第3話 バカの周りに集まるのは大抵バカしかいない

 これからの身の振り方がとてつもなく不本意な形に決まったところで、絶望感に打ちひしがれながら朝食の干しブドウをコロコロと舌の上で転がしていると、不意にギィッとギルドハウスのドアを開く音が聞こえてきた。


「いま戻りました」


 透き通るような美声を響かせながらギルドハウスに入ってきたのは、すらっと背筋の伸びた金髪の女。

 おっとりした印象を受ける目元に整った顔立ち。人間族ヒュームの女性としては長身。背丈は俺と同じぐらいで軽装の鎧に身を包んだ身体は下手な男よりもガッシリしているように見えた。

 彼女の名前はリリス・エルウッド。

 我らがギルド<戦乙女たちの庭ヴァルキリーガーデン>の看板娘である。


 実際のところ、看板娘の評判は伊達じゃない。

 なんたってウチが受注するクエストのほぼすべてがこのリリス嬢とお近づきになりたい野暮な連中からの口利きで成り立っているのだから、俺たちのような貧乏ギルドにとってはまさに救いの女神なわけ。

 

 ああ、そういや美人と評判のアホがもう1人いるが、そっちは性悪なのが広く知られてるせいで、むしろギルド自治区の人たちからは避けられてるって噂だ。ごもっとも!


「ヴァスティさん。どうかしました? 眉間にひどくシワが寄ってますよ?」


 フゥッと息を吐いて俺の隣に腰かけるリリス。

 なんか急に良い匂いが漂ってきたんですけど。

 もうそれだけで俺の荒んだ心が洗われていく。

 マジ女神! 俺に優しい女の子はみんな女神!


「朝から色々とあって軽く人生に絶望してるとこだ」

「もしかして……またフィオナが無茶なお願いを?」

「無茶というか……今回はさすがに予想の斜め上を行き過ぎてて……精神的に疲労困憊って感じ」

「フィオナ! 前から何度も言ってるでしょう! ヴァスティさんはあなたの家来ではないのよ!」


 リリス嬢がその真っ白な頬を微かにピンクに染めて声を荒げた。


「うーん……ちゃんと分かってるよ」


 その剣幕にタジタジといった様子の幼女はバツが悪そうな顔で俺を睨みつける。

 これは最近になって気付いたことなのだが、どうやらリリスと幼女は古い付き合いらしく、この2人の関係は絶妙なパワーバランスで成り立っていた。

 具体的には、誰に対しても傲岸不遜な態度を崩さない幼女がなんとリリスにだけは頭が上がらないみたいで、調子に乗って叱られてるのは日常茶飯事。

 まあ、品行方正なリリスの前じゃ誰だってそうなりそうだけど。

 かくいう俺もさっきから背筋がピンッとしてるし。


「ほら! ちゃんとヴァスティさんに謝ってください!」

「えーっと……ごめんね?」

「なんで疑問形なんだよ?」

「あーもう! ごめんごめん! これでいいでしょ!?」

「テメエ……もっと心を込めて謝れバカ野郎!」

「そうよ! 素直に謝りなさい!」


 再び叱責された幼女は涙目の俺を見つめて一言。


「……ごめん……なさい」

「おっ……おう。まあ、分かればいいって」


 そんな潤んだ瞳で見つめられたらなんか俺が悪く見えるからやめてくれ。


「うん。これにて一件落着ね」


 そう言って、ニッコリと微笑むリリス。

 いや、まったく落着してないことに気付かないのか。つーか、この微妙な空気感をどうしてくれるわけよ。

 ほら。見ろ。幼女もう泣きそうなってるから。これ完全に俺のせいみたいな空気になってるから。俺なにも悪くないのにただただ申し訳なさでいっぱいだから。

 

「うぃーっす。ただいまポチ君の散歩より戻ったっす」


 そんな気まずい状況を打ち破るかのように、ドアを開けて入ってきたのはピンッと立った猫耳が特徴的な獣人族キャッティの男だった。

 コイツの名前はジェニス・ハインツという。

 少しだけ濁った茶色い髪。ヒョコヒョコと揺れ動く長めの尻尾。左の頬と右の目尻に切り傷があるものの、それが気にならないぐらいの色男。まあ、極度の女好きなうえに、その顔にはいつも軽薄な笑みを浮かべているから、せっかくのイケメンも台無しだけど。


「おう。ジェニ男。今日も悪かったな」

「あらっ、アレン君ってばようやく起きたっすか? いい加減にポチ君の散歩ぐらいちゃんと付き合ってあげたほうがいいっすよ!」

「ポチはこのギルドのマスコットなんだよ。世話するのは団員の義務だろうが」

「へーっ……って、ポチ君は元々アレン君が引き連れてたペットでしょ? いつからギルドのマスコットになったっすか?」

「細かいことは気にするな。ついでに明日もよろしく」


 そう返事をしてからジェニ男の足元に視線を移す。


『おい小僧。以前より何度も言っておるが吾輩の名は<神食いの金狼フェンリル>じゃ。ポチなどという低俗な名で呼ぶでない』


 そこにいたのは金毛の狼。まあ、派手な見た目の大型犬である。


『犬ではないと言っておるじゃろうが』


 ちなみに俺ってばポチと心の声で会話ができるのだ。ポチ曰くどうやら念話というかなり特殊な技能スキルらしいのだが、これされると頭の中がガンガンするからあまり好きじゃない。

 んで、普通に声を掛けても「ワン」としか答えないからそもそも言語での意思疎通は無理なわけで、ぶっちゃけポチと念話ができるのは俺1人しかいないから必然的に世話するのは俺の役目。念話のことを団員に説明しても誰も信じないし。俺ってば地味にそこんとこ困ってる。


『よいではないか。この神話にもその名を轟かす<神食いの金狼フェンリル>と念話できるなど至上の名誉であるぞ』


 ポチとの出会いはこの場では割愛しておくが、いくら毛が金色だからって普通の犬に念話とかできるわけなくて、実際のところコイツはかなり特別な犬だった。それはもう信じられないくらいに規格外の犬よ。

 よし。思いきって狩猟ギルドか革細工ギルドに売り払ってしまおう。


『やめておけ小僧。どうせその日のうちにお主のところに戻ってくぞ』

「だーかーらー! お前こそいい加減に念話やめろって言ってるだろーが! 頭にガンガン響いて余計イライラすんだよ!」


 と、思わずポチに向かって声を荒げる俺。

 

「ヴァ……ヴァスティさん? 大丈夫ですか?」


 いきなりポチに怒鳴りつけたせいだろうか。驚いた表情のリリスがジリジリと後退りしながらこっちを見ている。


「いや! これは違うんだよ!」


 必死に取り繕うもその場の微妙な空気がそれを許さない。


「ふっ。イライラをペットにぶつけるとは……貴様はブリーダーの風上にも置けない男だ!」


 形勢逆転とばかりに俺を糾弾する幼女。

 コイツ……さっきの絶対ウソ泣きだな。


「つーか、俺はブリーダーじゃねーから!」


 なに勝手に職業変更ジョブチェンジしてんだこの野郎。

 どうせならそのまま脱退させてくれ。


「まあまあ。アレン君も起きたばっかで寝ぼけてるだけっすよ! ここはみんな温かい目で見守ってあげようっす!」


 ジェニ男の分際で思いっきり笑いを堪えやがって……。

 アイツそういうとこあるからな。なんつーか他人の不幸が大好物みたいな。

 俺も若干シンパシーを感じてしまうわ。


『時に小僧。吾輩の朝食はまだか?』

「黙ってろポチ! お前に食わす飯があったら俺が食って……ハッ!?」


 怒りのせいで再びの自爆。

 三者三様の視線に耐えきれなくなった俺は長机の上に崩れ落ちた。

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