第3話 部活動ヒーロー

 今、結城弘人ゆうき ひろとたちは校長先生の前で妙に美味しい紅茶を飲まされていた。弘人は縮こまりながらも美味しそうに紅茶を飲み、駒田至こまだ いたるはガタガタと震え何度も紅茶を零してしまっていた。そして、小坂信也こざか しんやは不機嫌そうにそっぽを向きながらその紅茶に一口も口を付けていない。


「さて、君たち何で校長室に呼ばれたかは分かっているよね?」


 弘人たちの目の前で少し豪華なソファに座りながら紅茶を啜りつつ三人に語り掛けるその男の名前は江良出えら いずる。弘人たちの高校、双通そうつう高校の校長だ。

 呼び出された理由、それは間違いなく中庭で弘人たちが起こしたヒーロー同士の決闘騒ぎだった。特別な許可が降りない限りヒーロー同士の決闘はご法度、法に抵触し下手すると刑務所生活は免れない。そんなことを自分の高校の生徒が、しかも学校の敷地内でなどということが世間に知られれば校長の評価はがた落ちすること間違いなしだった。江良の目的は想像に難くない。


「え、り、理由ですか」


 小坂を横目に見ながら恐る恐る駒田が応える。狭いソファに三人、しかも弘人と小坂の間に駒田が座らせられているのは弘人と小坂に対する配慮なのだろう。しかしそこに駒田に対する配慮は一切無い。

 少し駒田に気の毒に思いながら今度は弘人が口を開く。


「今回、我々は被害者であり、一方的に小坂に襲われました。その自衛手段として……」


 屋久と二人でシミュレートした回答を淡々と紡ぎだす弘人に江良が指で待ったをかける。


「いえいえ、そうじゃありません。ヒーロー同士の決闘による視聴者稼ぎはご法度です。ヒーロー活動部とはいえそれは例外ではありません」


「……はい?」


 弘人の頭が真っ白になり、思考が完全に停止する。この男は一体何を言っているんだ、本当にそう思っているのか。弘人が考えている間に更に江良は言葉を続ける。


「確かに……我が双通高校のヒーロー活動部の活動は芳しくない。今回の君たちの活動はそれを盛り上げるためだったのだよね?」


 ああ、と弘人は納得した。この男は俺たちを引き込むことで今回の騒動をやんちゃな部活のやらせ劇にして、虐めがあった事実を否定し被害を最小限に抑えつつ、ヒーローとしてそこそこの地位を築けそうな俺たちをヒーロー活動部に抱き込む気なのだと。

 だが、弘人にとってそれは許せないことだった。


「ふざけるな! どうしてあんたら大人はいつもそうやって」


 感情のままに江良の胸倉を掴もうとする結城の腕を横で待機していた藤見ふじみが掴む。今、藤見の後ろには配信用ドローンが飛んでいる。今もヒーローネットで配信中だからか、それとも地力が違うのか、藤見が少し握るだけで、それだけで弘人の腕は少しも動かせないほどにがっちりと固められていた。

 中庭で、藤見の介入に対して小坂が抵抗しようと藤見に攻撃を仕掛けた瞬間のことを思い出し弘人は力を抜く。こいつには絶対に勝てないと。


「落ち着け結城。お前の目的は達成されることを約束する。だから今は手を引け」


 弘人の目的、それは駒田を助けつつあわよくば小坂を追放することだった。駒田を助けるという目標は達成された。だから、藤見の言っていることは小坂の追放のことだと判断し、下がる。


「ああ、良い子だね。本当に」


 江良が目を細める。この老獪な狸に優しく孫を見るような目で見られることに、弘人は不快感を覚え江良を睨み返す。それに対して江良は笑ったまま話を続けた。


「で、だね。首謀者の小坂君はこれから三年間政府もしくは監視官の認可無しでの自発的なヒーロー活動の停止処分及び日常生活の監視を、協力者である結城君、あと駒田君にもお咎め無しというわけにはいかないので両方とも一週間の謹慎処分かなぁ」


 弘人がチラリと小坂を見ると、やはり小坂は不機嫌そうにそっぽを向いていた。覚悟していたよりも軽い処分なら問題ないということだろうか。そして駒田は性格上そこに文句をつけることは無いだろう。

 世間的に見れば、過激な内容の配信は小坂の得意とするところ。だから今回の騒動は小坂が主導したという形にするのは問題ないだろう。それに対して小坂が一切抵抗しないので、その理屈はそのまま世間に通る。処分を言い渡す場面で藤見が配信をしているというのも大きい。

 世間に配信している場で弘人たちが大人しく従えば、今この場で話されていることが公然の事実となる。弘人が余計なことを言ったり小坂が暴れるなどしたら自分が余計なリスクを負いかねない中弘人と小坂、そして自分という全員が満足する結果を用意し、成し遂げる江良の手腕に弘人は少しだけ背筋に寒気を感じる。これが大人というものなのか、と。


「まあ、正確な処分はこの後会議とかで決めなきゃいけないので、それまでは大人しくしていてください」


 小坂は肯定の代わりに冷めた紅茶を一口啜る。猫舌だから飲んでいなかっただけなのだろうかと思いながら、弘人と駒田も首肯で応じた。

 

「さて、では私はこれから色々とやることがあるので、後は藤見先生に任せましたよ」


 藤見が三人の後ろでドアを開ける音が聞こえる。それを聞いた三人ともが同時に席を立つ。一刻もこの場から出たいとでも言わんばかりに。小坂と駒田が出て、弘人も部屋から出て行こうと足を踏み出したところで立ち止まる。

 この男は老獪な狸で、弘人たちを食い物にする気でヒーロー活動部に無理矢理入れようとしている。満足のいく結果が得られた弘人はそこに文句をつけるつもりは無かったが、しかし一言だけこの男に言いたいことがあった。


「校長先生、ありがとうございました」


 それはその場で絶対に弘人が口にしないであろう台詞。それは学生によるいじめという事実を隠蔽する校長に対する精いっぱいの侮蔑、そして宣戦布告だった。配信されている場で校長に対する感謝を述べることはこの場で作られた上辺だけのシナリオをより強固に糊付けし校長の株を上げることに繋がる。

 校長に恩を売り、いつか絶対に返してもらう、ついでに償ってもらうという意志を乗せた言葉だった。自分が感謝される人間ではないことを自覚している江良は、弘人の顔を見てそれを瞬時に理解した。


「頑張りなさい、若人よ。この社会は歪みすぎて誰もが君ほど真っすぐには生きられない、だから君みたいなヒーローには期待しているよ」


 そのまま弘人は会釈し立ち去る。弘人が出ていくのを見届け、藤見も江良に会釈をし部屋から出てドアを閉めた。そのまま江良は藤見が起動中のドローンを掴む。


「ま、配信はしてないんですけどね。藤見君は配信無しでどうやってあれだけの力を得てるんだか」


 そう呟きながら江良はドローンを停止させる。これから公の場でヒーロー活動をしてもらうといえど、生徒一個人の情報をそう簡単に漏らさない、そもそもとして一高校生に監視を付けるという行為自体世間から顰蹙を買う行為である以上その決定を公にするつもりは江良には最初から無かった。

 

「まあ今回は彼のお陰でかなり良いコマを手に入れたのは事実、後でお礼をしなくてはなりませんね」


 そう呟きながら江良はドローンを机に置き、すっかり冷めてしまった紅茶を静かに啜った。


―――――――――――


 校長室から解放されホッと一息ついた弘人はヒーロー活動部に入るという新たな悩みの種に頭を悩ませていた。ヒーロー活動部に入ること自体は悪くない、モニターやサポートをする役なら何の危険も無く出来るからだ。

 しかし弘人が今回の騒動である程度の知名度を得てしまった以上、学校側には部員としてヒーロー活動を強制されるだろう。弘人には一応拒否権があるが、拒否した場合江良ならばそれがきっかけで小坂に自由を与えるかもしれない、そんな危険性をはらんでいた。

 弘人自身ヒーロー活動は嫌いではない、寧ろ好きだが、弘人にとっての懸念は母である結城由紀子ゆうき ゆきこの存在だった。今回のように突発的に危険なことを弘人がすることに関しては由紀子は慣れているし止めても無駄だと理解していたが、常に危険が伴う可能性のあるヒーロー活動までも容認してはくれないだろう。


「はあ、参ったな」


「どうかしたの? 結城君」


 藤見によって三人が「ヒーロー活動部」の部室へ連行されている最中の弘人の呟きに、駒田が小声で反応する。弘人は彼も疲れやストレス、怪我で精神的に参っているだろうによくもそんな気遣いが出来るな、と苦笑する。


「弘人で良いよ。お前には今回さんざん助けられたからな。俺が決意できたのも小坂に殺されなかったのもお前のお陰だ」


「え、いや……そんなことは、というかそれはこっちの台詞だよ!」


 少し鼻息荒く駒田は否定する。昨日もこんなやり取りがあったな、と二人は同時に笑いつつ話を続ける。


「で、何が参ったの? 小坂は不気味なくらい大人しいし校長先生との話もかなり良い形で落ち着いたし、僕は不満なんて無いと思うけど」


 2人はちらりと小坂を見る。相変わらず彼は一言も発することなく大人しく一番後ろについて歩いている。藤見に簡単に制圧されたのが気に食わないようで、ずっと藤見を睨んでいる。

 今にも藤見に殴り掛かりそうな雰囲気だが、決してそんな素振りは見せない。何かを企んでいるのか、あるいは負けた相手には敬意を払うということなのか、どちらにせよ弘人たちにとっては不気味としか表現のしようが無かった。


「ああ、いや……俺の母さんは俺がヒーロー活動するのには多分反対だから、あんまりおおっぴらにはしたくなくて」


「ヒーロー活動って言ったって危険なものばかりじゃないじゃないか。ちゃんと説明すれば大丈夫だと思うよ?」


 駒田の言葉に苦笑しながら、弘人は事情を説明する。自分の父親がヒーローだったこと、そしてヒーロー活動中に消息が途絶え死亡扱いになったことを。

 弘人の父、結城三洋ゆうき みひろはヒーローだった。そこそこの知名度も得ていた。だからそんな三洋の最期の映像は今でもネットで見ることが出来る。何者かと言い争う三洋と、その直後に揺れて消えるドローンの撮影画面。それだけの映像だったが弘人の目には今でも焼き付いて離れてはいなかった。


「そっか……説得は難しいね。多分江良校長は弘人君に色々な活動をさせるつもりだろうし、弘人君にそれが断れないこともわかってるはずだから……」


 確実に、危険は伴う。弘人の母親の意向は江良にとって至極どうでも良いことで、弘人を利用できない理由には決してならない。だから江良は小坂の件を盾に弘人に遠慮なく危険な活動を任せるはずだ。

 弘人が大きなため息を吐くと、藤見が立ち止まる。すぐ後ろにいたためぶつかりそうになりながら弘人が藤見の目線の先を見ると、そこには「ヒーロー活動部」と手書きで書かれた段ボールの切れ端を張り付けられた扉があった。


「……着いたぞ、ここだ」


 藤見がそう言って扉をガラガラと開ける。ごく普通の教室の構造をしている部室内は配信用ドローンやモニターが椅子と机と共に5つのセットで置かれている。どれも壁際に置いてあり、その部屋の中心には大きめの卓があって、囲むように椅子が並べられている。

 そしてその大きめの卓の上に、一人の人間が胡坐をかきつつ毛布にくるまりながらスナック菓子をぼりぼりと食べていた。その男は埃が張り付き若干白く見える眼鏡越しに熱心に自分の持っている端末を眺め、右の手で何かをノートに書き殴りもう片方の手でスナック菓子をつまんでいる。


「なるほど、この能力なら確かにこの戦い方も出来るけど……何故こっちの戦い方をしないんだ? もしかして視聴者にも隠してる制限に何か問題が……」


 扉が開いた音にも気付かず一心不乱に作業を続けている男に藤見がわざとらしく足音を立てながら近付く。それでも気付かない様子を見兼ねたのか、藤見がその男の頭をがっしりと右手で掴み少し机から浮かせる。


「いだ、いだだだだだ。え、藤見先生!? 形だけ顧問のあんたが珍しく部活に来るなんて明日は雨か!?」


 その男は叫びながら藤見の右腕をバシバシと叩き離すよう訴えるが、抵抗虚しく机から引きずり降ろされる。そして引きずり降ろされて涙目になった目を拭いながら眼鏡を拭いて掛けなおす、そこでようやく藤見の後ろの弘人たちに驚いた様子で今度は弘人たちを見ながら仰天する。


「え!? なになになにこの人たち怖い、藤見先生が連れてきたの!?」


「ああ、入部希望者だ。部長のお前に話を通さなくちゃいけないと思ってな、後はお前たちでなんとかしろ」

 

 いかにもめんどくさそうに早口でまくしたてる藤見に、面食らいながらおろおろするその男はまず名乗るしかないだろうと思い至ったのか、はっと息を飲み自己紹介を始める。


「や、やあ君たち! お、私がこのヒーロー活動部の部長である広尾拓哉ひろお たくやだよ、よろしく、因みに三年生だよ!」


「あ、よ、よろし……」


 勢いの良い自己紹介にたじたじになりながら自己紹介を返そうとする弘人と駒田の言葉を、その勢いで圧し潰して広尾はそのまま自己紹介を続けた。


「ヒーロー活動部と言ってもね、部活動として認められるギリギリの四人しか部員がいない上皆兼部とか幽霊部員とか委員会で忙しかったりで困ってたんだ、本当に助かるよ! しかも三人!」


「え、僕は……」


 自分は入る予定はないと言いかけた駒田の言葉を遮りながら藤見が広尾の自己紹介に割って入る。

 

「こいつが結城弘人で、こいつは小坂信也。二人ともヒーロー志望で、このちっこいのが駒田至、サポートかヒーローどっちでも構わん。お前が三人分の担当は無理だというのならサポートに回すと良い」


 冷たく言い放つ藤見にやはりそうなるか、と弘人は諦めたように頭を振る。あの場の会話が配信されていたと信じている弘人にとっては、あの騒動に駒田が関わっている以上、駒田も部員でなくては自然ではない。

 そっと駒田の肩に手を置き、弘人は駒田に諦めろという意志を伝える。駒田にもその意図が理解できたらしく、押し黙る。あの校長がどう出るか未知数である以上、二人は不用意な行動は出来なかった。


「わかりました藤見先生! これからは俺がこの三人を指導かつサポートすれば良いんですね、余裕ですよ!」


 サポート、一般的にヒーローには一人に対し一人ずつヒーローの配信を補助する「サポート」がいる。サポートの役割は主に投票内容の決定や投票の促し、配信の宣伝など多岐に渡る。それを三人分、一人で可能だと豪語するこの広尾拓哉は、サポート役としては間違いなく優秀だ。


「まあこいつらはこれから謹慎処分だから今日は活動させられないけどな。一週間後からの活動になる。よろしく頼むぞ」


「え、謹慎?」


 急に衝撃の事実を告げられ呆気にとられた広尾を藤見は無視するように入ってきた扉につかつかと歩き出す。


「そういうわけで今日はもうこいつらを帰さんとならんのでな、じゃあな、部活頑張れよ」


「え? いやいや、説明は?」


 広尾は困ったように弘人たちに目で訴えかけるが、藤見についていかなくてはならない立場の弘人たちはその事情を説明する間もなく出ていくしかなかった。仕方なく弘人は自分の連絡先をノートの切れ端に書き留め、雑にびりびりと破ってから渡す。


「すみません部長、事情は後で説明するので取りえずこの連絡先に……ちょ、先生少しは待ってくださいよ」


 そのまま嵐のように情報の嵐をぶつけられた広尾は唖然としたまま藤見たちをただ見送った。


「え?」


 いつも通り静けさに包まれた、普段広尾が「寂しい」と表現する部室に、広尾の感情全てを込めた呟きが木霊した。


――――――――――――


 その後藤見に追い払われるように帰路に着かされた弘人は、事情を親友であり今回の立役者の一人でもある北条屋久ほうじょう やくに伝えるべく、と共に帰路の途中にあるハンバーガーチェーン店でハンバーガーを食べていた。


「で、つまりはお前たち三人ともこれからの学校生活はあの常に笑顔の校長に”ヒーロー活動部”でこき使われると」


 ハンバーガーを食べ終えジュースをストローでかき混ぜながら、満足げに屋久は笑う。屋久としては弘人が駒田を助け小坂を断罪できたのはこれ以上無い成果だった。なにより、屋久にとってこれは最も望んでいた着地点であり、屋久はそうなるように今回頑張っていたのだから。

 そんな屋久の様子に対し、弘人は不満げに唸る。本来駒田と小坂の状態を知っておきながら放っておいた学校側も弘人にとっては断罪対象だった。無理だと割り切っていはいるが弘人はこの結果に満足していない。その上であの校長江良にこき使われるのは屈辱の極みだった。

 なにより、弘人には母親という悩みの種が残ったままだった。


由紀子さん弘人の母さんに対する説明かぁ、いや、正直な話あの人はそこまで頑固じゃないし本当のことを言っても多少悲しむだけで済むとは思うんだけどな」


 そう言いながら弘人の顔をチラリと見る。悲しそうに「そうかぁ」と呟くだけで、他の反応は何も無かった。端的に意見を言いすぎたな、と少し罪悪感に苛まれながら屋久は端末を取り出した。


「まあ、由紀子さんの不安を和らげる方法ならあるぜ。……俺が補助役になる、とかな」


 結城家と北条家は家が隣同士で、弘人と屋久が幼い頃から家ぐるみの付き合いをしていた。だから由紀子は普段危なっかしい弘人の手綱役兼補助役としていつも上手くやっている屋久のことはとても信頼している。

 今回の件も、屋久がやったことはやはり暴走する弘人の危険をなるべく取り除きつつ弘人の目的を達成させることだった。そのことを伝え、これからも屋久が補助すると進言すれば、由紀子は安心するはずだ。

 そのことを分かっている弘人は、しかし親友にこれ以上迷惑をかけようと思ってはいなかった。


「そりゃ、そうなんだけどさ……でも、うちの部長はサポートとしてかなり優秀みたいだし、屋久にサポートをやってもらう必要も無いんじゃ……」


「だめだろそれじゃ。下手すると由紀子さん心労で倒れるぞ。」


 弘人の父、三洋が消息不明になってから、由紀子は弘人を養うために働き詰めだ。ただでさえ忙しい由紀子に、余計な心配はかけたくない。その思いは二人とも共通していた。


「でも、お前にそんな迷惑かけたくないし」


「お前は本当に、どうでも良いところで控えめだな、良いんだよ。俺は寧ろ楽しそうだからやるんだよ。いつも言ってるだろ?」


 そう、屋久はいつも嫌々弘人を助けていたわけではない。寧ろ嬉々として助ける。弘人は時々正義感が暴走してとんでもないことをしでかすが、屋久はそれを弘人の良いところであり面白いところだと認識している。弘人がヒーローになるなら屋久にとってこれ以上面白いことは無かったし、それを補助してもっと面白くしてやりたいというのが本音だった。


「だからさ、俺にやらせろよ。お前の補助役……ヒーロー”考え無し”のサポートを、さ」


 そう言い放ちニヤリと笑う屋久の子供じみた笑顔に、弘人もつられて笑う。弘人は、この笑顔にいつも、何度も救われていた。


「考え無しは酷いだろ、もっとかっこいい名前にしてくれよな」


――――――――――――


 手にこびり付いた臓物の感触に顔をしかめながら、赤髪の男はその手を鼻に近づけ、静かに鼻を鳴らす。鼻の奥にねっとりとこびり付く新鮮な臓物の臭いに反応し胃がきゅっと締まり内容物を押し上げようとする。それを抑えつけながら頭を振ったが、しかしその臭いは鼻の奥にこびり付いたまま離れない。どんなに鼻息荒くその臭いを追い出そうとしても離れないことから、男はその臭いがずっと前から鼻に残っていたものだと察して後ろを振り向く。

 繁華街の路地裏、誰も目を向けないようなその場所は普段のように埃にまみれた白黒ではなく一面が鮮やかな赤に染まっていた。

 そこに転がる10には満たない数、しかしいくつもある肉の塊は、どれも全体が赤黒く染まっており、時々動く塊はごぽりと音を立てるのみだった。そのどれもが首を骨が見えるほどに引き裂かれ、腹を乱雑にこじ開けられかき混ぜられていた。他の部位もどれもこれもぐちゃぐちゃに荒らされている。


「くっさいし生温かいし、どうしてこんな最悪な任務をしなきゃいけないんだよ、嫌だよ俺……」


「こいつらのナノマシンを使わないとまともに買い出しも出来やしねえんだ、仕方ねえだろ」


 男のぼやきを聞いた別の黒髪の男がたしなめるように赤髪の男の肩に手を置く。その手からべチャリという音がしたのを聞き赤髪の男が青ざめその手を払いのける。


「あーあ、こんなことなら”ナチュラル”になんてならなきゃ良かったぜ」


 ナチュラル、それは現在日本で増加している「不正能力利用者」、つまり国の薬とナノマシンによる能力の制御を不正に逃れたヒーローの定義とずれた能力者たちだ。


「滅多なこと言うなよ、ボスの耳に触れたら即処刑だぞ」


「ああ、わかってるよ……けど今となっては普通の生活が恋しいんだよなあ」


 遠くを見つめるような目で男は自分の手の中にある小指の爪の半分程の大きさのカプセル状の何かを見つめる。それは日本で国民を管理するために用いられているナノマシンの母体だった。カプセルの中から管のようなものが伸びており、そこからナノマシンを注入し制御する構造だ。


「ま、これさえあれば能力も使えて暫くは普通のフリも出来るし、良いか」


 それを山のように両手に抱えながら、黒髪の男はその言葉に頷いた。これだけあればボスも満足するだろうと嬉しそうに二人の男はそそくさとその場を後にした。

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