないんや。泣きたいときは泣いて、怒るときは怒って、愚痴りたいときは愚痴るんが一番や。そうしてあんたの笑顔は誰にも負けん一番になる」
サチコは涙が止まらない。何も言えない。祖母に伝えたい感情が身体中にバシバシと生まれるのに何一つ言葉になる前に涙として流れてしまう。
祖母はサチコが泣き止むまで頭を撫で続けた。
サチコはようやく落ち着いてくる。
祖母からハンカチをもらい、涙を拭く。
胸がギスギスと痛む。
聞かなければならないことがある。
伝えなければいけないことがある。
おばあちゃん、私もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。
「おばあちゃん。もしも私がもうおばあちゃんとは会えなくなるとしたら…」
サチコは小さな震える声で伝えた。
祖母はきょとんとした顔でサチコを見つめる。
「なんや、えらいたいそうなこと言うの。祖母より先に逝くつもりかいな。そんな殺生なことは」
「死なないよ。私は生きていくよ」
「じゃあなんや。なにかとてつもなく大切な用事でもできたのかいな」
「大切かというとわかんない。でも、運命。こんなこと言うとおかしいけれど私がそうなってしまうの。一緒にいたいの。でも居られなくなるの。それがどうしてもどうしても」
「いたいんやったら居たらええやないの」
「私もそう思う。でも、身体がどうしても…」
「どっちや」
「えっ」
「あんたはどっちを選ぶんや。コウタくんか。転校生か」
いきなりなにを言いだすんだおばあちゃんは。
「サチコも立派に女になりおおせたわけや。そうまでなったのならわしはもう何も言わん。なるようになされ」
「そうじゃなくて」
「わしはどっちに進んでも応援する。例えその結果もう二度と会えへんとしてもな。
サチコ、わしはサチコが笑顔で居てくれればそれでええんや。だからな、笑顔になれないようなことを無理やり進もうとするんやったらわしは絶対許さへんからな。
約束やで。おばあちゃんの呪いや」
「呪いって大袈裟や」
祖母はサチコの胸に手を当てた。
「わしはな、サチコの信じとる。サチコなら絶対に幸せになってくれると信じとる。だからわしのことなんぞほっといてくれてもええんや。
頑張りな、サチコ」
祖母はサチコからゆっくりと手を離す。
サチコは本当のことをなに一つ言えないままに祖母との面会を終えてしまった。
しかしそのことがかえって良い結果を生んだのではないか。後にサチコはそう回想する。
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