第4話 ピクニックに行こう!feat.水切り

 分厚いクッション越しに伝わる車輪が小石を跳ねる振動、頰を撫でるそよ風、紺色のジャケットが初秋の太陽の光を吸いほかほか体を温めている。

「今日は本当に良いピクニック日和ですね」

 俺の外側に座っているカレンが空を見ながら呟く。


 俺たちの一日のスケジュールは大抵、起床、祈祷、朝食、座学、昼食、昼寝、運動(乗馬や剣術の初歩的練習)おやつ、自由時間、夕食、就寝支度、聖書朗読祈祷、就寝。という感じなのだが午後の乗馬の練習の際に先生のダグラスさんが良い天気なので川辺まで遊びに行ったらどうかと提案してくれたのだ。

 最初はカレンが渋っていた。実は俺は数日前に熱を出して寝込んていたのだ。もちろん今は回復しているが川辺の風に吹かれぶり返すのではないかと心配された。でもルシールが「天気が寒くなってくる前に外で遊ぶのも良いでしょう」と乗り気だったので最終的には外出が決まった。

 ダグラスさんが散歩用の無蓋二輪馬車を準備してくれ俺たちもお出掛け用に帽子やらジャケットの外出用の服に着替えさてもらい、キッチンでマフィンやサンドイッチをバスケットに詰めてもらいピクニックの準備はバッチリだ。


「ねえ、後でボートに乗れる?」アルバスがルシールに聞く。

「残念ながら、今から向かうのは小川の下流なのでボートは出せませんね」

「えー?じゃあザリガニ釣りとか?」

「残念ながら釣り道具の準備はしておりません、すみません」

 淡々と返す乳母を見て多分濡れて欲しくないから準備しなかったんだろうなと思う

「じゃあ何で遊べばいいのさ!」銀髪の子供は頰を膨らます。

「水切りはどうでしょう?アルバスおぼっちゃまは水切りをした事がありますかい?」御者席に座るダグラスさんが振り向いて言った。

「ない……

「あ、水切りですか!遊びたいです」アルバスを遮るようにいきなり身を乗り出した俺に周りの驚いたような視線が向く。

 しまった、確かこの世界の俺はまだ水切りをしたことがない。つい懐かしいワードについ興奮してしまった。

「えっと、水切りなら本で読んだことがあります……楽しそうだったので僕も遊んでみたいなあって……あはは」とっさに誤魔化す。

「なるほど、おぼっちゃま達は初心者って訳ですかい。ならば今日はこのダグラスが楽しい水切りの遊び方を伝授しますぜ」そう言って彼は日に焼けた拳であつい胸板をドンと叩いた。


 ついた場所は緩やかな下流、深さはそれ程なく成人男性なら真ん中あたりまで歩いていけるだろう。近くに着くまでは子供が数人遊んでいたが、俺たちの馬車を見ると慌てて離れていってしまった。


 馬番を一人馬車に残し、ルシールとカレンは木の陰でピクニックの支度を始める。その間、ダグラスは河辺へ石探しに向かう。

「実は水切りに一番重要なのは石選なんですぜ、あたくし達が子供の頃は良い石を見つけたら英雄扱いっした。おぼっちゃま達が後で楽しく遊べるようあたくしが先に石を集めておきましょう」

 石探しは水切りの醍醐味だ。俺も一緒に行きたいと提案したがしゃがみながらウロウロすると服が汚れるとカレンに引き留められてしまった。確かにいい生地でパリッと仕上げられた衣装を汚すのは俺も気がひける。

 うーむ貴族の子供はこういうところが窮屈なんだよなあ。

 とりあえず先に軽食タイム。簡単なジャムサンドやチーズサンド、焼きたてのマフィン。ポットに入れたお茶を飲み腹が膨れた頃ダグラスが戻ってきた。


 足元にくれぐれも気をつけて、ルシールとカレンに口すっぱく言い聞かされた俺達がダグラスと河辺に着くと__

「おお」

 こんもりと石の山ができていた。二、三十個はありそうだ。

「ダグラスすごい!」

「これは……河辺中から集めてきたのですか?」

 何おぼっちゃまたちのためならばこの老体をいくらでも走らせますよとニコニコしていた初老の男がふと表情を作り変えおホンと咳払いする

「いいですかい、おぼっちゃま、乗馬の練習の載あたくしはいつも馬選びに気を使いやす、人に気性がある通り馬にも気性がありやすからね。」

 先生モードに入ったダグラスは真面目な口調で石の一つを拾い上げる。

「石も同じです、一つ一つ癖がある。おぼっちゃま達のような子供に向いている馬がいる通り、おぼっちゃま達に向いている石もありやす。こんな風に軽く平たい石ですね」

 彼の節だった指で俺たちに差し出しされた石に俺は感動した

「完璧なフォルムですね……この軽さ平たさ滑らかさ角のちょうどいい角度、素晴らしいですダグラスさん……」

「なんか今日のコールの熱量すごいね……」アルバスはうっとりと石ころを見つめる兄弟に若干引き気味だ

「ははは、コールお坊ちゃまはもう水切りの醍醐味に気づいたようでなによりですぞ」


「そして」ダグラスは俺たちに背を向け足を曲げる。

「次に重要なのはフォルム、これも乗馬と同じですね。投げ方には膝付きと立ち投げがありやすが、お坊ちゃま達は膝付きから始めましょう、少し窮屈かもしれやせんが上達するには一番いい。水切りは低い位置から投げると飛びやすいですからね、こんな風に、」彼は右手側の膝片手で拳を作りもう一つの手で石を持ち後ろに回す。「全身を使うのが重要ですぞ」そして「いーち」で左右に広げた腕を戻す「にーい」体をひねりながら石を持った右手を後ろに引く「さん!」ダグラスは腰を思いっきりひねり石を投げ出した。勢いよく飛び出した石は水面の上を滑り出す、タタタタと小刻みに水音のリズムを刻んだ石はやがて生き物のように跳ね上がり最後に水に沈んだ。

「「おおー!!」」俺たちは拍手喝さいする。


「さて、誰から順に試して見ますかい?」一息をついてダグラスが振り返る。

「はい!僕!僕やりたい!」アルバスが手を上げながらぴょんぴょん跳ねる。

「僕もそれでいいです」こういう時俺は喧嘩になったら面倒なので大抵の場合はアルバスに譲っている。どうせ後で順番が回ってくるので精神年齢的にだいぶ年下の相手と争う必要も無いしな。

「よし、それじゃあアルバスお坊ちゃまからにしやしょう、まずはあたくしのハンカチをしいときましょう、おぼっちゃま達の膝が汚れていたらルシール達にどやされそうですからね」

 そう言って彼はハンカチと言う名らしい彼のクビにかかった手ぬぐいを砂利の上に敷く。

 その上にアルバスが右膝をつくと今度は石を手渡す。

「さあ、コール坊っちゃまももちっと寄ってくだせえ。石の持ち方を教えやすから。」

 水切り、前世の頃の俺は父親にやり方を教えてもらった。ダグラスが大きな手でアルバスの手を包むように教えるさまを見ると当時の父さんとの記憶が蘇る。

「いいか、流斗。水切りの石は横回転で投げる、だからなるだけ底が平たいものがいいぞ、次に大切なのは重さ、これは人による、練習して自分に合った重さを見つけるんだ。最後に滑らかさ、ボコボコの石だと水に引っかかっちゃうからな。」ダグラスの少ししゃがれた大きな声とは違う陽気な父さんの声が耳に蘇る。


「まずは親指と人差し指でLの形を作ってださい、アルバス様」

(まずは指で鉄砲の形を作るんだ、他の指は軽く曲げるように、そうだ)

「中指の上に石を載せます、ええ、その通り、親指を石の上に乗せて……強く握る必要はありやせんよ」

(中指はテーブル、親指は重しだ、つまむように持つなよ)

「人差し指がかかる場所を探しましょう、角に絡めるように」

 石を手の中で注意深くまわし人差し指の第一関節が角にフィットするようにする。

「そして両手を大きく広げて……」

 膝が砂利に食い込む、上半身を前に倒し腰を大きくひねる、大切なのは全身を使うこと。

「それでは、あたくしが数を数えますね」


「いーち」

 両手を広げ元に戻す。

「にーいの」

 右手をゆっくりと後ろに回す、息を吸う

「さん!」

 ふっと息が吐き出されると同時に体が回転する、腕がムチのようにしなり、石が回転しながら滑り出す。

「え?!」

 アルバスが投げ出した石は水面を何度かはね沈む。その上を飛び越すようには飛んだ、ピピピピと小鳥が囀るように歌いながら石は軽やかなステップを踏む。そして鏡のように日差しを照り返し輝く水面の上に跳ね上がり水に沈んだ。

「コールおぼっちゃま!?」

「コール!?」

 しまった……俺はいつの間にか前世の記憶の指示に従い無意識のうちに石を投げていたようだった。

「ごめんアルバス、君の番だったのに……つい……」

「ううん!それより何あれ!今のすっごいカッコよかった!スパパパってさ!あれもう少しで向こう岸まで行ったんじゃないかな!」

「全くです、あの技術は初めてとは思えません、これでは老いぼれの指導など要りませぬなー」

「いや、えっと……えへへ」

 初めてじゃないからね……でも水切りは中学校以来だ、この体で投げたことのないのによく飛んだと自分でも感心する。

「でもコール、ルシールに叱られちゃうね」

「膝が汚れてしまいましたなあ、まあ濡れた布で拭けば落ちる程度でよかったです」

「え?……あ。」やってしまった。

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