第5話 竜騎士登場

 俺たち子供は一日の大半を子供部屋で過ごす。そんな閉じられた世界で俺たちの世話をするのがナニーいわゆる乳母のルシールと乳母の手伝いをするナースメイドのカレンの二人だ。


 ルシールは三十代後半の女性だ、紫色の巻き毛をメイドキャップに包み、メイド服もピシッと着こなしテキパキ働く、大柄な方で力強い腕は俺とアルバスを同時に抱えあげて移動できたりする。厳しくも優しい俺たちの母ちゃん的な存在だ。乳母という存在は貴族の子供たちの世話と同時にしつけも受け持って要るので俺たちが貴族に相応しくない振る舞いをすると彼女からお小言をくらう。


 一方でカレンは結構俺たちを甘やかすお姉ちゃん的存在だ。セピア色髪をお団子にし、ピンク色の垂れ目の小柄のうら若き乙女だ。ルシールとは凸凹コンビと言える。とても溌剌とした機転もきく優秀なメイドさんだが心配性なのが玉に傷と言える。


 後は教育係のホーン夫人、勉強を教えるのではなく乳母ナニーやメイドが教える事ができない範疇の貴族としての立ち振る舞いを教える係だ。週二回のマナーの授業のある日はほとんど一日中行動を共にして俺たちが貴族らしい振る舞いをして要るか監視する正直一緒にいると気が落ちつかない少し怖い存在だ。


 他にも座学の先生セブン先生。乗馬の先生ダグラスさん。剣術の先生ファーロウ先生といった人たちが俺たちと接触の多い大人の人たちだ。

 なにしろ五歳児なので活動範囲がすこぶる狭い子供部屋内で寝て食べて勉強して遊ぶので一日をとおして彼ら以外の使用人でさえ会わないことがあるくらいだ……

 俺とアルバス以外の子供といえば同じ屋敷内に住む姉たちとしか会ったことがない。

 だけどルビーとヴィオラは普段近くの貴族の夫人が開いたプライベートスクールに通っている為同じ屋敷に住んでいるが俺たちとタイムスケジュールが違う、残念ながら平日はなかなか会えない。そして週末になりやっとお茶の時間と休憩の時間に会える。

 そして今日は久しぶりに姉たちと触れ合える日だ。


「コール!熱を出したと聞くけど今は大丈夫なの?」挨拶もそこそこにヴィオラが飛びついてくる。

「ヴィオラ、走らないでください、はしたないです。アルバス、ごきげんよう。コール、回復したようでなによりです」

 ルビーが名前の通り赤いドレスの裾をつまみ澄ました挨拶をする。

「姉さん達久しぶり!大丈夫だよ、ヴィオラ姉さん。コールが熱を出したのは大昔の事だから。昨日もピクニック行ったし」

「お久しぶりです。大昔というほど前でもないですけど熱を出したのは先週の安息日の夜なので今はもうなんともないです」

 ヴィオラからなんとか潜り抜けて返事をする。

「そういえばこの前の安息日の時コール少し元気がなかったわよね」

「そうなんだよー、コールったらあの夜の晩御飯ローストビーフだったのに全然食べなかったんだよ、すごくもったいないない!」

 そうだ、俺は先週アルバスと剣の話をした後なんだかずっと胸が苦しいような気がしていた。食欲もなくいったいなんだろうと思っていたらおでこで体温を測ったルシールにあっさり「熱ですね」と宣告された。

 あの時アルバスの言葉を聞いてからの胸騒ぎは熱の前兆で気持ち悪かっただけかもしれない。ある意味ほっとしたがあれ以来どうにもクラウ・ソラスのことが気にかかる。


 ヴィオラとアルバスがどうやら一緒に散歩に出かけるらしい。

「私はパスします。読みたい本があるので」ルビーはマギーから本を受け取りさっさといつものソファの上に陣取る。

「僕も同じく」

「もう!本当にこの本の虫二人組ときたら!」ヴィオラはやれやれと頭を横に振るとアルバス、ルシールとともに外に出る。

 休憩室に残されたのは、俺とルビー、マギーの三人だ。

「ルビー姉さん、読書中に失礼します、少しお話ししてもいいですか?」少女のアーチ型の細い眉が面倒くさそうにひそめられる

「……何?」

「すみません、実はここ最近四英雄のことが気になっていて、この家の図書室に聖剣のでてくる四英雄の本はありましたか?例えば厄災を断ち切る剣クラウ・ソラウについての記述がある……」 

「……わかりました。この本を読み終わったら図書室に見に行きます。」顔を本から上げずに彼女は淡々と答える。

「ありがとうございます、ルビー姉さん」

 自分で探しに行くべきなのだろうが図書室は7歳からという取り決めがあるので俺は立ち入れないのだ。なんで7歳からしか入れないのかと色々不満だが古い家のしきたりというものは理由がなくとも絶対厳守で子供のわがまま一つでなかなか変えられる物ではない。おまけにルシール達に頼もうにも使用人は成人した主人に申し付けられた時以外は図書室の本を持ち出せないらしい、仕方がないので姉さん達にいつも頼んでいる。ああ、早く大人になりたい……いやそれは予言へのタイムリミットが近づくという意味か……


 今まで聖剣のことを調べたことはあるが持ち主のことはそこまで重視していなかった。子守唄がわりに聞いた英雄譚ぐらいの情報しかない。持ち主を調べることで剣に対する新しい情報が出るかもしれない。


 ルビーは宣言通り自分の本を読み終わった後本を借りてきてくれた。四英雄の冒険談にかんする小説だ。冒険の内容については今まで絵物語で大体知っていたがこれほど長い小説はまだ読んだことはなかった。これなら聖剣に関する記述も多いかもしれない。


 しかしその日は少し読んだだけで夕食の時間になってしまった。

 仕方がないので次の日まで自室の本棚に並べる。

 そして次の日、安息日、俺たちが休憩室でくつろいでいると慌ただしいノックの音がし執事のジョーンズが入ってきた、彼は俺たちに一礼すると無言でルシールを手招きする、彼がなにかをルシールに囁くとルシールの顔色がサッと変わり二人は慌てて外に出る。パタリ、ドアが閉まると俺たちは顔を見合わせた。


「いったいなんだろう、ジョーンズちょっと焦ってたよね」

「ねえマギー、私様子を見にいっていいかしら」

「いいえヴィオラお嬢様、盗み聞きは良くないですよ。」

「ルシールが呼び出されたという事はコールとアルバスに関係する話でしょうか?」

「コールは入り口に近かったよね、なんて言ってたか聞こえた?」

「いや、低い声で喋っていたからなにも聞こえなかったよ」


 そんな風にペチャクチャ騒いでいる内にドアが再びノックされる。

「ルシールかな?」

「入っていいわよ」

 ガチャリ

 扉を開けたのは男性使用人フットマンだった。そしてそこに立っていた人物に俺たちは全員座席から飛び上がる。

「「「「ウェーズリーさん!!!!」」」」

「よう、おチビ達、元気か?なんだなんだ、お化けでも見たような驚きっぷりだな」

 そこに立っていたのはカーマインレッドの髪を編み上げ後頭部で束ね、あごの髭を撫でながらニヤニヤ笑う青年だ。

「え、だってお客様がこの屋敷に尋ねて来るなんて誰も一言も言っていなかったわ……」

「マギー、あなたは知っていたの?」

「いえ、存じ上げませんでした。」いつもそつなく仕事をこなすマギーでさえ今回はとまどっていた。

「ヴェーズリーさんも急ぎの用事だったのかもしれません、まだレザーアーマーを着けたままです」俺が口を挟む。

「お!鋭いなーコール。実は俺はお前達の兄貴の手紙を運びに竜に乗って飛んで来たのさ」

「ブルーノ兄さんの?」

 彼、ヴェーズリー・ジェイコブ・レイヴァースは俺が前世から知っていた人物だ。伯爵家の三男である彼はブルーノ兄さんの学生時代からの親友であり今は軍直属の竜騎士団に属する竜騎士である。

 そして原作でコールの逃走に手を貸した物語の主要キャラクターでもある。

「兄さんからの手紙!僕らあての?」アルバスの目がキラキラしている。俺たちの長兄は最近忙しくしばらく会っていないからな、寂しかったのだろう。

「いや、それは違う、ここの執事に手紙を届けに来ただけだ」

「なーんだあ……」がっかり肩を下ろしたのはアルバスだけではなく姉さん達もだ、みんな優しく頼りがいのある兄のことが大好きだからな。

「おいおいそんなにがっかりするな、俺はお前たちに会いたくて着替えもせずに来たというのに、さっきから挨拶もない」そんなヴェーズリーの文句にすぐさま抗議が飛ぶ

「ヴェーズリーさんが型破りなんです、普通事前の連絡も無しにいきなり部屋に会いにきたりしません」

「そうですわ!これではお迎えの為に着替える準備も出来ません。」

「はいはい、俺が悪かったって」

「はいは一回だけってルシールが言ってたぞ」

 ヴェーズリーは俺たちとも仲が良くもう一人の兄さんというほど俺たちと関係が近い、なんだかんだ言いながら皆彼を歓迎しているのが彼女達の笑顔がわかる。

 だがそれよりも気になっている事が俺にはあった。

「ヴェーズリーさんが竜に乗って届けにくるほどの急用の手紙ってなんですか?」

 俺の質問にヴェーズリーの笑顔が一瞬引っ込む、だがすぐに彼の太陽なような笑みは戻り頭をかきながら困ったように答えた。

「まあ急用っちゃ急用だな、でも安心しろお前たちには関係がない話だ。」

 つまりはこれ以上聞くなということだろう。ルビーも俺の方を見ると黙って首を横に振る。他の子供達も気になっていたのだろう、だが子供相手にも一番気さくなヴェーズリーに断られたら仕方がない、あきらめるほかないだろう。


「お、コールは四英雄の話を読んでいるのか?」話を逸らすようにヴェーズリーは唐突に俺の持っている本を指差す。

「はい」俺は表紙を上に向けて本を見えやすいように差し出す。

 本は皮閉じのしっかりしたつくりのもので表紙には赤、青、黄と黒の宝石を現した刺繍がある手のこんだものだ。

「まあお前たちのご先祖様の話だもんなあ」そう言って彼は黒の宝石の刺繍を指先でなぞった。

 彼の言うご先祖様とは四英雄の一人伝説の竜騎士のノクス·ドラコ·モンタギューのことだ。


 ノクス・ドラコ・モンタギューは100年前に魔王を倒した四英雄の一人だ。

 非常に珍しい黒髪黒目の彼が生まれた年や彼の本当の家名は誰も知らない。軍隊育ちの孤児だったという彼が他の貴族の英雄達と共に魔王を倒しに向かえたのは彼と竜の驚異的な相性による。

 この世界観で竜というものは飛竜と地竜に分けられ飛龍はファンタジーでよく見る翼が生えた生き物、柴犬ぐらいの大きさから9メートル近い大きさまで育つものもいる、平均で二百歳を生きられる長命種だ。高い智能を持って魔法も使えるので野生の飛龍の住む地域には誰も近づかない。ちなみに伝説上の飛竜は千年生きていて90メートルぐらいの体長らしい。

 飛竜が狼だとすると地竜は犬にあたる人間に家畜化された竜だ。肩高2メートル近く頭も含めると3メートル高い力も強く魔法を使える個体もいる、この国での最大で最強の騎獣だ。平均寿命は4-50歳。ややこしいのは地竜の中にも翼のある個体とない個体がいて、翼のある個体は翼竜と呼ばれる。翼竜は個体数が少なくそれ故に国に重宝されている、ただ翼竜は自尊心が高く、一般の地竜のように誰でも載せる事を嫌がる、彼らは一度に一人の人間しか選ばない。しかしノクスの事を見るとどの竜も自ら頭を下げたのだ。この特異な性質は彼が13歳のころにある翼竜騎士の従者になったときに発見された。噂はすぐに広まり王宮にも届いた、王宮に召喚された彼を見て、当時王の付きの預言者は言った。「この少年はやがて英雄になります。」と。彼は預言者からドラコという名前を授かり、伯爵家に引き取られたその時からノクス・ドラコ・モンタギューを名乗る。16の頃魔王討伐の戦いに身を投じ18の時に魔王を倒しその功労から辺境伯の爵位を貰った。

 これが初代ヴォイアチェスター辺境伯、俺達の先祖様だ。

 ちなみににこの国の爵位は

 1.公爵デューク

 2.侯爵マークィス

 3.伯爵アール

 4.子爵ヴィカウント

 5.男爵バロン

 6.勲爵士ナイト


 と続いていている。辺境伯マーグレイブという爵位は少し特殊で禁地を守る為に作られた全国でたった一つだけの爵位だ。地位的には伯爵に値するがその特殊性により他の伯爵位より国に重視されている家系でもある。

 俺たちの父親のアルフレッド・トラヴィス・モンタギューが王族の血を引く俺たちの母親、公爵令嬢であったアイリーン・シーデルム・リリエンソールと結婚できたのもその所縁だろう。


 話を戻そう、そもそもいきなりご先祖の話をし出したのはこの目の前の翼竜騎士、ウェーズリー ・ジェイコブ・レイヴァースが切り出したからだ。

「へえ~、コールは黒龍騎士様の話を読んでたの?でも四騎士のお話の本は僕達の部屋にもあるじゃない、黒の龍騎士様のお話もルシールがしょっちゅうしてくれるし」

 アルバスが首をかしげる。

「いえ、その本は黒の龍騎士様主体の話でした、ですが僕は聖剣使いの英雄ルーシャン・ランドルフ・ビルバーク様に関しての記述を読みたかったのです」アルバスに、でも正確にはヴェーズリーの質問に答える。

「え?まさかの聖剣士ルーシャン?まじかあ、てっきりコールは俺と同じ竜騎士志望かと思っていたなー」ヴェーズリーは少し大げさに驚いてみせる。

「いえ、志望とか関係なく単に気になっただけでですよ」

「それに聖剣は僕らの土地うちにあるしね~」

「ああそういえばそうだったな」


 トントンとその時扉がノックされた。

「どうぞ」ルビー姉さんが答える

 ドアを開けたのは家政婦長ハウスキーパーのサリーだ。

「レイヴァース様、お着替えの準備が出来ました」続いて一人のフットマンが入ってきて礼をする。

「滞在中はこのスティーブが貴方のお世話を務めさせていただきます」

「おお、ありがとう」そういうと赤毛の男性は俺たちの頭を一人ずつをわしゃわしゃと撫でていく。

「きゃあ!」「もう!髪型が!」女子陣から抗議の悲鳴が上がる。

「じゃあ別れ惜しいが後でな」姉達の不満げな顔を物ともせずヴェーズリーはニコニコ笑って去っていった。

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