第58話 はるとの過去


欧米に生活の拠点を置いているみずきには、NYの町は戸惑うばかりだった。タクシーに乗れば、渋滞でいつ到着するかわからないし、トラム地下鉄は、ごちゃごちゃでどこにどう着くかわからない。


「こりゃ、歩いた方が早いわね。」


待ち合わせ場所へは5キロ。

いつも、200キロ以上のスパンで距離を思考するラリーライダーのみずきにとっては、わずかな距離だ。


みずきは新調した紺色のMA-1を羽織り、足元はスニーカーで、マンハッタンのビルの谷間を駆け抜ける。


「これはこれで、ラリーみたいで楽しいわね。」


googleの音声案内に従い、指定されたカフェにたどり着く。


店内に入り、待ち人を捜す。

初対面ではあるが、彼女が関わってきた人と

同系の雰囲気と外観で、すぐに見つかった。


みずきは目当ての人物の傍らに立ち、声をかける。


「小林俊彦さん?」


DELLのノートPCに向かっていたスーツ姿の彼は、ディスプレイから顔をあげ、みずきを確認すると立ち上がった。


「小林俊彦です。」

握手の手が差し出される。


〈う・・・。わああ!昌樹おじさまもすてきだけど、若い分、このヒトの方がすごいわ・・・。〉


身長はみずきのアタマ半分位上、180位の身長か?

細いが力強い、差し出された握手の手。色白の顔には切れ長の瞳が優しく配置され、薄い唇の色素は濃い。

歌舞伎役者?いや、女形の役者さん?


〈はるともイケメンの部類だろうけど、この親子と比べるのは酷ねえ・・・。〉


脳内妄想をアタマのなかで全開で回転させるみずきに構わず、小林俊彦・・・。は、椅子を引き、座るよう、優しい瞳でみずきに促す。


〈・・・ヤバい、やばいわ。〉


ーーーーーーーーーーーーー


「はるとのことを心配してくれてありがとう。君のことは父とはるとからよく聞いています。」


〈う・わああ?!声も素敵だわああ!〉


「みずきさん?」


男性にしては高いが、通る声に、みずきはまたしても、どぎまぎしてしまうが、本題に入ることにする。


「はるとの会社のことは聞きました。」


「手越さんとは、会社の法務面でのお手伝いをやらせていただいていましたので、お会いしていました。夢と現実をバランスよく考える人でしたね。」


「そうなんです。あたしが言うのもなんですけど、現実的で実務家のはるとと、夢ばっかり見てるあたし達とのバランスを取ってくれてたんで、チームとしてうまく回ってたんです・・・。」


「お葬式が終わったあとのはるとの落ち込みようは、尋常じゃなくて、あたしも南米に行くの、やめようと思ったんですけど・・・。」


「6年越しの夢だし、手越さんもたくさん準備手伝ってくれたんだから。ってみんなにも言われて行ったんです。」


「それで、君は自分の夢を叶えた。」


「はい、なんとか完走して、日本に戻ったら、はると、もう、日本にはいなかったんです・・・。」


みずきは一気に話すと、ちょうど運ばれてきたカフェオレをひと口飲む。


「NYに行ったって言うのは、あかりさん・・・。あ、ラリーの仲間なんですけど、に聞いて、ちょうどコロナが始まった頃で、追っかけて海外に行くことができなくなって・・・。」


「連絡先も調べたんですけど、ちっとも連絡つかなくて、昌樹おじさまにも相談したんですけど、はるとのこと、あまり話したくないみたいで。

なんであたしに連絡してくれないのか?

それから、今までのはるとに何があったか、知りたいんです。」


PCの電源を落とし、たたむと、俊彦はおだやに話し始める。


「で、僕のところに来たと。」


「はい、お忙しいところ、申し訳ありません。ある人に手配してもらって、明日はるとに会えることになったんですけど、その前にどうしても、彼のこと知っておきたくて。」


俊彦は腕を組み、考え込む仕草になった。


「あたしの親友・・・。シェリルっていうんですけど、こないだはるとに会った時、別人みたいになってて、ひどいことをもう1人の親友に言ったって言うんです。」


「あたしもみんなも、はるとには助けてもらった。夢を実現させてもらった。今度はあたしがはるとを助ける番だと思うんです。」


「・・・でも、何も知らないで、好き勝手なことは言えない。」


俊彦は手をテーブルに置き、話し始める。


「そうですね。僕たちもいつまでもこのままじゃいけないとは思ってましたし、お話しします。」


ーーーーーーーーーーーーー


「はるとの父親が亡くなっているのはご存じですよね。」


俊彦は静かに話し始める。


「ええ、それははるとが話してくれました。だから、昌樹おじさんを頼って、アメリカに行ったって。」


「はるとの父親は自殺だったんです。」


「・・・。」


教えてくれと言ったものの、自殺というワードが出てきたところで、果たして自分が踏み込んでよかった領域なのか、みずきは後悔を感じる。


「はるとの父親も、弁護士を目指していました。なかなか要領のいい人だったそうで、学校の成績も優秀で、皆、弁護士になれるだろうと言っていたそうです。」


「ただ、要領がいいのと、試験に受かるベクトルが違うっていう人がいて、はるとの父親はそういう人だった。」


外すのを忘れたのか、スーツについている日本の弁護士バッジが目についた。


「司法試験を何度受けても受からない。もう、結婚もして、子供もいるのに。対して、私の父・・・。昌樹が先に受かってしまった。」


「もともと、嫉妬深いとか、人を憎んだりするのとは無縁の人だったようですが、自分の弟が先に弁護士になって、しかもアメリカに仕事の拠点を移すということになって、弟が先に成功したことで、精神的におかしくなってしまったようです・・・。」


自分のダカールプロジェクトを短期間で実現したはるとはもちろん。

NYの弁護士資格を一回で取得したり、弁護士業務を普通にやっているはるとや、昌樹や俊彦を見ていると麻痺してしまうが、いかにこの人たちが人並み外れて有能なのかを実感すると共に、そんな人たちと親類として関わらなくてはいけなかったはるとのお父さんのつらさをみずきは感じる。


「父親が死んだとき、はるとは小学6年でした。ジュニアハイスクールから、アメリカへ行った。」


「私と、父と一緒に、NYの郊外に住んだんですけど・・・。」


俊彦はちょっといいよどむ。


「はるとの母親も一緒に住んだ。それがいけなかった。」

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