第8話 シャイ
「う……」
ここは……俺の部屋……? 確か、あのとき背中に強い痛みを感じてすぐ意識を失ったんだった。
「ウォール!」
「あ……」
ベッドの横に椅子があって、そこに座っていたリリアが立ち上がった。両手を腰に置き、涙目で頬を膨らませている。かなり機嫌悪そうだ。当然か。
「あんた、無茶しすぎよ! ダリルが間一髪のところで突き飛ばしてくれたからそれくらいで済んだのよ!」
「……ごめん」
俺の背後に来てたのはダリルだったのか……。
「そんなに無茶しなくたって、あたしだってあれくらい避けられるんだから!」
「そっか……」
そういや、リリアもSランクのアビリティを持ってるんだよな。本気になれば【分身】で相手の目を欺くことだってできたかもしれないし。
「……でも、ありがとうね」
「え?」
「だ、だってあたしを守ろうとしてくれたんでしょ」
「あ、うん」
「「……」」
リリアがベッドに座ってきて、しかも手を握ってきた。その上、目を瞑って顔を近付けてくるし、俺にどうしろと……。しばらくして焦れたのか手を振り払われてしまった。
「あなたね、ここで男らしくキスするのが普通でしょ!」
「えええ……」
どんな普通だよ。恋人同士でもないのに。
「リリアは積極的なんだな」
「……その逆よ! むしろシャイなほう。さっきだって本当に、心臓止まるくらい緊張してたんだし……」
「へえ……意外だな」
「どうせただの阿婆擦れに見えてたんでしょ。ふん!」
そういや、目を瞑ったときに少し手が震えてたような。シャイなのにこんなことをするのは、やっぱり変わりたいっていう願望からかな。
「ウォール……あたしの過去とか知りたい?」
「んー……」
「あなたね……そこは知りたい、教えて! でしょ?」
「う、うん」
「まあいいわ。そんなに言うなら特別に教えてあげる!」
「……」
語りたくてしょうがなかったんだろうな。そこまで知りたいわけじゃないけど、なんだか嬉しそうだしあえて否定しなかった。
「ちょっと待って。その前に……」
「ん?」
リリアが部屋の扉に背を預けた。誰か盗み聞きしてないか確認してるみたいだ。『視野拡大』があれば扉を挟んでも誰がいるかわかるんだよな。俺はまだ熟練度が低くて相手の姿がはっきりとは映らないけど。ってリリア、一回戻ってきたと思ったらまた調べに行ってるし用心深いな……。
「大丈夫だった。これでもう、あたしたちの邪魔をする者はいないわね!」
「……う、うん」
「べっ、別にエッチなことをしようとかじゃないんだから!」
「……」
わかってるって……。なんで頬を赤らめてるんだか。
「あたしね……今でこそこうして普通に話せてるけど、昔は緊張で舌が縺れちゃうほど人と話すのが苦手だったの」
「そ、そうなのか……」
伏し目がちに話すリリア。いつもきつめの口調だとは思ってたけど、気が強いとまで思わなかったのはこういうことか。なんていうかリリアの場合、仕草や言葉の節々に大人しさみたいなのが滲み出てて痛くない棘って感じなんだよな。ロッカを苛めてるときは別だけど。
「引っ込み思案で友達とも遊ばずに引きこもることが多かったからか、親が心配して剣術でもやれって。それで快活な子になるかもしれないって……」
「それで、なったの?」
「なるわけないでしょ! 剣のテクニックはやたらと上達したけど……むしろ、そのせいで近寄りがたいなんて言われるようになったわよ……。鋼鉄の少女とか変なあだ名つけられちゃって、凄く辛かったんだから……」
「あはは……」
「もー、笑わないでよ!」
「うぷっ……」
笑うまいとすると余計に笑いそうになってしまう。多分、今これだけ快活になっているのはその頃の反動なんだろうな。
「16歳になって、教会でいいアビリティを貰ったら少しは積極的になれるかもしれないって期待したけど……結果はご覧の通りよ。ノーアビリティの宣告を受けてからはさらに閉じこもるようになって……」
リリア、涙声になってるな。よほど辛かったんだろう。ノーアビリティ宣告の衝撃は相当なもんだ。お前はどうしようもない落ちこぼれだって言われてるようなもんだし。そこらへんの辛さは俺にもよくわかる。
「もう外に出るのも嫌だったんだけど、親から離れて生きてくためにはずっとそうしてるわけにもいかなくて、故郷のジュニスを出て王都ファライスでバイトしてたわ」
「ジュニス出身なんだ?」
「うん、いいところなんだけどね」
ジュニスは海に面している港町だ。幼馴染たちと何度か泳ぎに行ったことがあるからよく覚えている。
「どんなバイトしてたの?」
「教会図書館で製本してたのよ。親のツテもあったからできたんだけど、他人とあんまり接しなくていいから楽だったの。でも、なんか流されてるような気がして。このままじゃいけない。変わらなきゃ、変わらなきゃってずっと思ってて……」
「それで?」
「肝試ししようと思って!」
「……肝試し? 16歳にもなって?」
「……べっ、別にいいでしょ! お化けとか、昔からあたしにとって怖いものナンバーワンなのよ! だから肝試しなんて、それこそダンジョンの中に裸で突っ込むのと同じようなものよ!」
なんかズレてる気がするが、リリアが変わるために思い切ったことをやろうとしたのはよくわかった。
「まさか、それでここに?」
「そう! なんせ、大盗賊の幽霊が出るって噂があった場所だから……」
「でも、いたのはダリルだったと」
「うん。そのときは本当にお化けが出ちゃったと思って……気絶したわ」
「あの風貌だしな……」
「うん……」
思い出したのかリリアが青ざめてる。心底お化けが苦手なんだなあ。
「起きたときは別人がいてさらに驚いたわよ。ダリル、あの姿とはまったく逆転してたから。アビリティのことを聞いてからは納得したけど……」
「それでリリアもここに住むようになったんだな」
「うん。あたしと同じようにノーアビリティだったって聞いて、どうかあたしにもやり方を教えてほしいって。何度も断られたけど、強引に弟子入りしたわ」
「なんか、その時点で充分積極的な気が……」
「だって、あのときほど怖いことなんてもうないと思って、開き直ったのよ」
「なるほど……」
人間って変われるんだな……。
「あたしは剣術を死ぬほどやってて基礎体力があったから、あとは『視野拡大』スキルを習得するだけだったわ。ある日体が死ぬほど熱くなって、自分を見下ろしてたの」
「【分身】か……」
「そう。まるで芋虫が蝶になるみたいにもう一人のあたしが生まれた瞬間よ。感動的でしょ!」
「う、うん」
「うふふ……一皮剥けたあたしの体を堪能しなさい!」
「ちょ……」
またあのセクシーポーズを見せてきた。ロッカほどじゃないがまだ子供っぽい体つきだからそのポーズは似合わないというか。うっとりしてて自分に酔ってるみたいだから言い辛いけど……。
「ウォールって、まだまだ子供なの!?」
「……」
それは自分のことか、リリア。
「こらこら、あんまり過激なことはしないように……」
「「え?」」
俺とリリアの声が重なる。ダリルがすぐ側にいたからだ。いつの間に……。
「ダリル、いつの間に!? って、ロッカも……」
「えへっ……」
本当だ。ロッカもいる。ベッドの下から顔を出して笑ってた。なんてこった。二人とも初めからこの部屋にいたっぽいな。『視野拡大』スキルがあっても気付かなかったなんて。灯台下暗しとはこのことか……。
「二人とも、酷いわ!」
「この前のお返しだよ、リリア」
「むー……」
そういや、ダリルと俺の会話、リリアたちに盗み聞きされてたんだよな。そりゃ何も言い返せないか……。
「ダリルは許すわ! でも……ロッカは絶対許さない! 一日中裸でいる刑に処す!」
「ふえええっ!」
リリア、【分身】まで使って捕まえようとしてる。こりゃ本気だな……。
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