第一章 番外編 ミランダ・セブンが家庭教師に選ばれた訳


ミランダ・セブンは王都に住む比較的裕福な商人の家に長女として生まれた。幼名はアニー。兄が一人、下には弟と妹が一人ずつ次づく。

子供の頃から彼女は「将来学者になるんじゃない?」と周囲に評されていた。ある時は褒め言葉としてまたある時は揶揄い半分の口調で。

それは彼女の真面目さ、好奇心と探求心からでる奇行の数々を受けての言葉だった、彼女は疑問に思うような事があれば必ず質問する。例えば、4歳の頃アニーは「時計の針はどうやって動いているの?」と母親に聞いた、しかし弟の世話や家事で忙しい母親は取り合わない。今度はお手伝いさんや兄など別の人物に同じ質問を繰り返す。

「精霊が中にいて針を動かしているんだよ。」

面倒臭がった兄がそうやって適当に出した答えを鵜吞みにすることはなく今度は事実かどうか裏付けようとする。


家にある掛け時計を調べるため人のいない間に椅子を運び上に乗り壁から時計を外し、こっそり持ってきたフォークでこじ開けて中を見ようとする。残念ながらフォークは時計の裏を傷つけただけで母親に見つかった後こっぴどく叱られた。

これくらいならまだ普通の子供の好奇心から出るいたずらだ。やがて小さい頃のやんちゃエピソードとして家族の間で語られることで終わる。


だが四歳の彼女は考え続ける、どうやったら時計の中を見ることができるだろう?そんなある日母親が彼女を連れて街に買い物に出掛けた。途中彼女はたくさんの時計が窓越しに並べられた店を通りかかる。

「お母さん!このお店は何のお店?」

「ああ、そこは時計屋さんよ」

「時計屋さんが時計を作っているの?」

「そうね、後は壊れた時計を修理したりでしょうね」

「時計ってどうやって作るの?」

「さあ……知らないわね。もういいでしょう、アニー、そろそろ帰らないとお夕飯の支度が間に合わないわ」

母親から疑問の答えを得ることは出来ない、そう判断した彼女は口をつぐみ時計屋から家への道のりを覚えることに集中した。そして次の日には人目を盗んで外に抜け出した。非常に危険な行為だ、王都は管理が行き届いて治安がいい場所であったが4歳の幼女が一人で街中を歩くにはそれでも危険だ。通行人にぶつかるかもしれない、馬車に轢かれるかもしれない、あるいは人さらいに連れて行かれるかもしれない。幸運な事に彼女は無事に時計店にたどり着いた。


全身の体重をかけて苦労してドアを押し開く、中の景色は彼女を圧倒した。そこは所狭しに時計が並べられていた。中央の大きなテーブルにはあらゆる置き時計、懐中時計が並べられ壁にはあらゆる掛け時計、大きな振り子時計がかけられ、チクタクと針が動く音が部屋中にしみていた。

そして彼女は店の奥に一人の老人を見つける。作業机に向かい今まさに客の預けた懐中時計を直している。

彼女は経験から仕事中の大人の邪魔をすると叱られることを知っていたので彼女は質問をしたくなるのを抑えて息を潜めて作業机に近づく。

老人はちょうど懐中時計を裏から開いたところだった。

(なんだか小さな丸いものがいっぱい入ってる、何だろう?まるで馬車の車輪みたい)

幼い少女はピンときた。

(まるの小さな凸凹、あそこがお互い噛み合って一つが動くと他のまるも動き出すのね。)

彼女は静かに老人の時計を見守りそのまま4歳とは思えない理解力で時計の仕組みを理解してしまった。

「なーんだ、じゃあ精霊さんが動かしていたわけではないのね」思わず声に出した思いが作業に集中していた老人を驚かす。その老人は幼い子供が一人で店内にいる事に肝を冷やしたが優しい店主は彼女を怖がらせないように子供を手招いてよびよせ、事情を伺った。子供一人で一度しか来たことのない店に歩いて来た探究心と行動力そして作業を観察しただけで時計の仕組みを理解したという聡明さに二度驚く事になる。老人は親切にもアニーを家まで送り届け歯車のプレゼントまでした。

後日改めてお礼に店にきたアニーの母親に老人は言った。「あの子は必ず立派な学者になるじゃろう、いや、もしかしたら大魔道士にもなれるかもしれん」


老人の言った通りアニー、改めミランダ・セブンは名付けの儀式で二属性以上の魔法の素質を認められ魔法学校に通う事になる。そして魔法学校を首席で卒業し無事魔道士になった彼女はそのまま大魔道士を目指すことを決めた。

大魔道士になるために通わなくてはならない魔法大学は学費が高い、とは言え成人したからには親からこれ以上援助を受けるのはやめにしたい、そう思った彼女はほか多くの若い学生達のように家庭教師斡旋会社に登録する。日を立たず彼女は最初の面接の申し込みを受けた。



依頼主の資料を受け取った時ミランダは思わず目を疑った。何度も瞬きをし、しげしげと紙を見るが見間違いではないようだ。

「あの?手違いとかでは無く……?」

「ええ、ヴォイアチェスター辺境伯からのご依頼です」気怠そうな事務員の女性が淡々と答える。

「しかし辺境伯様というと大貴族ではないですか……卒業したての学生では無く経験ある魔道士でさえ雇えるはずなのにどうして……」

「さあ?」ミランダのことなど一ミリも興味がない、早く帰ってほしい、そういいたげな態度にミランダも腹が立ち食い下がる

「それにヴォイアチェスターって王都からめちゃくちゃ離れているじゃないですか……」

「鉄道を利用すれば3日やそこらでつける距離ですよ、あと別にこれで仕事が決まったわけでは無いですからね。あくまで面接の申し込みです。何か質問があればあなたから依頼主へ直接伺っては?」

「め、めんせつ……!?」

「ちょうどヴォイアチェスター辺境伯が王都に滞在している間に会いたいそうです。」


セブン家は大騒ぎになった。

「さすがアニー!面接に受かれば辺境伯邸に住み込みできるかもしれないぞ!」

そう素直に喜ぶ人物は一人だけで

「もーお兄ちゃん気が早いよ…それより面接ってなんの準備をしていけばいいんだろう……」

「あんた面接に着て行く服はどうするの?」

妹や母親は渋面を作っていた

「制服……は変よね…魔道士ローブも辺境伯様に会うには失礼かもしれないし…」

「だからこういう時の為にドレスを仕立てておきなさいって言ったのに!」

「えっと、前に叔母さんからもらった紺のストライプのシンプルなドレスはダメかな?」

「え?それってお姉ちゃんが何年も前にもらったやつ?いくらお姉ちゃんが痩せててももう体に合わないんじゃない?型も古いし……」

「でも、新しい服を仕立てるよりかは早いかもしれないわ、オーヴェンさんに頼んで……」

そんな風に計画を立ててもらい、仕事柄貴族と会うこともある父親に最低限の礼節を教えてもらい、後は念のため履歴書をもう一枚準備して当日、普段乗っているより随分と高級なワゴンに迎えられミランダは貴族街に向かった。

ヴォイアチェスター辺境伯が王都に滞在する間に住む屋敷に着いた彼女は使用人に客間に通された。

(うわぁ、すごい綺麗な内装……魔法学校で貴族の友達もいたから貴族の家に来るのは初めてじゃないんだけど、なんというか……やっぱり辺境伯まで来ると格が違うな……)

道中思わず玄関先の装飾や廊下に飾られる絵に目を奪われたミランダだったがいざ部屋に入るとなると緊張で唾を飲む。

使用人がドアを開くとそこは白を基調にした家具とベージュ色にダマスク柄の壁紙の明るく居心地の良さそうな部屋の真ん中にはソファが向い合せに並べられたそのうち一つには一人の青年が座っていた。彼女を見ると彼は立ち上る、会ったことはないもののその精悍な面差しは新聞で覚えがある、ミランダはすぐに父親に教えてもらった台詞を言う

「お初にお目にかかります、ヴォイアチェスター伯様、ミランダ・セブンです。この度は面接の機会を下さったばかりかお屋敷招いていただきありがとうございます。」震える指先でドレスをつまみなんとか礼をする。早口過ぎたかもしれない。わざとらしかったかもしれない……豪華な絨毯を見つめる彼女の頭の中にはネガティブな考えがぐるぐる回る。

「セブンさん、私は王族ではないので許しがあるまで頭を下げる決まりはありませんよ。」笑いを含んだ爽やかな声にミランダは慌てて頭をあげる。

「こちらこそ魔道士界の若き天才と名が高いセブンさんに会えて光栄ですよ。どうか畏まらず、まずは席にお掛けになってください、お茶を飲みながらゆっくりお話ししましょう、貴女は好きなお茶の銘柄はありますか?」

立派な紳士だ……それはミランダが間近で若い辺境伯を見て出した評価だった。

現辺境伯、セルレアン・アクア・モンタギュー。先代の急逝により16歳の若さで爵位を継いだ彼は今年で18歳。年下だ。

「さっそくですがセブンさんに頼みたい仕事は手紙に書いた通りです。うちの弟たちの座学の先生になって欲しいのです。」そう言って両手を組む動作はまだ十代とは思えない貫禄がある。

弟たち……モンタギュー家の三男と四男は双子だということは魔法学校時代貴族のクラメイトの中でも噂になっていた。ただ双子だということが有名なのではない。何しろ一人は王族である母方の血を継いだ銀髪、もう一人は伝説の勇者である先祖返りの黒髪黒目という珍しい容姿の兄弟だ。先代の辺境伯が祝いに双子の精霊カズーとラクスの絵を有名な画家に描かせた程だ。

たしか今年で二人とも五歳になる。

「座学の授業内容は共用語と星文の綴り、初歩的な計算、後は簡単な歴史でよろしかったでしょうか?」

手紙に書いてあった内容を脳から引っ張りだす。この内容は一般的な貴族の子どもの学齢前の教養だ。


「なぜ貴女を選んだか不思議に思いましたか?」質問の答えはなかった、代わりに更に質問で返され娘は面食らった。

「えっと……はい」反射的に頷いてしまいミランダは自分をガタガタ揺さぶりたくなる。もう少しうまい言い回しがあっただろうに!

青年はそんなミランダを見て薄く微笑む。それは教師が幼い子どもがくだらないミスをした時に見せる苦笑のようなものだった。そして彼はソファの上で姿勢を少し崩し長い脚を組んだ。

「我々は子どもの頃から洗練された仕草と言葉使いで人と交流することを求められます。それはただ覚えてきた挨拶を口に出すことではありません、誠実に思った事を口に出すことでもありません、私達は個人的な付き合いをしているのではなくいわば常に家の名を背負い相手を値踏みしたりされたりしているようなものなのです。それは常に仮面を被って行動するようですが同時に仮面があからさまなことも辟易されます、洗練された言動は生まれついての才能のように振る舞わなければなりません。しかしそんな事はありえません、実際は幼い頃から刷り込むように覚え練習を重ねるものなのです、なので子供の身近には貴族そのものではなくとも少なくともその文化や空気に馴染んだ者だけが配置されます。幼子は周りの言動を見て学びます。座学の教師も王宮の仕事に携わった事のある老練な魔道士が好まれます」

アイスブルーの瞳は冬の湖面のよう淡く静かで感情がなかった。ミランダは口挟む暇もなく呆然と若き辺境伯を見つめていた。いったい何が言いたいのだろう、さっきから述べる例はどう聞いてもミランダが辺境伯の子弟の教育に携わるのに向いていないと言っている。だったらどうして今日わざわざ彼女を屋敷まで呼び寄せたのだろう。

「失礼ながら貴女の事をいろいろ調べさせてもらいました。ご両親やご友人のことも。あなたは平民家庭に生まれていますが貴族との接触が多い環境にいる。父親の取引相手や学校の友人の中には高い身分の者もいる。それなのに貴女が社交の場に顔を出した記録はほとんど無い」

「すみません……人付き合いが苦手で誘いをほとんど断っていました……」

やっと唇が動くようになったのでミランダは慌てて辺境伯の話に受け応えをしようとする。しかし彼は彼女の発声に驚いたように口を閉じると、先程見せた苦笑をまた浮かべた。

しまった……これは話を黙って聞く流れだったか……ミランダは恥ずかしさに目を伏せて「申し訳ありません。どうぞ続けてください」と言った。自分の空気の読めなさが歯痒い、今までも何度もこれで損をしてきたが理解してくれている家族や友人が自分の為にフォローをしてくれた、しかしこの面接は完全に失敗したと言っていいだろう……

ただ気になるのは辺境伯の話によると彼はこの若き魔導士の世間慣れしていないところや洗練されていない言動をすることは調査により既に知っているようだ、いったいなぜ彼女を呼び寄せたのだろう、まさか笑い者にするために招いたたわけではあるまい。だったらなんだろうか、こちらはおまえの個人情報など簡単に調べられるしおまえの代わりなどどこにでもある、だから低賃金の悪条件でもありがたく働けという脅しだろうか?いや、辺境伯家でもあろう者がそんな小賢しい真似をするだろうか?それにミランダの実家はそこそこ裕福だ、この仕事を失くしても暮らしていけない程切羽詰まっていないので脅しても無駄だろう。緊張に頰を赤らめながらも頭の隅でミランダは忙しく考えを巡らせた。

「謙虚だが気が強い。円滑な付き合いができないが誠実だ」アイスブルーの瞳が閉じられる。「社交界では欠点だ、だが私はそのような性質をもつ者を真っ向から否定したくはない、上の者の凝り固まった価値観で判断したくはない」

「セブンさん。これは冒険的と言われるかもしれないが私の弟たちには彼らの天性を押さえつけない教育をしたいのです。」開いたまぶたの下には今まで見た事のない優しさがあった、ここのはいない誰かに向けた愛情があった。


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