フェイズEX アフリカ・エコ・レース

第63話 スタンバイ

「やあっと帰って来たのね。連絡もしないで、まったく!」


手越さんのお店、現在は大原あかりさんが店長を勤めている・・・。に僕はやってきた。

アフリカ・エコ・レースのスタートまでは、ここを事務室にさせてもらう予定だ。


「その節は、いろいろすいませんでした。」


業務の整理や、事務上の手続きは済ませてから、渡米したものの、数々の不義理については、あかりさんをはじめ、あちこちにアタマを下げるしかない。


「まあ、いいわ。ダカールに行くんでしょう。カレも連れてってあげてよね。」


あかりさんはそう言うと、青いヘルメットを持って微笑む手越さんが写った写真パネルを、テーブルに置いた。


「はい。手越さんにダカールの海を。ラックローズを見せてあげられるよう、頑張ります。」


「・・・お願いね。」


いつも元気なあかりさんの目が、ちょっと潤んでいるように見えた。


ーーーーーーーーーーー


「これが、GJ450ね。」


みずきは入間市のモトクロスコースで、アフリカ・エコ・レースの出場マシン。GJ450と対面していた。

テストと、ラリー機器の取り付けノウハウがまったくない、メーカーサイドと、みずき達とのオリエンテーションと改造のため、2台のマシンが日本へ送られてきた。

テストのあと、ラリー艤装を施され、スタート地点のに送られる予定だ。


「うーん、まんま450RALLYね、これは。」


450ccというダカールラリーのレギュレーションに従ってマシンをつくると、どうしても似かよったレイアウトやスケールになってしまう。

ブレーキやハンドル、サスペンション等も、KTM450RALLYと、共通の部品があちこちに使われている。


「でも、フレームとエンジンは完全オリジナルね・・・。ふーん、この燃料タンクのレイアウトはいいわね。低重心そう。」


マシンのフレームとエンジンはまったくのオリジナルで、特に、重い燃料をのせる燃料タンクの大部分が、エンジンを包み込むように下部に回り込んでおり、重心がかなり車体の下になっている。

重量物が下にあれば、車体を振り回す際に、重心の中心を軸に動くことになるため、マシンの操作性はよくなる。


「まあ、タンクがこんなに張り出してるんじゃ、エンジンと燃料ポンプへのアクセスは大変そうだけど、まあ、今どきのバイクだから、そんなに整備性は気にしなくていいのかもね。それと・・・。」


みずきとマシンを取り囲んだ数人の技術者達が、みずきの言葉を熱心にメモして、図面や諸元表の確認をしている。


そんな彼らの背後に、GJ450に乗った、黒いウェアのライダーが止まった。

ライダーがマシンを降りると、一斉に技術者がマシンにとりつく。


「GJ450はどうですか?昌樹おじ様。」


「上々だね。」


昌樹は、アライのフルフェイスヘルメットをとると、みずきに渡し、感想を述べはじめる。


「私達のレベルのライダーには、この低重心のレイアウトはいいね。車体がくるくる曲がっていく感じがする。ただ、これは、ラリー仕様の際に、変えるのかな?やっぱり、フロントサスペンションがプアだ。ダブルジャンプを飛んだら、底づきした。」


ダブルジャンプを飛んだという昌樹の言葉に驚いたみずきが、マシンの方を振り向くと、オイルが滴っているフロントサスペンションを見ながら、やれやれという表情でスタッフがこちらを見ている。


「おじ様、過激ですね・・・。」


身長が185センチを超えて、体格がいいとはいえ、大柄なラリーマシンでモトクロスコースをいとも簡単に走り回り、連続する大ジャンプを2つ一緒に飛び越したという昌樹の技量に、みずきは感嘆する。


「ダカールのワークスライダーに過激って言われるのもなあ、君たちは先も見えない荒野で、もっと過激に走っているじゃないか。」


「まあ、そうなんですけどね・・・。」


昔は、モトクロスでそこそこのところまでいったということは、神田会長に聞いてはいたが、それなりに長いブランクと年齢の衰えはあるはずなので、やはり驚く。


ーーーーーーーーーーー


「そういえば、おじ様、お仕事は大丈夫なんですか?」


スタッフとのミーティングを終え、コース脇の休憩スペースで、みずきは昌樹に問いかける。


「ああ、言ってなかったか。やめたんだよ。」


「やめたって!?NYの事務所をですか!」


「ああ、はるとは、表面上はなにもない風を装ってるけど、かなり良くない状態だと思う。それに、君に言われたとおり、この機会に、家族のことをいろいろはっきりさせなきゃいけない。」


そういうと、昌樹は缶コーヒーを一口あおる。


「だからやめた。こういう機会を使わなきゃ、きちんと話もできないなんて、なかなかめんどくさい関係の家族と思うかもしれないけどね。」


しきりに家族という単語を使い、NYの大手弁護士事務所をやめてまで、はるとととの関係をはっきりさせようとする昌樹に、みずきはある理由を思う


「はるとは、ホントに昌樹おじ様の子供なんじゃないのかな・・・。」

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