第14話 スティール


『……キ、キシャア……ァ……』


 のたうち回っていた巨大魚が消えていく。よほど効いたのか、あの挟撃から青のガーディアンが絶命するまであまり時間はかからなかった。


 ダリルの緩急を使い分けた動きは独特でもちろん凄かったんだが、リリアの剣技もまた芸術的だった。今更だが近寄りがたいとか言われていた理由もよくわかる。


 最後まで俺を守ってくれたロッカの献身的な動きも決して真似できるものじゃない。いやー、《ハーミット》って凄いパーティーだ……って、あれ? なんか忘れてる気が……。


「……あ……」


 そうだった。ダンジョンに向かうとき、モンスターに俺のアビリティ【盗聖】を試すって約束をしてたんだった。なんとも気まずい空気が漂う。俺って一体……。


「……う、ウォール君、次があるから……」

「そ、そうよ。次があるじゃない!」

「う、うん、次だよ!」

「……」


 ダリルもリリアもロッカもみんな引き攣った笑顔で励ましてくれた。……まあいいけどさ。俺も忘れてたんだし。


 突き当りから右に行くとクリスタルが置かれた台座があって、それに俺が触れた瞬間怪しく輝いた。


 別に俺じゃなくてもよかったんだけどな。みんな気にしてるのか俺に触ってほしそうだったから……。パーティーのうち誰か一人触るだけでいいらしい。


 次に向かったのは左下の部屋。前と同じくリリアが【分身】で番人の元に向かい、その後を俺たちが追うというやり方だった。広めの空間で立ち止まってリリアを待つのも同じだ。


「――赤よ、赤!」


 今度は赤のガーディアンのお出ましらしい。


『グギギィ……』


 どんなやつかと思ったら……全身が燃え盛った大トカゲのようないでたちだった。目の部分は黄色で、時折青い舌を覗かせていた。動作は緩慢で、青のガーディアンより遅いくらいだ。


 ん、やつが口から何か放った。曲線を描いて蝋燭のような青白い火が俺の足元に落ちてくるのがわかる。


「なんだこりゃ……」

「――ウォールお兄ちゃん、危ない!」


 ロッカに引っ張られて後ろに追いやられた。


「危ない? あんな弱い火で……?」


 いくらなんでも過保護すぎる。そう思った矢先、小さかったはずの火が大きな火柱となって一気に天井まで突き上げた。


「くっ……こ、これは……」


 あまりの熱気に息が詰まりそうになる。


「ウォール君、油断したらダメだ。あの火は弱そうに見えるけど、実際は凝縮された超威力の炎なんだ」

「そうだったのか……」

「ちなみに直撃したら骨まで一瞬にして灰になる」

「……」


 ダリルってさらっととんでもないことを言うな。でもそのおかげで気持ちがまた引き締まった気がする。一階層な上、強い味方に守られ過ぎていたせいか、ちょっと舐めていたように思う。ここはあくまでもダンジョンであって、最初の階層でもミスしたら死ぬってことだ。


「あたし、この番人苦手なんだよね……」


 リリアがたじろいでいる。


「同じく……」


 ダリルもか……。でもわかる気がする。この距離からでもかなりの熱気を感じて倒れそうになるほどなんだ。ナイフや剣で攻撃するとなると、かなり接近しないといけないからきついだろうな。


「前みたいにヒットアンドアウェイ、それもダリルと交代でやるしかないわね」

「わかった。ただ、無理だけはしないように」

「わかってるわよ。ダリルこそ無茶はしないで」

「ああ――」

「――あーっ!」


 いきなりロッカが素っ頓狂な声を上げたので俺たちの視線が集中する。


「「「ロッカ?」」」

「忘れてたぁ。このトカゲ、私が倒すよぉ……!」

「へ? ロッカ……あんた何言ってんの?」

「ま、まさか……」


 訝し気なリリアの横でダリルがはっとした顔になった。


「ロッカ、まさかあのとき……」

「うん!」

「……あ……」


 あのとき……? わけがわからなかったが、その答えはロッカが口を大きく開けたときにすぐにわかった。


『グッギイイイイイッ!』


 強烈な水鉄砲が放射され、赤のガーディアンが悶え苦しむ。ロッカは青のガーディアンのスキルをキープしていて、それを使ったんだ。


「【維持】ってそんなこともできるのか……」

「うん。でもね、一度使っちゃったら、またキープするまで使えないの」

「そうなのか。それって、なんでも【維持】できるの?」

「できるよぉ。スキルとかテクニックとかも短い間なら。でも、アビリティは容量キャパシティが大きすぎるから無理だと思うの」

「なるほど……」

「ろ、ロッカのくせに生意気だけど、よくやったわ!」

「ふふっ」


 リリアにも認められてロッカは満足げだ。さすがはSランクアビリティだと改めて思う。水鉄砲を大量に浴びた巨大な赤トカゲは子供のように小さくなっていた。明らかに弱ってるな。


 ……あ、そうだ。リスクが減った今こそ俺のアビリティ【盗聖】を試すべきなんじゃないか?


「ウォール君、さあ出番だよ」

「ウォール、あなたのアビリティがついに光り輝くときよ!」

「ウォールお兄ちゃん、頑張って! ファイト!」

「……」


 みんな俺に期待してるのはわかるが……過剰なものを感じてちょっと恥ずかしいな。


 というか……もしかして、このモンスターの一番大事なものって凄く熱いものじゃないか? なんかそんな気がするんだが。そんなものを盗めば当然火傷しそうだ。


 振り返ると、みんな目がキラキラしていて今更止めるわけにもいかなかった。仕方ない……。


「う……うおおおおおおっ!」


 俺は勇気を出して一気に迫り、【盗聖】を使った。


『グギッ……?』

「あ、あつっ……!」




 ※※※




「ふー、ふー……」

「ふう、ふう……」

「ふうぅー……」


 ロッカが慌てた様子で俺の火傷した手に息を吹きかけてきたと思ったら、リリアとダリルも続いた。なんなんだこの状況は。リリアはロッカと競う合うようにしてるし、ダリルは何故か女の子に戻ってるし……。


「も、もういいよ……」

「「「ダメッ!」」」

「は、はいっ……」


 凄い迫力で何も言い返せなかった。みんな何と戦ってるんだ……って、あれ。これはなんだ? いつの間にか俺の足元にオレンジ色の剣が転がってるのがわかった。そういや、【盗聖】を使ったとき、なんか熱いものを手にしたような感覚があった。そうか、これを赤のガーディアンから盗んだってことか……。


「ぬ、盗めたみたいだ……」

「「「えっ……?」」」


 その言葉でみんなようやく正気に戻ってくれたようだ。よかった……。


「……これは太陽の剣だね」


 さすがはダリル。『鑑定』するのに三秒もかからなかった。


「太陽の剣……?」

「ああ。赤のクリスタルガーディアンが極稀に落とすアイテム。かなりの貴重品だよ」

「へえ……」


 初めてなのにそれを盗めたってことは、やはり俺のアビリティの効果である一番大事なものを盗むってのが大きいんだろうな。


「ウォールお兄ちゃん……頑張ったね、よしよしっ」


 ロッカに頭を撫でられる。いや、逆だろ。


「月光のナイフもだけど、それもかなりの値打ちものよね、凄いじゃない、ウォール……」


 リリアが物欲しそうに見てる。太陽の剣というだけあって、このオレンジ色の剣は見ているだけで心身ともに熱くなってくるようだった。


「それを構えると勇気が出る効果もあるらしいよ。少しだけどね」

「やっぱりかあ」

「いーなあ、いーなあ」

「じゃあ、リリアにやるよ」

「え……? 何言ってるのよ、ウォール」

「俺が使うよりもリリアが使うべきだ」

「……あ、ありがと……嬉しい……」


 リリア、涙ぐんで太陽の剣を抱きしめてる。そこまで感激されると照れるな……ん? なんか焦げ臭い……って思ったらリリアの服から煙が上がっていた。


「――ちょ、リリア、離せって!」

「えっ? ……あ、あああっ!」


 早く気付いてよかった。いつまでもあんなに強く抱きしめてるから……。

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