第6話  銀の薔薇邸にようこそ(11/19 上下合併)

久しぶりに開かれた応接間の中央、レース模様が綺麗なソファの上でヴェーズリーはお茶を楽しんでいた。ハーブティーだろうか?甘く爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。

「あーっ!いいねえ、この味この香り、これでこそお茶というものだよ、軍で出されるあれは泥水だよ、泥水!」

感慨深げに膝を打つ様はまるで「この一杯の為に生きている!」と生ビールのジョッキを一気飲みしたサラリーマンのようで優雅さの欠片もない

「兄さんの軍のお茶はおいしいよ!」飲んだことがあるわけでもないのに客観的事実のように述べるな、そこの銀髪のちびっこ。

「あいつ茶水の味にはうるさかったからなあ」

まあ実際この屋敷内の茶葉も兄さんが手配したものだし軍で出される紅茶が美味しくても不思議ではない。ティータイムをめちゃくちゃ重視しているしなあ。

ところでそろそろ本題に入らないと普段子供が入れない応接間まで通してもらった意味がないぞ。

「おっ、このクッキーも美味いな、ナッツを練りこんでいるのか」

「でしょー、とってもおいしいのにクッキーとか普段あんまりつくってくれないんだよ、ルシールがお菓子は栄養にならないっていうからさ、お客様が来たときくらいしか食べられないんだよね」

「そりゃ甘いものは大人の贅沢だかんな~仕方あるまい。俺のナニーなんて七歳になるまで祝典がある日でも食べさせてくれなかったよ。まあ今日は俺の奢りだ、遠慮なく食え食え」

「わーい!」

奢るの使い方間違ってるだろ、ていうかさっきからなんだこの愚痴こぼしあう仕事後の飲み会ムーブは、お貴族様のお茶会では無かったのか、ヴェーズリーさんは職場からどんな汚染を受けてんだ。まだ若いのにだいぶおっさんくさくなってんぞ。ていうかアルバス!本来の目的忘れてないか。隣に座る兄弟に視線をおくるが……

「もぐもぐもぐ」

だめだ、お菓子に夢中になってるよ……言い出しっぺのくせに……

普段ならルシールが意地汚いですよと注意に入ってくるのだけど今日の付き添いは俺たちに甘いカレンなので傍で微笑ましそうに食いしん坊将軍の咀嚼をみまもっているだけだ。俺が話を切り出すほうがよさそうだ。

「じつは今日はヴェーズリーさんに提案がありまして……」

アルバスがこの話を切り出したのは昨日の晩子供部屋の寝室の明かりが落とされた後だ。「今日お庭のほうでたくさんの絨毯が干されてたでしょ?」

カレンとルシールが離れるや否やアルバスは声をひそめ俺に話しかけてきた。

「そうだっけ?朝の散歩の時間中は見かけなかったけど……」

「もう!コールってば本以外のことには全然興味ないよね。今日のお昼ヴェーズリーさんが出かけている隙にみんなが“表”のほうで大掃除してたんだよ」

表というのはこの屋敷の“主人が暮らす範囲”逆にいえば使用人たちや子供たちが暮らす“裏”以外の場所だ。応接室や客室は表の範囲にある……ということは。

「そっか、お客様が急にきたから念入りに掃除してたんだな」

「そーそー。今日はいい天気だし昨日は安息日だったからね。」アルバスが腕をつかって俺の傍ににじり寄る。

「それで、僕が見たことのない絨毯とか大きな燭台とかも掃除されてて…」

そこに気づくなんてすごい観察力だな。ていうかいつそんな確認に行ったのだろうか。

「スージーに聞いたら黒翼の間の掃除もしたらしいんだよね。ほら僕たちあそこに入らせてもらったことないじゃん、貴重品があるからって。絵とかしかないからさ僕も入りたいわけじゃないけどね、姉さんたちも普段使わないから閉じっぱなしだったじゃん。でもヴェーズリーさんが見たがるかもしれないから掃除したんだってさ」

スージーというのはメイドの一人のことだ、アルバスは使用人たちと仲がいい、多分使用人達の間でも俺よりアルバスが人気だろと思う。彼は俺が空き時間に勉強や読書をしているかたわらよく使用人達の休憩場やキッチンに遊びに行っていたから。なるほど思い出した、そういえば今日の休憩時間いなかったな、その時にスージー達を探しに行ったアルバスは庭で仕事をする彼女たちをみつけたのだろう。

「それで?なんでこんなこっそり教えてくれたの?この話なら別にルシール達が居るときにしたっていいのに」

はあ、と暗がりのなか幼い子供がやるには仰々しい大きなため息をつかれた。

「まだわかんないの?つまりヴェーズリーさんに連れて行ってもらって入れるかもよ、ギャラリーに!黒翼の間が開かれるんならそこも入れるよ。」

「ギャラリー?」屋敷内にある歴史ある調度品や装飾絵画を飾るところだ。きれいな場所だがもう中の物は前に大体見たから許可まで取ってまた入ろうとは思わない。綺麗な場所だしそこでゆっくり本でも読みたいがそれは別に七歳になるまで我慢ができる。アルバスはギャラリーに入って何をするつもりだろう。

「ギャラリーには本とかもあるみたいだよ。最近しょせき、るい......?」自分が言った単語の発音が気になったのか彼は一瞬首をかしげるが直ぐに話は再開される

「とかも、お城から運ばれてきたってマークが言ってたんだよね。お城から運ばれて来たっていうなら歴史ものだよ、ひょっとしたらコールが調べたがってた四英雄のお話もあるかもよ?」

「……え?」つまり俺の為ってこと?まさか俺がそこらへん調べたがっていたことを気に留めてくれただなんて…

「ありがとう……」ちょっとジーンってなったよ。

「そーだよ。もっと感謝しなよ、コール最近お屋敷の二階に色々運び込まれてるも気づいてなかっただろ、資料探しといって図書館くらいしかあてがないくらいなんてさ、バカだよね」

「えー……そこでいきなり貶しにかかる?」俺の視野が狭かったのは認めるが……なるほど本は資料としてはセカンドリサーチになるからな、これからはもっとプライマリーリサーチにも出よう

「ともかく、ありがとう。明日ヴェーズリーさんにお願いしてみるよ」と感謝の意をこめて笑いかけると

「ちょっと待って、それは僕にやらせて」アルバスが顔の前で一本指を立てた

「このチャンス使って屋敷の隅々まで探検しようよ。普段は入れないほかの場所とかも」

「え?でも黒翼の間とかまでならルシールも許してくれだろうけどそれ以上探り回るのはジョーンズとかサリーに訊かなきゃいけないだろ?あんまり大げさなことをしたら下手すると黒翼の間に入るのもジョーンズが嫌がるかもよ?」

ちっちっちと立てた指が左右に振られる。いや今俺たちは体を横にしたまま向かい合っているから正確には上下に振られているな。

「だから、ヴェーズリーさんを通すんだよ、仮にもお客様のお願いなら断りずらいだろ」

「なるほど。でもどうやってヴェーズリーさんに合わせてもらうの?カレンかルシールは絶対そばにいるから僕たちがヴェーズリーさんにそんなことを頼むのが聞かれるだろう?」

「さっき言った通り僕にまかせろ、お屋敷案内してあげたいとか怪しくないようにお話をするよ。」隣の部屋で編み物をしているだろうルシールたちに聞こえないよう声を潜めながらも子供は頼もしく言った。

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なのにお菓子に気をとられとるやんけ。まあ目先のことに興味がコロコロ移るのは幼児と子犬の特権か。

「ほー、この美しさで有名な銀の薔薇園邸シルバーローズマンションを案内してくれるのか、うれしいな~、でもおチビちゃんたちが入れないところもあるんじゃないのか?」とあごひげを撫でながらニヤリと笑う、これは俺たちの本当の意図を察してからかっているな……

「それは……」

「でもヴェーズリーさんは大人でしょ?」

付き添っているのがカレンだからなのかアルバスが大胆に切り返した。

「そうだなあ……」赤毛の青年は俺たちをじっと見た後クスリと笑う

「わかった、じゃあモンタギュー家のカズーとラクス(双子の精霊)に案内を頼ませてもらおうか」

「ああ、スティーブ。すまないが今からジョーンズにこれから屋敷を回らせてもらってもいいかどうか訊いてもらえないかい?」

傍で給仕をしていたフットマンのスティーブに声がかけられた。

「かしこまりました」

そう礼をしたスティーブが部屋を出るのを見届け俺とアルバスは目を合わせる

『成功だね』

『だね』


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俺達が普段暮らしている場所は銀の薔薇園邸と呼ばれている大きなカウントリーハウスだ。

ご先祖様達はこのヴォイアチェスター地方の要塞近くの城に住んでいたらしいがいかにも中世に建てられた石造りの建物は安全だろうが窓が小さく階段が狭く薄暗くて換気性が悪い、だからコールの父と母が結婚する際この屋敷を普段家族が生活する場所として建てたのだという。

具体的な広さはわからないが庭をふくめて東京ドーム一個分ぐらいの広さで、高校の体育館ぐらいの大きさの屋敷は半地下階ありの二階だてに小さな礼拝堂がくっついている。庭には馬小屋と庭師や馬の世話をする人たちが住むコテージがある。

俺たち双子が赤ん坊のころに亡くなった母は薔薇が—特に白薔薇が好きだったらしく庭には一番多く植えられている。その白薔薇と銀髪だった女主人にちなんでここは銀の薔薇邸と呼ばれたのだと思う。

とはいえ俺達が今日探検するのはその華美な薔薇園では無く緩やかな丘の上に広がる白い石造り屋敷は貴婦人の扇のように優美でもあり切り分けられたショートケーキの一切れのように可愛らしくもある。肖像画の中の母親の趣味に沿い建てられた我が家は内装にあってもかなり彼女がいた頃のまま保たれている。いつか兄が結婚した時には変わるのだろうか。


「出発地点はやっぱり正面玄関からだね!」

今回の探検隊の先頭に立ったアルバスの感嘆は広々とした大広間に吸い込まれる。

「どうします?ここから階段を登って二階から見ていきますか?それとも右に進んで礼拝堂からご覧になりますか?」一番はしゃいでいるアルバスを差し置いて悪いがやっぱり道順は客人のヴェーズリーさんに決めてもらおう。

「礼拝堂か、そういえば何度かここにお邪魔させてもらっているけど礼拝堂は拝見したことがなかったな。ヴァイオチェスター地区の守護使徒は水と馬を司るギサウ様だったか?」

「そうですね」

という訳で俺達はのんびりと散策を始める、ヴェーズリーは礼拝堂の青を基調にした飾りガラスを褒め、それからオルガンのある音楽室、王室から賜った黒竜の姿が織り込まれたタペストリーがある竜の廊下を通り今度は大広間の左側にある晩餐室を覗く。

映画とかでみたことがある“いかにも”な長い机を初めてみたかもしれない。

「おお〜」興味深そうにキョロキョロする俺達双子を見てヴェーズリーは笑う。

「チビたちの背がもっとのびたらここで食事ができるな」案内役は俺達だが社交用途の部屋が多い屋敷の左側はヴェーズリーのほうが詳しいと思う。

「で、配膳室には入らない方がいいかもな」

「えー、どうせなら入ろうよ。」とアルバスが口を尖らせる

「僕もヴェーズリーさんに賛成。もう夕食の準備が始まる頃だし配膳室に入ったらみんなの邪魔になるかもしれないだろ」

“みんな”という言葉でいつも親しくしているメイドやフットマンたちを思い浮かべたのだろう、アルバスは素直に引き下がった。

「あと残るは応接間と図書室か」

「そこは飛ばしてもいいんじゃない?図書館は本しかないし応接間はさっきまでいたし。」裏側の調理場や洗い場とかの仕事場は客人を通していい場所じゃないし。

俺たちが伺うように向けた視線を受けヴェーズリーは頷く。

「よし、じゃあ二階にいこう」

俺達は再び大広間に戻ったあと二階に続く広い階段を登る。

一応ヴェーズリーさんのための家紹介だが彼は俺達が楽しめるよう気を使ってか茶室と書斎は簡単に見ただけですませ二階の右奥にある客室に入れてくれた上彼の私物であろう小刀まで俺達に見せてくれた。

右側に残るは家族の寝室と浴室なので左側に回っていよいよ大とりのギャラリーと黒翼の間だ。




(説明回になってしまったので次回からはもっとストーリーを進めたいと思います。イギリスのマナーハウスやカウントリーハウスって憧れますよね。館はおおきいですが部屋が多く一個一個の部屋は案外こじんまりしているイメージです。冬場は寒いだろうから。。。)

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少年漫画の主人公になったが俺の未来が暗い キウメブンシン @akifumitouri

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