第四章 温泉


街に買い出しに出た。

というのも、さっきアカギツネに食べさせたホットケーキで冷蔵庫の中身が無くなってしまったからだ。

職員も利用できるように、業務用スーパーのようなものがパークにはある。

今日は丁度卵の特売、チラシにニワトリのフレンズが描いてあったがアレはセクハラに近いというかモラルがなんというか…

考えすぎだろうか。


「タイムセール!なのです!一人五袋までなのです!一袋90円!三本入りニンジンがとても安いのです!」


職員たちがニンジンにたかっている上にフクロウのフレンズがいる。

安いなら買って行こうか。


人混みの中をかき分けて入っていく。


「一本三十円か…安いな…」


別に使う予定もないが、安いと言われるとつい買いたくなってしまうものだ。

どうせ雪山はいつも寒いし、ひとりで鍋にするのも悪くないだろう…


「キタキツネ、そっちとこっちで別々に会計するから五袋入れといて!」


「えー…おさいふちょうだい」


その名前が聞こえてハッとする。

紛れもなくあの子の声で答えた。


「あ、昨日の変な人…」


後ろに立っていた。

カートの中には肉、卵、魚に野菜、様々な旅館で取り扱われる食品が入っていた。

 

「これでせーるは終わりなのです!」


「お前たち、存分に我々の育てた無農薬野菜を堪能するがいいのですよ」


茶色のフクロウの方が仰々しい言い方をしていたが無農薬らしい。


「あ…取れなかった…」


キタキツネがしゅんと耳を垂れている。

自分のカートにはニンジンが三袋入っていた。


「あの…いる?これ、元々買うつもりじゃなかったからよければ…」


「え?いいの?」


キタキツネの押しているカートの中に自分のカゴからニンジンの袋を移す。


「五袋は取ってないけど…」


「…ありがとう、変な人」


そこまでしても変な人呼ばわりか…

というか、キタキツネよりずっと素直だな…やっぱり別人格だろうな。

だからきっと何も覚えてないんだろう。


「キタキツネ!こっちに来なさい!」


「わ、わ、ボクギンギツネに怒られちゃう!何かしたかな…ごめんね変な人!」


キタキツネは急いでカートをギンギツネの元へ押していった。






温泉への帰り道。

坂は険しいが、私たちフレンズにとっては何でもない、キツくもない。

横にキタキツネがついて歩く。


「ボ、ボク何かしちゃった…?ニンジン、三つしか買えなかったから?」


恐る恐るキタキツネが顔を上げる。


「…ううん、大声出したりしてごめんね、なんでもないの…」


「うん…」


「でもね」


私の頭の中にみんなでの食卓がフラッシュバックする。

笑顔のキタキツネ、アカギツネ、カンタ。

カンタ。


「あの人にはあまり近づいちゃダメなのよ」


「なんで?あの人ニンジンもくれたんだよ?」


「…なんでも」






「ぶぇくしっ!」


どでかいクシャミを一つかました。

寒さに慣れている筈だったが、風邪を引いてしまったんだろうか。

レジ袋の中には、1週間前と大差ないものばかりが入っている。


「ただいまー」


無人の部屋に挨拶を。

冷蔵庫にモノを詰めていく。


「ありがとう…か…」


前のキタキツネからは何回聞けただろうか。

きっと両手で数えられるくらいだ。

あのキタキツネは俺の事をなんとも思っていなかったが覚えてくれてはいた。


「もう一度会ってもいいかな…」


ギンギツネの顔が浮かぶ。

連想、強烈なビンタ。


「あううう…キモいかな…」


一人で冷蔵庫に頭をもたげて。

何やってんだろ俺…





「ただいまー」


「お帰りなさい!こんなに沢山、運ぶの大変じゃなかったですか?」


「うん…疲れた…ボク温泉入りたい…」


「よしよし!じゃあ支度しましょうね!」


いつもの玄関に帰ってきた。

私はいつまで現実から逃げていられるだろうか。


「ギンギツネ、荷物はあと私が持ってくから、はいって休んでていいよ」


「ん、ああ、ありがとうね」


キタキツネが脱ぎ散らかしたブーツと一緒に靴箱にしまう。

天井に使われるヒノキから出る匂いがよい。


キタキツネは既にコタツの中で丸くなっていた。


「ギンギツネ…ボクここに住むよぅ…」


ムニャムニャとキタキツネが話す。


「バカ言わないの…さ、温泉に入ろう?」


「んー…」




「ちょっとキタキツネ!脱衣所では走らない!」


「やだやだ!やっぱりボク毛皮剥ぐの怖い!」


「もう何回かやったでしょ?ホラこっちおいで」


自分がまだフレンズになりたてだった頃はこんなだっただろうか。

仕方ない、記憶がなければもとは野生動物だから毛皮を剥がれるのはとても恐ろしいことだろうが…


キタキツネを後ろから抱き上げ、ブレザーのボタンを一つ一つ外していく。


「…ほら終わった。痛くなかったでしょ?」


「うん…」


まったく周りにお客さんもいるのに。

みんなくすくすと笑っている。

早く何とかしなければいけないな…


ガラガラと扉を開けた先に広がるのはわが温泉自慢の大浴場。


「わ、ちょっとキタキツネ!」


キタキツネは浴槽を見るや否やドボンと飛び込んでしまった。

きゃあと女性たちが叫ぶ。


「もっ、申し訳ございません!こらキタキツネ!飛び込んじゃダメでしょう?そして先にシャワー!」


キタキツネをお湯の中から引っ張り上げる。

またくすくすとお客さんに笑われた。

何を考えているんだか分からないところがあの子に似ている…

いけない、その子を照らし合わせては。


キタキツネを椅子に座らせて髪を流していく。


「きれいな髪ね…」


黄金の長い髪はとてもしなやかで。

シャンプーがもこもこと泡立つ。


「ん…ギンギツネ…そこ気持ちい…」


「はいはい」


耳の付け根を優しく掻いてやるとキタキツネが喜ぶ。

お湯で体も洗い流す。

肌はきれいに色白で、とてもすべすべしている。


ブルブルブルっとキタキツネが体の水滴を弾き飛ばす。


「ちょっとキタキツネ!待ちなさい!」


キタキツネはすぐにまた浴槽に飛び込んでいった。




「ギンギツネー?」


「なあに?」


「あの変な人と、ギンギツネは知り合いなの?」


ハッとする。


「…いいえ…」


「でもこの間は知り合いみたいに声かけてたじゃん。その後にビンタしてたけど」


「…見なくていいのよ…」


妙に鋭いところまで似ているなんて。

誰もいない露天風呂で話す。


「…昔は友達だったのよ…それ以上かも」


「…なんで今はそんなになってるの…?」


「…知らない方がいいわ」


キタキツネを後にしてあがる。

キタキツネはそれに付いてくるでもなく、一人雪景色を眺めながら難しそうな顔をしていた。

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