貧乏ギルドと謎の卵

第1話 世の中には途中で辞められないものもある

「あーもう限界だ! 今日こそ絶対このクソギルドから抜けてやる!」


 薄暗くこじんまりとしたギルドハウスに男の怒号が響いた。つーか、空腹と理不尽にぶちギレた俺の怒鳴り声でした。

 

 発端は朝食のメニューである。

 いまにも壊れそうなボロッちい長机に腰かけたのは俺と団長の2人だけ。

 どうやら他の団員は出掛けているらしい。

 朝飯といわれて皿の上に出されていたのは豆粒サイズの干しブドウ一粒。

 サラダといわれたのは外に生えてる雑草。

 コップに注がれたのは茶色く濁った汚水。

 おい。これ罪人の収容所より扱い酷いだろ。


「まったく…朝っぱらからうるさいヤツだなぁ……」


 俺の叫びに面倒くさそうに反応したのは対面に座る銀髪の女だった。

 ややつり目ながら物憂げな表情が印象的な絶世の美女。わずかに耳先が尖っているのはエルフの血が混ざっているからだろう。そんでもってやたらと幼く見える容姿の持ち主だから、俺より2つばかし年上と聞いてはいるものの、正直なところ10代前半といわれても普通に信じてしまう。

 まあ、要するに可憐な幼女なのね。そんなわけで2人っきりになってもまったくドキドキしない。むしろ募るのはイライラだけだ。


 つーか、その幼くて無防備なとこに俺もコロッと騙されたわけよ。

 なにを隠そうこのクサレ幼女が諸悪の根元。

 名前はフィオナ・ミィス・ミアチャイルド。

 このクソギルドのクソ団長であり、ギルド会館で初々しい<初級冒険者ビギナー>の俺を騙して、S級ギルドどころかいまにも解散させられそうな超零細ギルドに入団させた張本人なのよ。

 じいちゃん。純朴さとイモ臭さしか取り柄がない我らの故郷と違って帝都はマジで怖いとこだぞ。初日から詐欺られてっから。


「つーか、昨日クエストの成功報酬を受け取ってくるとか言ってたよな?」

「うん。言った」

「んで、今回のクエスト報酬はそこそこ良い金になるって自慢してたよな?」

「うん。確かに」

「だったらなんで朝飯がこれっぽっちしかないんだよ! そこいらのペットより少ないだろーが!」

「フッフッフッ。よくぞ聞いてくれたな! 昨日の報酬は新しいギルドハウスを建てるための軍資金としてさっそく使ったわい!」


 我らがクソ団長は不敵な笑みを浮かべながら声高らかに言い放った。

 いや、ホントもう黙ってれば可愛いのに口を開けば憎しみしか抱けない不思議。

 っと、呆気に取られたものの、すぐ我に返って言い返す。


「おい……軍資金って……なにに使った?」

「ギルド自治区の外れで競兎をやっていてな。アタシの推しウサギに全額ベットしてやったわい」

「それで……結果は?」

「勝つことだけが正解ではないと思わないか?」

「嘘だろ……全額すったのかよ!?」

「正確には残念賞で推しウサギの串焼きを貰ったぞ!」

「それどこにある?」

「もちアタシの胃袋」

「ぶっ殺すぞコラ!」

「ご馳走様でした!」


 ほら。この幼女ヤバいだろ。コイツのアレなところは計算してこういうアホなことをしてるわけじゃないんだよ。この破天荒な行動がすべて正しいと思ってやってるとこなわけよ。

 だから、指摘したところで改めない。

 改めないどころか違うベクトルで動き出す。

 そんなわけで俺ってばもう我慢の限界なのです。


「よし……だいぶ話が逸れたけど今日で辞めるから。ホントいままでお世話になりました。名残惜しいけど笑顔でグッバイ!」


 そう言って席を立ったところで、何故か幼女も立ち上がった。


「あら? 本当に辞めるつもり?」

「当たり前だろ。こんな家畜以下の扱いをするギルドにこれ以上いられるかよ」

「ふーん。それなら止めはしないわ」


 ちょっとだけ驚いた。このアホのことだからどうせ意味の分からん屁理屈で止めてくると思ったのだが。

 まあ、それはそれで好都合。もっと早く言っとけばよかったぜ。


「おう。じゃあな。もう二度と会うことはないと思うけど」


 踵を返してドアに向かう。といっても、ここから5歩の位置なので特にしんみりとするような間もなければ、感慨深くなるようなイベントもない。むしろ心機一転の気持ちでがんばります!


「あっ、ちょっと待って。大事なこと忘れてた」


 入口のドアに手を掛けたところで、背後から幼女の声に呼び止められる。

 なにコレ。すごく嫌な予感しかしないのだが。


「えーっと……大事なこととは?」

「ギルドを止めるときの脱退金!」

「はあ? なんだよそれ?」

「ほら。これちゃんと読みなさい」


 渋々ながら振り返ってみると、幼女の手に羊皮紙が握られていた。

 見覚えがある。俺がこのギルドに入団するときに書いた誓約書だ。

 ギルドとの誓約内容が書かれてるはずだが、たしか小難しい内容じゃなくて『ギルド法を順守すること』とか『冒険者として恥じない行為をすること』が形式的にまとめられてるだけだ。ただの通過儀礼的なものだろう。


 とりあえず再び踵を返して、幼女の手から羊皮紙を奪い取る。

 それを長机に置いて、上から下まで順に目を通したところで……胃液を吐き出しそうになった。


「へっ……これどういうことだよ!?」


 誓約書の上段には『アレン・ヴァスティ』という署名と血印。

 これは俺の名前で間違いないし、自分で書いて血印を押したのも身に覚えがあるからいいとして、問題はその下に書かれた見覚えのない一文。


『我らがギルド<戦乙女たちの庭ヴァルキリーガーデン>を団長であるフィオナ・ミィス・ミアチャイルドの認めなく脱退するものは、その対価として10億リルカを支払うこととする』


「そんなわけでアレン・ヴァスティくん。ギルド脱退金として10億リルカを即金で払ってもらおうか!」

「払えるかゴラァ!」


 じいちゃん。帝都は本物の魔窟みたいだ。

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