第63話 ダカールへ

「へえ、アメリカでオフィス追い出されるときって、ホントにその箱持って出てくるんだ。」


アメリカ映画でよく見る、解雇された登場人物が持っている箱。通称、〈Fired box(解雇箱)〉と呼ばれる段ボール箱を持って1階ホールに現れたはるとを、ジーンズに白いパーカーといった軽装のみずきが茶化しつつ迎えた。


「・・・なんの用だ?なんでここにいる?」


「ふーん、昌樹叔父様から聞いた通り、やっぱり解雇になっちゃったんだ。」


はるとは、firedboxをどさりとフロアに投げ出す。


「解雇じゃない!な・ん・の・用・だ!」


みずきは、はるとの剣幕を面白そうに眺めながら言う。


「まあ、ちょっとゆっくり話そうか?」


ーーーーーーーーーーーー


2人は2ブロックほど離れたカフェ・・・同僚に会ってしまうと気まずいので・・・。に移動した。


「というか、どこまで事情を知ってるんだ?ダカールってことは、君が関わってるのか?!」


みずきは、両手でカップを持って、ずずずっとコーヒーを飲み、答える。


「まあ、いろいろと条件が重なった結果ってことね。とりあえず、解雇にはならなかったんでしょ?」


「ああ、君が関わってるんなら、そのことは感謝してる。この条件をクリアすれば、解雇取り消し。あっちも、この件はなかったことにする。アーロンの先走りってことでおしまいってことだけど・・・。」


みずきは、嬉しそうに頬杖をついて、はるとを見つめる。


「うん、だから、恩にきるように。」


「ああ、わかった。詳しい内容は、君から聞くようにって二人に言われたけど、どんな内容なんだ?」


firedboxを眺めつつ、はるとは答える。

ついでに、注文しておいたホットドックにかぶりつく。


「うん、アフリカエコレースが復活するのは知ってるわね。」


「ああ、コロナ禍の調整みたいな感じで、いつもは、1月開催だけど、今年は10月に開催されるんだっけ?」


「そう、よく調べてるじゃない。で、ダカールラリーは通常通りに開催される。ここまではいいわね。」


なんか、いつかの学校の教室のやりとりを思い出すな。

でも、今は立場は逆か。


「なあに、ニヤニヤしてんのよ!気持ち悪いわね。」


「悪い悪い。口が悪いのは相変わらずだな。」


「続けるわよ。某国のあるメーカーは、自社のバイクの開発を進めてる。最近は、MotoGpにも出てて、かつての日本企業みたいに、レースで勝って、自分達で作ったモーターサイクルのブランドを確立しようとしているのよ。」


「で、君がクライアントになりそこなったあの大会社さんは、その会社のモーターサイクル事業をバックアップしている。ゆくゆくは、BMWやホンダをしのぐくらいのモーターサイクルを作れる会社にしたいと言うのが、CEOの夢。」


そう言いつつ、みずきははるとがオフィスで見せられた、マシンの写真をテーブルに置く。


「で、まだ極秘なんだけど、来年のダカールに、このマシンを3台エントリーさせるのよ。そのライダーの一人にあたしが選ばれた。」


「オファーってことか。もう、すっかりワークスライダーだな。君は。」


忙しくて、朝昼抜きだったので、ハンバーガーを追加で注文する。

それなりにボリュームがあるとはいえ、メニューの50ドルという金額を見て、みずきは、うぇっとため息を漏らす。


「アメリカの物価高はハンパないわねえ、イタリアもかなり上がってるけど、ここの比じゃないわ。」


「わかってるさ。そのために必死に稼いでた。」


一度手に取ったレシートを一瞥して、写真の脇に置き、みずきは続ける。


「本番のダカールの前に、アフリカエコレースでも、このマシンを走らせたいらしいのよ。ダカールは世界的なレースではあるけど、ヨーロッパ、特に日本ね。では、人気が低いのよ。」


「アドベンチャーバイクや、ラリーマシンを欲しがる層の憧れているのは未だパリダカなのよ。で、販売プロモーションのためにも〈RealDakar〉って言われてる、アフリカエコレースでこのマシンを走らせたい。」


一気に話し、みずきは改めて、はるとを見る。


「昌樹おじ様が昔、パリー北京ラリーに関わってたのをしってるわね」


「ああ、こないだ聞いた。ラリーを主催した商社の法務面の手続きをやりつつ、参加したって・・・。」


「そう、それと同じことをきみがやるの。」


「?」


「このメーカーは、まだまだ新興で、技術者はいるけど、ラリーの運営に同行して作業をするほどのスキルのある人はいない。外部から雇えばいいけど、自社で全部やりたいって言うCEOの意図からは外れるのね。で、ダカールに向けて、ダカールのワークスライダーと、日本ではちょっと名の知れたアマチュアライダーが、走るってことでダカールの前のセミプロモーションとしてラリーに参加しつつ、チームの運営とか法務面の洗い出しができる人物・・・。ってことで、きみとあたしってわけ。」


言いつつ、みずきは親指で自分を指差す。


「まあ、話はわかったけど、ちょっとうまい話過ぎないか?」


確かに、話のスジは通っているように思えるが、なんかハナシの進み方がスムーズすぎる。


「CEOは、最初、昌樹おじ様を指名したんだけど、おじ様がきみを指名したのよ。後付けで、きみの救済措置もつけてね。」


「いや、それでも・・・。」


なんか、それでも、強引すぎる気がする。


「まあ、この会社のCEOが、ダカールラリー好きでね。」


「?」


「要するに、そのメーカーの社長もCEOもあたしのファンなのよ。あたしの一言で決定。感謝しろよ。」


・・・この、ひとたらしモンスターめ。


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