第3話 貴族の子供のお勉強 下
10/11 元の二話を上下に分割しました
「……」
ルシールとカレンがいくら頑張ってもあほ毛が飛び出す癖の強い黒髪、子供らしい柔らかい頰、切れ長の瞳に映るのはやはり俺だ。
「何鏡の中の自分と見つめあってるの~、お化粧チェック?」
目の前の子供の上にアプルコットティー色の巻き毛を指でとかしながら覗き込む少女の顔が映る。
「ヴィオラ姉さん」
「んふふー、隙あり!」振り返った瞬間俺の顔は彼女に両手で挟まれ潰される。
「んむっ、やめれ……くらさいっ」
「あはは!ほっぺたやわらかーい、かわいい~」
「やめっ……」
ヴィオラは明るく頼り甲斐のある姉さんだが同時にこうやってしょっちゅう俺たちをからかったりおもちゃにしたりもする。特に幼児の柔らかいほっぺたはよく犠牲になった。
いつもの攻防が俺とヴィオラ姉さんの間に始まった時だ「あの、静かにしてください……安息日ですよ」鈴を転がすような愛らしくも冷たい声が聞こえた。
「あら、ルビー、書斎に行ってたんじゃないの?」
「また帰ってきたのです、悪いですか?」
入り口に立っていたのはヴィオラとそっくりの巻き毛の少女、俺たちのもう一人の姉さんルビーだ。彼女の後ろで本を数冊持って控えているのは姉妹達付きの侍女マギーだ。
「第一安息日の午後はお茶室で静かに過ごすのが決まりです、私は今から読む本を選びに行っていただけです。」
「コール様の御所望の本もありますよ」マギーが微笑みながら一番上の本を俺にさしだす。
「ありがとうございます!ルビー姉さん、マギー」
「どれどれ、<魔道簡史>……また小難しそうな本を読むのね」
「もうすぐあなたも授業で習う内容です。ヴィオラももっと歴史の本を読むべきです、娯楽小説だけでは無く。ヴィオラは歴史が苦手でしょう?」
「仕方がないじゃない、私は歴史が苦手だから歴史の本を読めなくて、読めないから歴史が苦手なのよ」
「またまぜっ返す」
「誰か歴史を譜面に下ろしてくれ無いかしら?ピアノの譜面ならすぐにするする頭に入るのに」
「譜面で覚えてどうするつもりですか?テストの時に教室にピアノを運んで<第一次魔族征伐のワルツ><アギラ家の反逆のセレナーデ>とかでも奏でるのですか?」
毒を吐きながらもルビーは妹の手を親しみを込めて握り彼女たちは一つのソファに並んで腰掛けた。この双子のように似た見た目の姉妹は性格は似ていなくてもとても仲良しなのだ。
俺は直射日光の当たらない場所の腰掛けを探し本を持って座る。すぐ近くにはカレンの敷いたマットの上で黙々と積み木で遊ぶアルバスがいる。
しかしページを開いたものの内容がなかなか頭に入らない。今日の朝見た夢の内容が頭にちらつく。それは久しぶりに見る前世の記憶だった。すべて内容を覚えているわけではないが小学校の頃家族で行った花見の風景のようだった。普段仕事で忙しい母が時間をかけて作った華やかな花見弁当、俺は肉ばかり食べてないで野菜も食べなさいと叱られる。妹はちらちら舞い落ちる花びらを空中でつかもうとし足元の根っこにつんのめる。おっと、あぶないと側にいた父がすかさず支える。ふと俺は思う、「桜、久しぶりに見たかもな」
そこで目を覚ました。
本当に久しぶりに前世の家族の夢を見た。前世の記憶を取り戻したばかりの頃はよく前世の夢を見て込み上げてくる寂しさに子供の体が堪えきれず夜泣きばかりしていた。ちょうどモンタギュー家の父親が亡くなった頃だったので、ルシールは毎回俺を抱きしめて「お気の毒に、お父様を思い出したのですね」と背中をなでてくれた。
前世の俺に特に立派な将来の夢は無かったが、二十歳で死ぬのは早すぎるだろう、まだ童貞だったんだぞ!と悔しかったし蜘蛛に噛まれて死ぬって理不尽かよとかノーパソのデータ消せてないんだけどとかベッドの下のエロ同人母さんに見つかっちゃうんかなとか色々悶々とする毎日だったが、自分の置かれているシチュエーションを理解していく内にその場合じゃないことがわかってきた。まさかの打ち切りされそうな漫画に転生するなんて、なんとかしないと俺は今の家族にもさよならをしないといけなくなる。
タイムリミットは後11年、俺は真剣に将来を考えないといけない
まずは俺の回避しないといけない事柄だ。<黒龍レジェンド>の全ての不幸は主人公が予言の内容により<厄災をもたらす悪魔>とみなされてしまったことから始まる。
なんで証拠もないのに一人の一言だけで迫害されるのかと言うと、この世界での預言者の位置が相当高いからだ。
まずはこの世界の魔法使いのタイプの説明をしよう。
この世界では7歳前後から全ての人は魔法に目覚めはじめる、そこで親たちは子供を連れ神殿に行って目覚めた属性を神官たちに見てもらい洗礼名をつけてもらう。そこで子供は家名を親から授かり、正式名を初めて名乗れるようになる。平民は大体一生に一属性しか目覚めない、目覚める属性は大抵親と同じなので子供はそのまま親に魔法の扱い方を学び属性に関した親の仕事を継ぐ。例えば土属性の家系だと農民、火属性の家系だと鍛冶屋、水属性家系だと漁師、風属性だと猟師などだ。
それでも二属性以上目覚める人もいる。この世界観の中で基本の四属性同士は相互に影響しあっていて聖書に{「火」は凝結して「風」になり、「風」は液化して「水」になり、「水」は固化して「土」になり、「土」は昇華して「火」になる}
とかかれているとおり一つの属性からもう一つの属性は転換可能なのだ。二つ以上の属性に目覚めた者はその転換方法を知っているという訳だ。
それだけで1と2の違いは大きい。二属性以上目覚めたものはやがて全属性を使える魔道士になれる可能性があると期待され魔法学校に送られる、それにもし魔道士になれずとも学校での成績が良ければ学者になったり国家教師になったりと政府機関での職につけるかもしれない。なので7歳の名付けの儀式は子供にとって正式名をもらう場だけでは無く将来が左右される場所でもある。セブン先生も平民出身で彼女は魔法学校で全属性修得するだけでは無く成績もトップで卒業した。彼女は将来大魔道士になり宮廷魔道士になれる可能性大の平民中のエリートなのだと言われていた。宮廷魔道士になれば一代だけだが貴族と同じぐらいの地位を得られるので相当すごいことなのだ。
しかし魔法学校以外のルートもある、それは神学校に入ることだ。その場合職業選択は神官一択な上ある理由により(いつか説明しよう)平民は決して富や権力が得られる地位まで登られる訳ではないらしい。だからよほど敬虔な家庭の子供か奨学金の援助を受けても授業を受けるのが困難な程貧しい家庭の子供や身寄りのない子供の選択肢になる。ちなみに神官の位は一つ星から五つ星まであり五つ星がいわゆる大神官様だ。後は士官学校という選択があるが神学校以上に平民の子供が地位を得るのは難しいのでポピュラーではないらしい。最近読んだ本に書いていた、もっとも少なくとも五年以上前に出版された本の情報なので今現在の状況は知らない。前世ならネットで調べるだけで最新のデータが手に入れられたのだろうが……
そして貴族、貴族家庭の子供は例外を除けば全員全属性目覚めることが確定しているという。漫画の中のコールがどうだったかよく覚えてないけど俺も全属性使えるようになるのだろうか?
貴族の子供が7歳の名付けの儀式の時は神殿から洗礼名を授かる以外に家長から苗字の他にもう一つ名前を授かる。
例えばブルーノ兄さんを例に挙げると。ブルーノが幼名で洗礼名がアクア、当時モンタギュー家の家長だった俺たちの父から授かった名がセルレアン、家名がモンタギュー。正式名はセルレアン・アクア・モンタギューになる。平民は洗礼名がファーストネーム、貴族は洗礼名がミドルネームになるという、ややこしいな。
そして貴族の子供が名付けの儀式で同時に注目されるのは最初に目覚めた属性だ。通常最初に目覚めた属性がその子供が一番得意の属性になるからだ。貴族家族は皆家伝の魔法があり、その魔法を使うための最適の属性がある。なので最初にその属性に目覚めた子供がその家の後継として育てられることになる。家はどうなるんだろうか、そこらへん漫画で描写があったかな?将来兄の子供たちの属性が肝心なのだろうけど
平民や貴族とはまた違ったタイプの魔法使いがいる。それは生まれた時から使徒の加護を受け魔法が使える神子と呼ばれる人たち。彼らは非常に稀な存在で数々の特別な魔法が使えるのでたとえ貴族に生まれようと平民に生まれようと例外なく大貴族か運が良ければ王族に引き取られ育てられる、中でも第一の使徒、全ての使徒をまとめる存在の大使徒エンの加護を受けた子供は予言能力が使える。その予言は百発百中なので預言者は竜神様の意思を伝える竜の子として崇められ王族と同等の位置にいる。
ここでようやく話が最初に戻る訳だがつまりコールはお偉いさんに災害認定されたわけだ国家指名手配犯と変わりない。
という訳で第一の解決策
<黒髪黒目の人物が災いをもたらす予言の嘘を証明する>はまず無理だ。正式には黒髪黒目の竜騎士だが生まれつきの要素はともかく将来の選択の証明は難しいのでパスで。預言者様の言うことをくつがえす可能性は限りなく低い。
なので俺のもう一つの解決策は原作のコールが取った方法<最悪な結果が出る前に少なくとも自分は災いをもたらす存在ではない事を証明する>と同じことを目指そうと思う。で、今一番の問題は俺は家族に危害が加えられる前にこれをしなくてはならない訳だ。
この世界に来てから常々後悔しているのが(前世でもっとちゃんと<黒龍レジェンド>よんどきゃよかったなぁ)という事だ。
俺は週刊誌<タロットウィーク>の読者であって別に<黒龍レジェンド>のファンでは無かったので毎週ペラ読みしていただけで単行本も買っていない、本命の連載漫画は他にいくつかあった。<黒龍>に関しては細かい設定の記憶があやふやなのだ。情報のほとんどはこの世界に来てから自分で調べたものだ。
覚えている内容は大体こんな感じだ。
主人公は確か風魔法が得意で士官学校に通っている竜騎士見習いだ。何時もの通り竜舎で竜の世話をしていたら突然校長に呼び出される、校長室に着いたら武装した人に囲まれて拘束される。しかし幸運なことに地下牢らしき場所で目覚めた主人公は主人公の従者に助け出される、外に逃げた彼らは待っていた兄の友人の竜騎士と主人公が日頃世話をしていた竜と共に無事に学校から逃げ出す。竜騎士は道順王都で新しい予言が発表された事、それと全国で黒髪黒目のものが拘束されている事を説明した。それから兄が死に自分の無実を証明するために禁地へ向かう流れの詳細はよく覚えていないが(最初から話がかっ飛ばし過ぎて漫画の展開についていけなかったのだ、あそこらへんの展開はアンケート結果も悪くあの漫画は打ち切り確定だとネットでも噂されていた)でも禁地で仲間と冒険する話になってから話が面白くなって来たのだがあの後打ち切り回避できたかは前世の俺は死んでしまったのでわからない。
ちなみにその禁地とは何かというと昔この国を侵略しようと企らんだ魔王の領土らしい、後にその魔王は五英雄に倒され封印されたと言われている。ただ魔王が倒される間際、あたり一面の大地に呪いをかけたのでその領域は魔物が出る人の住めない土地になった、そこで五英雄の子孫のモンタギュー家が禁地とこの国の間に長く連なる塀を立て禁地と隣あわせのこの土地ヴォイアチェスターを治める辺境伯となったのだ。
魔物はこびる人の住めない土地、ということで禁地と呼ばれているが人が立ち入らないという訳ではない。何しろ当時の建物や財宝や武器や文物がそのまま残っているので国から度々調査団が出されている。調査団の刺激的な冒険譚は国民にも好かれており調査団に入ろうと夢を見る子供も少なくはない。主人公も調査団に憧れて士官学校に入学したらしい。職業選択…が自由だったということは俺が後継ぎになる事はなさそうだな。
原作での主人公たちの最終目標は調査団ですら近づくのを戸惑う呪いの地の中心部かつての魔王城に残された五英雄の遺産、厄災を断ち切る剣クラウ・ソラスを持ち帰ることだ。
俺の将来のためにも早く強くなり16歳前にこのクラウ・ソラムを持ち帰らなければならない。
「見て見てコール!クラウ・ソラスだよ!」アルバスの歓声で俺は現実に引き戻される。
「ク、クラウ・ソラス?」思考を読まれたようで少しドキドキする。
「ほら!僕が作ったんだよ~」パフォーマンスを示すマジシャンのようにアルバスは両手を大きく広げる。
視線を動かすと
「おお」
そこには積み木で作られた一振りの剣があった。
「アルバスは器用だな、それすごくかっこいいよ」お世辞ではなく心から褒める。
地面に横たわる聖剣は刀身は一つの三角の積み木と連なる三つの立方体で表されていて柄は黒と赤、赤は多分はめ込まれた宝石かな、そこまでなら五分で簡単にできる作品だが斜め下には青と黄色の積み木で並べられた鞘があり、柄と鞘を握るようにシルクの手袋が置かれている、俺たちは防寒用の手袋しか持っていないのでこの手袋はルビー達から借りたのだろう。
刀身の周りに色とりどりの積み木が散りばめられているこれは「鞘から抜いた途端七色の光を放つ」という伝承を表しているのかもしれない。
「なんというかカラフルで綺麗だし、細部にこだわりを感じる」さらに褒めるとアルバスは得意そうに腕を組みえっへんと胸を張る。かわいいな。
「本物のクラウ・ソラスみたいだよ」なんだかこっちも嬉しくなり褒め言葉を重ねる。
するとアルバスは首をふるふる振った「みたい、じゃなくってさ」
「え?」あれ、褒め方が不味かったか?たしかに子供相手にはこういう時に本物みたいというより本物という風になりきりした方が喜ぶかもしれなかったか。
「みたいじゃなくて、いつか本物のクラウ・ソラスを手に入れようよ」
「本物の?」
アルバスはにっこりと笑うと俺の両手を掴む、紫の瞳はまるで宝石のようにキラキラと輝いている。
「いつか本物のクラウ・ソラスを見つけに行こうよ、僕とコールで一緒に」
無邪気な声での宣言。
別に特別珍しい事を言ったわけではない。子供が伝説上の武器を憧れたり兄弟と冒険に出たがるぐらいどこの家庭でもある事だ。前世の子供がスーパーヒーローになりたいと言うのと同じ子どもの深く考える事なく口に出す実のないふわふわした夢だ。
俺は子供らしく演技し兄弟とはしゃいでいればいい。「そうだね、楽しみだね」とか当たり障りのない返しをすれば良い。それだけなのになぜか俺は突如胸が詰まるような感覚を覚えた。悪い夢をみたあとのようにいやな汗が吹き出る。アルバスのキラキラ輝く銀髪が窓から差し込む明るい日光が、ヴィオラの朗らかな笑い声が古い映画を見ているようにぼやけ、遠くなる。
「うん……」やっとのことで喉から絞り出した声はすごく枯れた死にそうなものだった。
何故だろうかとてつもなく嫌な予感がした。
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