第7話 観察力
「観察……?」
ほかの宿舎も見渡せる見晴らしの良いところまで出てきて何をするかと思えば……。
「ああ。ここから色んなものが見えるはずだから、じっくり観察してほしい」
「ダリル、本当にそれだけでいいのかな?」
俺の質問にダリルは黙ってうなずく。第二段階の訓練というからもっときついものかと身構えていたのに、こんなんで大丈夫なんだろうかと逆に不安になってくる。
ただ、ダリルの眼光に物凄く迫力があるのでこっちもそれ以上言い辛い。本当に、あのお姫様と同一人物とは思えなかった。
「……」
とりあえず周囲の観察を始めたわけだが、なんとも退屈だった。遠くに見える宿舎の中には見たくないものもあって、そこからは目を背けていたが。セインやルーネは今頃ダンジョンの中だろうしあそこにはいないとは思うが……。
「ほらほら、子鬼ロッカ! 早くあたしを捕まえてみなさい!」
「ふぅ、ふぅ……」
ロッカが鬼になってリリアを追いかけてる様子だが、離され過ぎてて最早拷問だ。どっちが鬼なんだか……。
「――あーっ……」
「ふふ……」
あれ? ちょっと目を離した隙にロッカがリリアを捕まえてる。あんなに距離があったのに、一体どうして……。
「ウォール君、これがロッカの観察力の勝利だよ」
「ええ……?」
ダリルが得意げに言ってることがよくわからない。観察力が身体能力を凌駕したというのか……。
「リリアはロッカとの距離が離れると油断してスピードを落としていた。当然、そこを狙ってロッカもスピードを上げる。リリアも距離が縮んだところでまた突き放す。一見、ループしているようでロッカは大事なところを見ていた」
「大事なところ……?」
「ああ。リリアは距離を縮められて突き放そうとする瞬間、右方向に回る癖があった。ロッカはそれを知っていても何度も同じように近付いたけど、あるタイミングで少しだけ余力を残していた。リリアが右方向に旋回しようとする瞬間、一気に右方向に加速して距離を縮められるようにね。ロッカは体力的には劣ってるけど【維持】があるからスピードも落ちないしいずれ捕まえられる」
「な、なるほど……」
恐るべしロッカの観察力……。
「この観察力の延長線上にあるのが、『視野拡大』というスキルなんだ」
「『視野拡大』スキル……」
というか、アビリティより先にスキルを覚えるっていう発想そのものがなかった。スキルはアビリティに付随するものに過ぎなくて、発現したアビリティに合うものを習得するべきって昔学校で教わったしな。
学校で教えられたのはスキルよりさらに下のテクニックまでだ。最低限の運動技術、生産技術、対人技術……そういったものを主に教えられた。よく考えたらスキルなんて子供たちが持ってたら悪戯し放題だろうから、それで習得させたくなかっただけかもしれないけど。
「ちなみに、ロッカだけじゃなくてリリアも『視野拡大』は習得しているんだよ。熟練度に差はあるけどね」
「リリアも……?」
「ああ。リリアはほとんどロッカの方向を見てない。それでもちゃんと正確に自分とロッカの距離を測っていたんだ」
「へえ……じゃあ、ダリルも習得済み?」
「もちろん」
みんな覚えてるんだな。つまり、後天性アビリティを獲得するなら避けては通れない道ってわけか。それなら俄然やる気も出てくる。
※※※
見ようとしてはいけない。目だけに頼ってはいけない。耳も鼻も使って体全体で感じようとすること。想像も大きな力になる。
ダリルのアドバイス通りにやっていると、自然と体の力が抜けていって、自分の存在がどんどん希薄になり、風の通り道にでもなったかのように思えてくる。
凄い……。ここからは見えないはずのみんなの表情や仕草まで朧げだけどなんとなくわかるようになってきた。
これが『視野拡大』スキルなんだ。思えば、ダリルがアビリティもないのに城から一人で抜け出せたのはこれがあったからなんだろうな。
「ウォール君、顔色見てると順調みたいだね」
ダリルが俺のすぐ隣まで来た。試しに『視野拡大』スキルを使ってみると、微笑んでるけど若干照れもあるのか上目遣いになってるのがわかる。
「うん。おかげさんで……。でも、習得までやけに速かった気がする。まだ熟練度自体は低いとは思うんだけど……」
「それは、ウォール君の素質も関係してると思うよ。あとは、第一段階の訓練が生きてると思う」
「あの畑仕事が?」
「ああ。運動して体を鍛えると観察力がより磨かれるんだ。肉体と精神には密接な関係がある。これは僕が身を以て経験したことだよ」
「なるほどね……」
逃避行で心身ともに鍛えられたんだろうなと察する。
「ほらほら、ロッカ、そんなんじゃすぐ捕まえちゃうわよ、ぜーんぶ脱がしちゃうわよー!」
「ふぇぇ……!」
今度はリリアが鬼になってロッカを追いかけてるが、随分様になってるな。ロッカは涙目で本当に怖がってる感じだ。捕まったら脱がされてしまうってのもあるんだろうけど……。上手くかわしてはいるが、あの様子じゃ捕まるのも時間の問題だな。リリアの鬼が様になりすぎて恐怖も加わってか、ロッカ持ち前の観察力でもカバーできないっぽい。
……なんだ? 今、近くで何か蠢いたような。そういう気配があった。
直視してみるとその方向に大きな石があって、その上には虫が止まっているのがわかった。なんだ……もっと大きなものが動いたような気がしたんだけどな。違和感を振り払ってすぐ、俺は後悔した。石の影から何かが飛び出してきたからだ。
『プギーッ!』
あ、あれは……この辺に生息するシュルードボアーだ。生息数は少ないが猪の中でも特に頭のよいことで知られる。石の後ろに隠れてたんだ。足を怪我していて興奮状態になっている。しかもやつが向かっている先にはリリアがいた。まずい。いかに『視野拡大』スキルがあろうと今彼女はロッカに集中している。
「リリア、危ない!」
……ダメだ。夢中になってるのもあるんだろうけど、ロッカとキャーキャー言い合ってるせいかこっちの声に気付かないらしい。それでも並行して走ることでなんとかリリアの背後に回り込むことができた。
「……あ」
振り返らなくても、『視野拡大』スキルで何かが俺のすぐ背後まで来ているのがわかった。
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