第2話 ルールは破るためにある(破ったらほぼ人生が詰むのはご愛嬌)
さて、10億リルカとはどれぐらいの金額なのだろうか。
そう思った諸君に分かりやすく説明しておくと、田舎のじいちゃんが木を1本倒して木工ギルドに納品すると10リルカもらえる。普通に1ヶ月ぐらい暮らすとしたら1000リルカぐらいあればいいから、じいちゃんは月に100本の木を倒せば最低限は生きていけることになる。
とはいえ、これはあくまでも単純な計算。木なんて1ヶ月で50本ぐらい倒せればいいほうだ。
斧だけで木を倒す仕事は若者でもしんどい重労働で、おまけにじいちゃんは結構な年齢だから無理できないし、納品できる木だってそんなにウジャウジャと生い茂ってはいないから、実際は内職とかしながら質素倹約に努めてなんとか生活を維持しているわけだ。
これでなんとなく分かっただろうか。
10億リルカという途方もない金額が。
じいちゃんが1億本の木を薙ぎ倒してやっとこさ支払える金額なのだ。
最終的にはじいちゃんがぶっ倒れるか、この国から木が1本もなくなるかの勝負になってくる。じいちゃんだいぶ劣勢。
つーか、そういや俺ってばこのギルドに入ってから金をもらったことなんて一度もないのだが。基本は食物支給。今更ながらたまにありつけるパン1つに狂喜してた自分が怖い。なにこの洗脳ギルド。
10億リルカどころか、ぶっちゃけ1リルカすら持ってないっての。
「この崇高なギルドを辞めたいならさっさと脱退金を払いなさい。そしたらいますぐそのドアから出て行ってもいいわよ」
ニヤニヤと寒気がするほどの薄ら笑いを浮かべる幼女。その顔が悪魔に見えたのはきっと気のせいじゃない。
「死ねコラ! 誰が払うかよ! こんなの詐欺じゃねーか!」
「人聞きの悪い。この誓約書に署名したのはどこのどなた?」
「その誓約書は……アレだ! 偽造したんだろ!」
「ふんっ。これはギルド会館製の偽造不可能な羊皮紙なのよね」
「ぐはぁ……いや……でも、たしかに書かれてなかったはずなのに……」
「往生際の悪い。ほら、さっさと辞めるか残るか決めなさい!」
待てよ。よくよく思い返してみれば、スカウトされたときに煩わしい手続きを省きたいとかいう理由で強引に署名と血印だけさせられたっけ。んで、ちゃんとできてるか確認するとか言って誓約書を取り上げられて、しばらくして手渡された誓約書にはあんな一文はなかったような。
ってことは……もしかして……。
「お前……あのときすり替えやがったな!」
「あっ、あっれー? なんの話かなー!?」
露骨に狼狽する幼女。どうやら的中したみたいだ。
「クソッタレ……こうなったら強引に脱退してやる!」
まあ、別にやり方はいくらでもあるわけで、この幼女の制止を振り切って逃げ出してしまえば俺は自由の身。だいたい最初の誓約自体が詐欺みたいなものだから後ろめたい気持ちも一切なし。あとは俺のハートの問題だが、それは心配されなくても大丈夫。じいちゃんが『ルールは破るためにある』とか言ってたからな。じいちゃんの教訓もたまには役に立つじゃねーか。
「フッフッフッ。本当にいいのかい?」
動揺の消えた幼女がまたもや不敵に薄ら笑う。
「いいもなにも最初から答えは決まってんだよ」
「ギルド法第29条3項は?」
「はあ?」
「おバカな男ね。ギルド法典も読んでないの?」
「つーか、このギルドに法典なんて置いてないよな?」
「そこにはこう書かれている」
「おい。無理やり誤魔化すな」
スッと目を閉じると、幼女はやたらと厳かな感じでこう言った。
「ギルド法第29条3項には『いかなる理由であれ、団長の許可なく違法にギルドを脱退した冒険者は資格をすべて剥奪され、再度の冒険者登録を認めない。また、その身柄を確保した冒険者にはギルド会館よりランクに応じた懸賞金を支払う。なお、生死は問わない』と記されてるのよ!」
「いや待て! おかしいだろーが!」
なにこの衝撃の事実。騙されて入団したギルドを脱退したら俺がお尋ね者?
じいちゃん。ルールを破ったら俺の人生が詰んじまうじゃねーか。
「真実とは残酷よね。もちろんアタシは脱退などという不義理は認めないわ」
「……でしょうね。言われなくても分かってる」
「さて、そういうわけでもう一度だけ聞かせてもらおうかしら」
「……ああ」
「アレン・ヴァスティくん。おとなしく10億リルカを支払う? それともこのギルドの血肉となって今後も粉骨砕身がんばる?」
「……これから先も末永くお世話になります」
最早、俺に残された選択肢はないわけで。
よく考えてみれば、ルールを守っても地獄。ルールを破っても地獄。どっちにしろ地獄という一方通行な運命に気が付いた。うん。それに気付けただけでもよかったとポジティブに考えよう。
だって、もう運命に抗う元気はない。
そもそも運命はいつだって俺に厳しい。
それこそ帝都に辿り着くまでの長い長い旅路の途中で、俺の運命はだいぶ悪い方向に決まってしまったのだから。
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