第12話 スターティング
「ねえ、あれ見て、セイン」
「ん? な、なんだありゃ……」
ルーネに呼ばれ、窓から顔を出したセインが見たのは異様な集団だった。灰色のフード付きローブで統一した者たちが四人、山を登っていたのだ。
「こんなに暑いのにさ、頭おかしいって思わない? 怪しい宗教団体とかかな」
「んー、どうだろ? 統一感あるしパーティーの可能性のほうがありそうだけど」
パーティーの中には、連帯感を強くするために服装等を統一しているところも結構あるとセインは聞いていた。ダンジョンに向かっているようだが、彼らをそこで見たことがないから確信まではいかなかった。
「パーティーかあ。そういや、あたしたち《ラバーズ》って二人だけだしそれっぽくないよねえ」
「そ、そうかもしれねえな。それなら――」
セインはメンバーを募集しようかという出かかっていた言葉を飲み込んだ。折角手に入れたルーネを誰かに横取りされるかと思うと耐えられなかったのだ。
「――子供でも作るか?」
「きゃははっ! それもいいけど、子供が16歳になる頃にはあたしたち引退しちゃうじゃない」
「そりゃそうか。……ところでルーネ、あいつ覚えてるか?」
セインは今でも思い出す。自分が勝利したあの瞬間を、地面に這い蹲ったウォールの泣きっ面を。ウォールの存在そのものがセインにとって最高の勝利の証だった。
「……あいつって?」
「しらばっくれるなよ。ウォールのことだよ」
「誰? 知らないよ、そんな人……」
「てっきり、どうでもいいって言うかと思ってたけどよ……女って怖えな」
想定外とはいえルーネの答えは愉快なもので、セインをさらに勇気づけるものだった。
「だって、本当に知らないんだもーん!」
「お、おいおい、そんなに強く抱き付くなよ。壊れちゃうだろ……」
「……うふふー。ね、しちゃう?」
「こんな時間にか?」
「うん! あ、カーテンは閉めて!」
さすがにウォールが可哀想になってきたとセインは思いつつ、今頃どこでどんなに惨めな生活をしているのかと考えると、ついつい含み笑いを漏らしてしまう。
「セイン、好きだよ……」
「俺もだ、ルーネ……」
恍惚とした表情で唇を重ねる二人。だが、セインはまだ何か足りないと感じている。
あの日、ウォールは月光のナイフを置いていかなかった。てっきりその場に捨てると思っていたのに、当てが外れた格好だ。ナイフを使って自決してくれるならいいが、まだ何か企んでいる可能性がある。そう思うと無性に腹が立つのだ。
(ウォール、お前は俺の靴底以下の存在なんだよ……)
もしまだ惨めに生きているなら、この幸せをウォールにまざまざと見せつけてやりたい。すべてにおいて自分が上であるということを、あのノーアビリティにとことん知らしめてやりたい。そんな思いがセインの心にむくむくと芽を出していたのだった。
※※※
「――クションッ!」
「わわ……」
「もー、びっくりさせないでよ、ウォール……」
「わ、悪いな」
俺の大きなくしゃみでロッカとリリアが小動物のような反応を見せる。ダリルはさすがに堂々としたものだったが。
「ウォール君、誰か噂してたんじゃないの?」
「ははっ、誰だろ……」
俺の両親かな? それとも……セインかルーネか……。今頃何してるんだろうな。まあいいや。最近はあいつらのことを思い出してもほとんど引きずらなくなった。だから例の宿舎のほうを見ることも躊躇なくできる。
……昼間なのにカーテンが閉まってるが、人の気配はある。疲れて寝てるのかもな。さすがにあんなに遠くじゃ何をしているのかまではわからないが、俺の『視野拡大』スキルもかなりのところまできたと感じる。
あいつらの宿舎を見るなんて以前までは考えられないことだった。それだけもう割り切りつつあるってことなのかもしれない。今じゃ『視野拡大』スキルの練習対象でしかなかった。
ダンジョンのある山の頂に近付くにつれ、服のはためきが大きくなる。セインたちと下見したときもそうだった。山頂までの道のりは常に強風が吹き荒れているんだ。
「ロッカ、飛ばされないようにね!」
「そんなに軽くないよぅ……」
「あはは!」
リリアもわかってて言ってるな……。しばらく他愛のない会話をしつつ歩いてるといつの間にか山頂付近に到着した。ここからは王都全体が見下ろせる上、あれだけ暴れていた風も嘘のように大人しくなる。左右に広がる十字架だらけの墓標を越えていくと、いよいよダンジョンへの入り口が見えてきた。
「ふふ、ウォール、緊張してる?」
「う、うん……」
リリアが顔を覗き込んできた。さすがにダンジョンが近付くとな……。
「ウォールお兄ちゃん、大丈夫だよ……私がついてるもん」
「た、頼りにしてるよ」
「うん!」
見た目幼女のロッカに言われるとなんとも言えない気分になるけど、いざってときは本当に頼りになるんだよな。聖母状態だっけか。
「もうすぐそこなんだし、ぐずぐずしてないで一気に行くわよ!」
「ちょ、待てよ……!」
リリアに手を引っ張られて一気にダンジョンの入り口が迫ってきた。
――ついに到着した。いよいよダンジョンに入れるんだ……。
山頂のすり鉢状に窪んだ場所。それがダンジョンの入り口だった。底には古代語が刻まれた大きな石板――ダンジョンボード――がある。
我々……壮大……ギミック……挑戦者……。古代語は齧ったことがあるから少しは読むことができる。
挑戦者たちよ、我々の作った壮大なダンジョンを攻略してみせよ……かな。細かいところは飛ばしてるが大体合ってるはず。
パーティーに所属するアビリティ所持者が石板の上に立つと、しばらくして周囲にいるメンバーとともにダンジョン内に転送される仕組みだと聞いた。
「そろそろ出発しようか。まずは一階層から――」
「――え、ちょっと待って。ダリル」
「ん?」
「《ハーミット》って、三階層まで攻略済みじゃ? それなら四階層からのはずなんだけど……」
「それだと、ウォール君がダンジョンの空気に馴染めないじゃないか」
「そうよそうよ」
「だよぉ」
「気を遣ってくれるのはありがたいんだけど、ダリルたちがまだ攻略してない階層からでも……」
「ウォール君、うちの信条を忘れたの? 急がば回れだよ。攻略に本腰を入れるのは君がダンジョンの空気に慣れてからでも遅くない」
「……う、うん」
そういや、急がば回れくらいしか知らないな、うちの信条は。ほかに何があるのか今度ダリルに聞いてみるか。
「あたしがビシバシ指導してあげるから、覚悟しなさい、ウォール!」
「リ、リリア、お手柔らかに頼むよ……」
「ダメ!」
「……」
リリア、やる気満々だな。
「ウォールお兄ちゃん、あなたは私が守ります……」
「ロッカ……」
きりっとしたロッカの顔にドキッとする。いつもはほんわかとしてるだけに、余計に。何もかも包み込むような母性すら感じた。さすが聖なる母と言われるだけあるな。
「ふぅ……」
あ、またいつもの顔に戻った。【維持】で聖母状態をキープするのも結構疲れるんだろう。
「ロッカのくせに生意気よ!」
「や、やぁぁ……」
あーあ。リリアに脱がされて泣いちゃった……って、ダリルがいつの間にか石板に乗ってて、まもなく周囲の視界が徐々に霞んでいった。そうか、これが転送ってやつか……。
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