第13話 番人


 靄がかかっているようだった周囲の景色が徐々に鮮明になっていく。


「ここは……」


 赤い絨毯が敷かれた仄暗い空間が視界に飛び込んでくる。双魚を立たせた形状の壺や木々が描かれた絵画、炎を模った石のオブジェ、長髪を空中に散らかした少女の像……まるで美術館だ。


 ここがダンジョンの一階層なのか……。『視野拡大』スキルでモンスターの姿を探してみるが見当たらない。


「ウォール、そんなに警戒しなくても大丈夫よ」

「で、でもいきなり自然発生したら……」


 リリアに言われても俺は不安を抑えることができなかった。ダンジョンのモンスターは倒されてもそのあと自然発生すると聞いてたしな。ほかのパーティーに倒されてるから今はいないだけかもしれない。


「ウォール君。モンスターは自然発生するものだけど、この階層だとまだ出てこないよ」

「じゃあどこに?」

「四隅にある部屋の中にいる」

「え、あれ……?」


 ダリルに言われて首を傾げる。そんなのあったっけ。『視野拡大』スキルでは見えなかったような……。


「ウォールお兄ちゃん、『視野拡大』スキルは、ダンジョンじゃ制限されちゃうの」

「そうなんだ……」

「うん。結界で大事なところを見えないようにしてあるみたい」

「結界、か……」


 ロッカの言う結界で『視野拡大』スキルが弾かれたってことなんだろうな。ダンジョンでこれに頼りすぎるのは禁物か。


「向こうからこっちに来るなんてこともないの?」

「それはない。なんせ部屋の中にいるのは番人だからね」


 ダリルの言葉にリリアとロッカがうなずいてる。


「番人? 何か守ってるわけ?」

「番人たちはクリスタルを守ってるんだ」

「クリスタル……?」

「ああ。四つの部屋にあるクリスタルに触れることで奥に石板が現れ、そこから次の階層へ行ける仕組みになってる」

「なるほど……」


 これがいわゆるギミックってやつか。


「番人って強い?」

「うふふ……初めてだと手強いと感じると思うわよ……ウォール。怖い?」

「べ、別に……」


 リリアに意地悪そうな笑顔を向けられたが、別に俺一人で戦うわけじゃないしな。


「ウォールお兄ちゃん。守ってあげるから、ずっと私の後ろに隠れててね……」


 きりっとしてないロッカに言われるとなんとも複雑だ。


「ロッカ……それはあたしの台詞よ! あんたにその台詞は100年早いわ!」

「ひー!」

「待て、脱がす!」


 リリアとロッカの追いかけっこが始まってしまった。




 ※※※




 まず向かったのは左上の部屋。


 ダリルによると番人は四種類いるが、そこに何がいるのかは部屋の奥に行くまでわからないという。一日ごとにクリスタルと番人の配置が変更されるためなのだそうだ。これもダンジョンを作った古代の魔術師たちによるギミックの一つでもあるんだろう。


 何が出てもいいようにダリルに四種類の番人について教えて貰おうと思ったんだけど、君は初めてだからロッカの後ろに隠れて見学してほしいと言われた。もちろん悪意はないんだろうがやっぱり地味に傷つくな……。結局教えてくれたのはクリスタルガーディアンという番人の正式名称くらいだ。


「んじゃ、行ってくるわね!」

「え、ちょっと……」


 リリアが単身で部屋の中に入っていったので驚いたが、【分身】だった。本物はこっちにいる。


「よし、ロッカ、ウォール君、僕たちも続こう」

「はぁい!」

「了解!」

「……あ、ウォール君、リリアの本体を頼んだよ」

「おっと……」


 危うく置いていくところだった。抜け殻のリリアを背負って部屋に入っていく。中は一本道の通路になっていて、壁に設置された棚板には美術品が所狭しと並んでいた。どれもこれも煌びやかなものばかりで目を奪われてしまいそうだ。


「ダリル。これ持っていけないかな?」

「ウォール君、いくら君でもそれは盗めないよ」

「そうなんだ」

「背景の一部みたいなもんだからね」

「ほ、本当だ……」


 試しに金色の小瓶を持とうとしたがびくともしなかった。まあ盗めるならとっくに美術館じゃなくなってるだろうしな……。


「よし、ここでリリアを待とう」


 しばらく進んでいくと少し広い空間に出て、そこでダリルが立ち止まった。


「――来るわ、タイプは青よ!」


【分身】のリリアが戻ってきた。とうとう来たか。青のタイプっていうのがなんなのかわからないが、ここは大人しく見学しておこう……っと、急に背中が軽くなるのを感じる。


「ウォール、ありがとね……あたしの体重かったでしょ?」

「う、うん……」


 リリアの恥ずかしそうな小声にうなずく。


「……って、そこは否定しなさい!」

「あはは――」

『――キシャーッ!』

「「「「来た!」」」」


 奥から姿を現したのは宙に浮いたグロテスクな魚だった。通路を独占するほどの大きさで骨が剥き出しになっている。


「ウォール君、絶対に前には出ないように。隠れてて」

「えっと……」

「ウォールお兄ちゃん、こっち!」

「りょ、了解!」


 言われた通りロッカの小さな背中で身を隠すがなんとも恥ずかしい……。


「よしよし、怖くないからね……」

「……」


 今の俺、多分顔真っ赤だと思う。


「ロッカ、ウォールを絶対守りなさいよね」

「はぁい」

「ダリルは右からお願い。あたしは左から」

「ああ」


 ゆっくりと巨大魚が顔を出してきたかと思うと口を開けた。スピードはないけど、あんな氷柱みたいな牙で噛みつかれたら即死だろうな……。


「ウォールお兄ちゃん、伏せて!」

「えっ……」

「来ちゃう!」


 ロッカに言われた通り伏せた直後、俺のすぐ頭上を何かが通った感覚があった。い、今のは……。


「ウォール君、あれは超威力の水鉄砲だ。まともに食らえば命はない」

「……」


 背筋が凍るような台詞を残し、ダリルは右から斬りかかっていった。手に持っているのは俺がプレゼントした月光のナイフだ。わざわざ女の子に戻って涙ぐみながら喜んでくれたんだよな。ただでさえ俊敏なダリルがあれを持つと鬼に金棒になる。


『キシャアアアッ!』


 巨大魚――青のクリスタルガーディアン――の咆哮。ダリルとリリアによる見事な挟撃が決まった瞬間だった。

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