第62話 条件はダカール

みずきと会った数週間後、はるとは事務所のもう1人のボス、ボリス・クライドにオフィスへ呼び出された。


大型案件の受注から、アソシエイツ一同のなかで、はるとは明らかに浮いてしまっているため、いつもはうっとうしいボリスからの呼び出しも今は歓迎だ。


「いいよなあ、アーロンには仕事で認められ、ボリスには、親族のコネで親密とは。うらやましい限りだぜ。」


はるとに聞こえるようにつぶやく、古参のアソシエイツの声を背に、はるとはボリスのオフィスへ向かう。


ノックすると、ボリスは自らガラスの仕切り扉を開けて、はるとをオフィスに招き入れた。


「?」


いつもなら、口数の多いボリスが珍しく無口だ。

また、オフィスにはもう一人、はるとのよく知る顔が会った。


「昌樹叔父さん?」


NYの大手事務所のオフィスにいても、存在感の衰えない日本人弁護士・・・。小林昌樹がそこにいた。


「ボリス、はるとも来たし、始めようか。」


いつもははるとに気を使うように振る舞う昌樹だが、今日は趣が違う。

ボリスと並んでソファに座ると、はるとに向かいに座るように促す。


「今日、ここに来たのは、お前の担当していた、C&benetictのことだ。」


前置きもなく、昌樹は話し始めた。


「お前達が実質送り込んできた技術者達だが、私のクライアントはそんなことは望んでいないし、ルールと慣例をないがしろにしてまで、人材を求めたりもしない。」


一気に話す昌樹に驚き、はるとはボリスに視線を向ける。

視線を受け、ボリスが昌樹のあとを受け、話し始める。


「よけいなお世話ってことだよ。アーロンは、あっちの弁護士の一人と、技術者をあっせんしてくれれば、顧問のクチを約束するって話をしてたらしいが、CEOと、顧問弁護士事務所はこれをルール外の行為とみた。確かに、ある程度の越権行為はあるのが、企業間のやりとりかもしれないけど、今回はNGと判断された。」


「そんな、アーロンはどうしたんですか?この件はあっちとも話しがついているってことだったのに!彼がここにいないのはなぜです?」


はるとは立ち上がり、ボリスのオフィスを見回すが、彼がいる気配はない。


「彼は事務所やめた・・・。というより、NYの弁護士ではなくなった。」


ボリスがゆっくりと答える。

はるとは放心したように、ソファに沈みこむ。


「お前にも、聴聞の通達があるはずだ。アーロンの指示に従って動いたとはいえ、どの程度、お前の考えで動いたかのヒアリングがされる。」


昌樹が続ける。


「状況によっては、NYの弁護士資格剥奪もあり得る。」


「・・・だが、あっちのクライアントの主任窓口の昌樹が、あちらとある条件を取り付けてきた。この条件をクリアすれば、今回の件はおしまいだ。君もこのままNYで弁護士を続けられる。」


書類のはさんであるバインダーをなぜか、微笑を浮かべながら目を通し、ボリスがはるとに言う。


「・・・条件ってなんですか?」


はるとが答えると、ボリスと昌樹はといった感じで顔を見あわせ、タブレットの画面をはるとに提示した。


画面には、赤と緑のカラーリングの2台のバイクが、砂丘を超えて行く動画が映し出された。


「?」


「条件はこれだよ。」


戸惑うはるとの表情を面白そうに眺めつつ、ボリスが答えると、昌樹は続ける。


「このマシンで、お前がダカールに行くんだ。」

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