情熱の薔薇

容原静

学校一の美人の失踪、謎の転校生

学年一の美人として有名だった内海キョウコが夏休み中に失踪したことは誰もが知っていることだった。しかし彼女が一通の手紙をきっかけにして失踪したという噂は同年代の女の子しか知らない秘密だった。

一通の手紙はある日突然学校の靴箱の中に届けられる。それは秘密の花園への招待状。

選ばれしものだけが導かれる永遠の世界へ彼女は消えた。女の子にとって一番幸福な世界へ導かれた。

女の子ならば誰でもシンデレラストーリーを期待している。両親は娘をシンデレラと伝えてしまうから。しかし数多くの女の子がシンデレラと思い込んでしまうから、真のシンデレラは誰かと残酷な世の中は内海キョウコを招待したように選択する。そのことに数多くの女の子は心を傷つけて、どんどんシンデレラとはほど遠いおばさんの完成へ時間を浪費していく。

佐藤サチコは秋などいつ訪れるのかと蒸し暑い講堂で夏休み明けの諸注意にガミガミうるさい教諭の話を右から左に流す。サチコは斜め前にいる加藤コウタの大きなあくびを眺めていた。退屈な時間が意味のある時間となっていく。

サチコは自分自身もまたただのおばさんになるしかないシンデレラの一人だと理解している。自分自身が有名なシンデレラのように勤労に費やするわけでも美しくも素直でもないことは自覚している。それでも自分なりのシンデレラストーリーがあればいいなとは胸の中で願っている。

例えば自宅から少し離れた高校に電車通学して、途中から合流する男子生徒とおしゃべりして少しずつ仲良くなって最終的には恋人となる。そのような甘いストーリーなら他の誰とも変わらない普通な女の子のわたしにも叶っていいはずだと考えている。

それがまた大あくびをかましたコウタならば幸せではないかとサチコは思う。顔はそれなりなのに少し間抜けそうなのがかえっていい。

サチコは恋をしていた。



長かった全校集会がおわりクラス毎に教室へと戻る。

淡々とユキコは流されるままに歩いている。友人と仲よさそうに笑っているコウタを横目に。

少し体勢を崩す。肩を叩かれたのだ。誰かと思うとミチだ。ミチは口角を吊り上げてニヤニヤが収まらないようだ。

「一体なによう」

「なぁーにも」

ミチは口笛を吹く。ひっぱ叩いてやろうかこの野郎、とミチの赤い頬に一発かましてもいいかもだけれどユキコは辞めた。

「そんなことより内海さんがいなくなるってやっぱり大きいことだったんだね」

ミチは大きく首を縦にふる。

「そりゃ、たった二、三ヶ月で学年中の男の子を骨抜きにした女の子だかんね。あったりまえだべよ。ユキコの彼だって」

「またこうして」

「いたっ」

ユキコはミチの手をつねる。

ミチはベロを出して笑う。

「若気の至りじゃ許されし」

「絶対絶対許すもんか」

双方言葉が止まる。かと思うと笑い出す。

「まあなんとかなるもんじぇ」

「もちろんこんな事で絶交しちゃうと友情がいくつあっても足りんからね」

二人で楽しく話しているうちに教室に辿りつく。

まもなくしてホームルームが始まる。

「ええ転校生を紹介する」

マイペースな馬場先生は脈絡もなく呟いたのでクラス中が騒然とする。男の子は女子か聞き、女の子は男子を想像する。

教室の扉は開く。男の子は落胆し、女の子は黄色い声をあげた。

高校生にあるまじき美しき男性がいる。白髪に赤目。胸に赤いバラを刺している。名前は

『月見ユウラク』

と黒板に記入された。

「こんにちは世界の皆さん。月見ユウラクと申します。

私は世界を侵略をするためにこの地に降り立ちました。

皆様もどうか私の野望を叶える礎になってくれることを祈って」

姿格好に似合わない命のポーズ。

「敬礼っ!」

みんなの顔に冷や汗が垂れているのがよくわかる。初見と話し始めた印象があまりにもかけ離れている。他クラスの賑やかな声が寂しく響く。

「いやあなかなか派手で個性的な挨拶だね。僕は好きだな。じゃあ君は真ん中一番後ろの席にいきたまえ」

ユウラクは素直に先生に指定された席へと向かっていく。馬場先生はマイペースにもほどがある。みんな頭を抱えて今後この同級生とどう付き合っていけばいいのか考えていた。

ユキコはユウラクとは一度も話さないようにしようと心に決めた。

何かおかしな方向へと進んでいきそうな危うさを秘めているから。

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