転校生との会話

放課後サチコは一人でトコトコ最寄り駅へと向かっていく。ミチはハンドボール部の活動に向かい、サチコは帰宅部だった。

駅前のコロッケ屋さんで熱々のコロッケを購入する。電子掲示板で確認すると次の電車は十分後。駅のホームの座席に座りコロッケをもくもくと食べる。

「横、いいかい」

まるで透明で粘り気のある液体が及んでいるような声が聞こえる。薔薇の匂いが強い。まるで酔ってしまいそうな。サチコは咳をして食べかけのコロッケを飲み込んだ。

「別に構いませんよ」

サチコは警戒しながら呟いた。転校生のユウラクだ。

「ありがとう」

ユウラクはサチコの横の座席へ足を組んで座る。サチコはカバンから水筒を出し、麦茶をゴクゴク飲む。

「同じクラスだよね。君の名前はなんていうんだい」

「佐藤です」

「下の名は」

「サチコですけど」

サチコは目を合わせようとしない。ユウラクのまっすぐでありながらどこやら奥深い眼球は目を合わせると危険だ。女の子を誘惑する悪の雄牛だ。

「佐藤サチコ。君は世界に幸福を誘い込む女の子なんだね。好きだよ。その名前」

「私たち今日初めてあったばかりなんですけど」

「そうだね。初めて会ったばかりだ」

「ちょっと馴れ馴れしすぎです。そういうの私嫌いなんです」

ユウラクは口角を吊り上げ笑う。

「君って恥ずかしがり屋なんだね」

この男はどこまでもずけずけ人の舞台に土足で踏み込む。どうして私の横に座るのだろうか。

「君って運命を信じているかい」

「脈絡なさすぎですよ」

「世界っていうのはいつも唐突だよ。僕と君が出会ったのもあまりにも唐突だった」

「私は信じない。運命なんていつもデタラメなんだから」

ユウラクは腕を組み笑う。

「僕は信じているよ。君も信じなければならないと思う」

踏切のベルが鳴り始める。電車がやってきた。

サチコは水筒をカバンに直す。するとユウラクは胸の薔薇を摘みサチコの鞄に押し込んだ。

「何するんですか」

「君は信じたくないし、信じているんだろう」

「一体何の話ですか」

サチコは鞄の薔薇をユウラクに返そうとした。しかしユウラクがサチコの耳元で囁いた。

「君は運命の手紙を待っている」

胸がドキッとした。サチコはバランスを崩す。秘密の花園への招待状が頭に浮かぶ。しかしあれは女の子しか知らない秘密。男な上に転校生のユウラクがどうして知っているというのか。

サチコは尻餅をついた。

「とにかく赤い薔薇を見ながらゆっくり考えたまえ」

ユウラクはホームを去っていく。電車は扉を開き、閉まる。発車する。

サチコはまだ胸の鼓動が収まらない。

いったい今の出来事はなんだったのか。当事者であったのに違うような、個人と他者の境界線がなくなったかのような。

サチコは熱の篭ったコンクリートをスカート越しに感じながら座り込み立ち上がれなかった。ホーム越しの白髪の男性がちらちらとサチコの下半身を見ているのに気づいて立ち上がるのに数十分かかった。

サチコは恥ずかしくて頬を赤く染めてスカートをはたいた。

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