第10話 アウェイク


「……」


 全部覚えていた。俺は間違いなくみんなを殺そうとしていた。


 ロッカが冷静な心を【維持】することで止めてくれたからよかったものの、一歩間違ってたら大惨事に発展していた。あれは二人からすると聖母状態というらしくて、いざというときは本当に頼りになるとか話してくれたけど、あまり耳には入らなかった。あんなことがあった直後だけに……。


「ウォール君、僕は無事だから気にしないで……いたたっ……」

「ダリル、大人しくしてないと傷に響くわよ。ウォールが悪くないのなんてみんな知ってるわ。正気を失ってただけだし。ね、ロッカ」

「うん。ウォールお兄ちゃんは悪くないよ……」


 みんなの優しが却って痛かった。宿舎に戻るまで、俺は惨めさのあまり顔を上げることができなかった。でも、別れの言葉だけはちゃんとみんなの顔を見て言わないといけないと思って、中に入ろうとするみんなの前に立った。


「みんな、話がある。俺……このパーティーから抜けようと思う」

「ウォール君……?」

「な、なんで? なんでそんなこと言うの?」

「ウォールお兄ちゃん、どうして……」

「だって……だって、それが普通っていうか、むしろ生温いくらいだろ? みんなのほうがおかしいよ。変だよ。正気を失ったといっても、こんなことをしたやつを許すなんて。それこそ、憲兵に突き出されてもおかしくないことをしたのに……」


 みんなが許したとしても、俺が許せない。あんなことをした自分を許すなんてできない。


「ウォール君……。今抜ければ、君は罪滅ぼしができたと思って満足するのかもしれない。でも、それで僕たちはどうなる?」

「……」

「僕は君のことを気に入ってる。リリアも、ロッカも……。そりゃ、怖いさ。あんなことがあって、みんなすぐに忘れられるわけがない。でも、君がここからいなくなること以上に怖いことなんてないんだ。それだけは絶対に許せない。だから、僕たちに嫌われる覚悟があるなら抜けてくれ」

「そ、そうよ、早く抜けなさいよ! ウォールの意気地なし!」

「ウォールお兄ちゃんのバカ……」

「……みんな……ごめん。もう二度とこんなことは言わない……」


 みんなの涙を見て、俺も堪えていたものを抑えきれなくなった。もし抜けていたとしても、すぐ戻っていたと思う。それくらい、この本当の家族のようなパーティーは俺の中でも大事なものになっていたんだと気付かされた。




 ※※※




「――ダリル、ウォール、大変! ロッカが!」


 翌日、広間でダリルと朝食を食べているところにリリアが涙目で飛び込んできた。


「「リリア?」」

「あの子が、どうやっても起きなくて……!」


 いてもたってもいられなかった。ダリルと顔を見合わせてすぐ、ロッカの部屋へと走った。


「ロッカ……ねえ、起きてよ。みんな来たわよ。脱がしちゃうわよ?」

「……」


 一足先に到着したリリアの呼びかけも虚しく、ロッカは眠っていた。昨日、ロッカは疲れたと言って早くから眠っていた。もうとっくに起きていてもおかしくないはず。なのに、とても深い眠りに落ちているように見える。リリアがあんなに取り乱すのも無理はないと思った。


 もしかして、昨日ことが関係してるんだろうか。ダメなのについ弱気になってしまう。


「どうして、どうして……」

「リリア、落ち着いて。今『鑑定』するから」

「う、うん。ダリル、お願い……」


 ダリルがロッカの掌を見ている。『鑑定』ってこういう使い方もできるんだな……。


「ロッカ、お願いだから目覚めて……」


 リリア、可哀想なくらい青ざめてる。よっぽどロッカのことが好きなんだろう。見ていて辛くなるほどだった。


「どう、ダリル。何かわかった……?」

「……かなり衰弱してるね。アビリティの使い過ぎで予断を許さない状況だ」


 やっぱりそうなのか。完全に俺のせいだ……。


「嘘……じゃあ、もう目覚めない可能性もあるってことなの……?」

「……ああ」

「嘘、嘘よ……」


 リリアが泣き崩れてしまった。


「リリア……俺のせいだ。ごめん……」

「ウォール君……」

「ダリル、大丈夫だから。俺、もう逃げないから……」


 全部受け止めてみせる。それが今の俺に唯一できることだ。


「……返して、ウォール……」

「リリア……」

「ロッカを返してよ! うう……」


 リリアは俺の胸を何度か叩いた後、気を失うように眠ってしまった。


「今の僕たちにできることは信じてあげることだ」

「うん」


 マイナス思考を振り払いつつ、ダリルと二人でリリアをロッカの側に寝かせてやった。華奢に見えたのに結構重かった。言ったら怒られそうだけど……。


「……う……」


 誰の声なのかすぐにわかった。まだ眠っているリリアの横で、ロッカが目を覚ました。


「ロッカ……!」

「シー……」

「……」


 ロッカは人差し指を唇にやっていた。リリアとダリルのほうを交互に見ながら。ダリルは椅子に座って本を読んでたのは知ってたんだけど、いつの間にか眠ってたみたいだ。起きてた俺でさえ知らないのに、なんでロッカが……。


「私ね、意識はずっとあったの。寝息だって聞こえてたんだよ」

「そう、だったんだ……」

「うん。早く起きなきゃって思ったけど、瞼さえ動かなくて……ごめんね」

「ロッカ、なんで謝るんだよ……」

「ウォールお兄ちゃんが責められてたから……」

「実際俺のせいだしな。リリアも辛かったと思う」

「うん……。あとでリリアにお仕置きしなきゃ――」

「――ロッカのバカ……」


 おっと、リリアが起きた……と思ったら寝言だった。


「なんか逆にお仕置きされちゃいそうだね、ロッカ」

「うぅ……そうかも……」


 ロッカが青ざめてる。こりゃ当分上下関係は続きそうだ。


「ウォールお兄ちゃん、心配させちゃったお詫びに、私の過去を話すね」

「いや、お詫びとかいいし安静にしてなきゃ……」

「ううん、無理してアビリティ使わなきゃ大丈夫だから。それに、私が話したいから……」

「そ、それなら……」

「うん! 私ね、とても貧しい子だったの……」

「ダリルの反対?」

「うん。お姫様の逆。貧民街の一角で、ボロを着てるような子……」

「もしかして、カルーケの村?」

「うん! よく知ってるね」

「貧民街って聞いたから。中でもバラック小屋だらけで有名なところだからね。というか遠いな……」


 カルーケなんてここから徒歩だと数日かかるだろうな。


 小さいときにどんな酷いところかって興味本位で一度見に行ったことがあるんだけど、比較的近いって言われていたエイムトンの村からも実際はかなり離れてて、何度も道に迷って……二度と行くもんかって思ったところだ。


「16歳になっとき、洗礼を受けたくても近くに教会がなかったから、あそこからずうーっと王都まで歩いてきたの。へへ……」

「そんな小さな体で、凄い根性だな……」

「貧民街の子を舐めちゃ困るのだよ……」

「ははーっ」

「えへへっ……」


 ロッカは貧しい出生とは裏腹にとても表情豊かだ。16歳の割に幼女に見えるのは、【維持】っていうアビリティのおかげだと思っていたんだが、後天性だから貧しくてあまり食べられなかったことのほうが影響してそうだ。


「教会でノーアビリティの宣告を受けた後ね、私は決心したの」

「何を?」

「この世に神様なんていない。もう、悪党になってやるって……」

「あ、悪党……」


 こんなほんわかした顔とはかけ離れた発想だ。ただ、貧民街を出たばかりのロッカはもっとやさぐれた顔をしていたのかもしれないけど。


「それで盗賊の隠れ家って噂されてたこの宿舎に向かったんだよ」

「なんか俺みたいだな。弟子になろうとしたの?」

「ううん、仲間になろうと思って……」

「仲間……。もう既に悪党に染まってる感じか」

「うん!」


 そんな爽やかな笑顔で肯定されると、悪党がいいやつに見えてきちゃうじゃないか……。


「んで、そこにいたのは盗賊じゃなくてダリルとリリアだったってわけか」

「うん。でも、最初は二人とも素性を隠してる盗賊だと勘違いして……いつ悪いことをするのって言ったらぽかんとされちゃった」

「あはは……。まあダリルは男になるとあんな風貌だしね」

「うん。リリアもね、盗賊っぽい空気を一杯出してたから内心ビクビクしてて……あっ……」


 ロッカの顔が見る見る青ざめている。まさか……。


「誰が盗賊っぽいですってえ……?」


 リリア……起きてたのか。そういや、俺たちいつの間にか小声じゃなくて普通に話してたしな。ダリルはまだ寝てるけど。


「ふ……ふぇぇええ!」

「身ぐるみ剥いでやるんだから!」


 ロッカ、あっという間に脱がされてしまった。


「か、返してよぉ……」

「ダーメ! それに、あたしたちを心配させたんだから、罰として一日中そうしてなさい!」

「うぅ……」


 靴下まで取られて半泣き状態だ。こんな光景をもう見慣れてしまった俺って……。


 ん、なんだか体が熱くなってきた。まさか、俺ってロリコンだったのか? いや……そんな感じじゃない。全身……頭の天辺から足の指先まで、燃えるように熱い。こ、これは、まさか……。


「――だ、ダリル!」

「ん、ん……? ど、どうしたんだい?」


 俺はダリルの肩を揺さぶって無理矢理起こした。間違いない。この現象はそれ以外には考えられない。


「アビリティが発現したみたいだ……」

「「「えええ!?」」」

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