Hello, world!

しいな らん

Hello, world!

2012-10-04

 ここは繭美ちゃんの部屋だ。

 アパートの一階の八畳一間。

 こたつが一つあるだけの質素な部屋だ。

 僕は内側と外側が反転しそうな焦れったさに襲われている。頭蓋がバンバンと脈打ち膨張して、脳と身体の表面が痺れている。

 見渡せば僕を含め八人いる。

 繭美ちゃん、葉月ちゃん、タマミちゃん、妹尾さん、横山さん、大樹君、ナディア。

 頭が上手く機能していない。ぼんやりと皆を眺める。

 暇だ。暇だね。

 誰とも無しに言い出して、ビデオをレンタルしてくる事になった。もちろん借りに行くのは僕。そういうものなのだ。

 道化。

 トリックスター。

 村のバカ。

 僕はいじけて合法ハーブ、とは名ばかりの、可燃性の葉っぱに化学式をちょっとだけかえた薬品を染み込ませ、もしくは振りかけただけのお粗末なドラッグを二吸い、三吸いし、ウイスキーREDを一口飲んで胃に火が灯った所で部屋を出た。

 外はもう暗い。吐く息は白く、空は高い.

 駅の近くに着くと通りで五人組の若者と出くわした。

 狭い歩道を占拠しているので、嫌だなぁと思いながらも身体をずらし通り抜けようとすると、若者の一人が肩をぶつけてきた。

「おい、痛えじゃねえか」

 僕は答える。

「もう俺は半分死んでるんだ。これ以上文句があるなら、命を賭けてでもお前を殺すぞ」

 若者の一人は恥じらうような苦笑いで無言で引き下がこをって行った。

 レンタルビデオ屋についたものの、何を借りたらいいのかわからないので、自分の趣味で選ぶことにした。

『カッコーの巣の上で』『狂い咲きサンダーロード』『恋はデジャ・ブ』「エンターザボイド」「ファイトクラブ」

 冬の香りを胸いっぱいに吸い込み、のんびりと部屋へ戻った。

 部屋には霧がたちこめていた。

 お帰りも無く、みんなヘロヘロレロレロしている。

 やかんがぶくぶくなっている。

 床を見ると五つあった合法ハーブのパッケージが全部空になっていた。しかも大量の空の薬のパッケージが転がっている。注射器とボング、ストローなんかも

「ベゲタミン」「メイラックス」「リスパダール」「エビリファイ」「ロラメット」「コントミン」「ロヒプノール」「リフレックス」「マイスリー」「デパケン」「エリミン」「ベタナミン」

 みんな、薬は選べ。

 レロレロしながら妹尾さんがこたつの上で麻雀牌をかき混ぜている。僕も混じりたかったが、もうメンツが揃っているようなので、残念そうにしていると、ナディアがにへっと笑ってジャーン! といった感じでもうひとつの麻雀牌を床に広げた。

 ナディアは短髪の褐色で、朗らかな性格の華奢で背の小さな女の子だ。

 僕はナディアに恋をしているのだ。

 嬉しくなって微笑む。

 ナディアの置いた麻雀牌の前に座るとナディアの横に侏儒がいた。

 なんだ、また一人増えたのか。俺はじゃんけんでメンツを決めようと言ったがナディアは「いいよぅ」と言う。だが、これじゃあ一人がハブになってしまう、俺が「じゃーんけーんぽん」と言って手を出すと、侏儒は三本の指を出した。

 ナディアは申し訳なさそうな顔をしている。

 侏儒がハイハイでこちらに近づいてくる。

 侏儒は無脳症の子供のような顔をしていた。よく見れば指は三本しかない。

 何を考えているのか見当もつかない濁った二つの瞳で僕を見つめ、三本しかない手を僕に差し出してくる。

 身体に悪い事ばっかりしてるからこんな子が生まれるのだ。

 気をつけろ。

 僕は怖くなり、後ずさると、空の缶でまんぱんになったゴミ袋にぶつかった。

 ゴミ袋は犬の形に変化し、パキカコならしながら僕の腕に噛み付いた。

 その痛みで目を覚ます。

 そこはいつもの自分の部屋だった。

 嫌な気分のまま、また浅い眠りについた。 今度の夢は、お家に可愛い子猫がやってくる夢だった。

 それで俺は人生初の夢精をした。

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Hello, world! しいな らん @satori_arai

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