第56話  スーパークロス

白く照らされたスタジアムに積み上げられた土壌の山を、色鮮やかなモトクロッサー達が、華麗に越えていく。


トップを走るのは、モンスターエナジーカラーにペイントされたカワサキ。

ホールショットから、トップを守り続けるライダーに、スタートから追撃を続ける赤いホンダが距離を詰める。


2台はサイドバイサイドのまま、ファイナルラップへ。

トップのライダーはジャンプを飛びつつ、後方を振りかえり、ヘルメット越しに、後続のホンダとの距離をはかる。


追撃を続ける後続を振り切り、ライダーはトップでチェッカーを受ける。

その瞬間、フィニッシュジャンプの両側から花火が煌めき、スタジアムは、スーパークロスで優勝したライダーを称える。


「AMAスーパークロス第16戦ソルトレイクシティ!優勝は、カワサキの!」


称賛されるがゴールした数分後、息も絶え絶えといった感じで、青いYAMAHAが、フィニッシュジャンプを飛んだ。

花火はすっかり消え、会場は初の日本人ウィナーを称えている。


「goodJob!」


レトロなイメージのストロボラインが入ったYAMAHAの白いパーカーに、ショートパンツという装いのシェリル・ビックスが、YAMAHAのライダーを、スタジアム外のパドックで迎えた。


「You did a good job. Well done!」


さらに称賛を続けるシェリルに、YAMAHAのライダー、はヘルメットを取り、シェリルに渡す。


「周回遅れにされたんだぜ、goodjobなもんか。」


荒い息を整えつつ、正史は渡されたペットボトルのドリンクを一気に飲み干す。


「でも、ファイナル決勝まで行けたんだよ!次の最終戦では、もっと上に行けるって!」


シェリルの励ましに苦笑いを浮かべ、正史は折りたたみ椅子に腰を降ろす。


「残念だが、最終戦は走れないな。」


シェリルと正史が顔をあげると、パドックには不釣り合いなスーツ姿のはるとがいた。


「よお、久しぶりだな。マンハッタンの新進クローザーさんよ。わざわざおいでくださったわけだ。」


はるとは2人に顔を向けることなく、白い簡易テーブルに書面を置く。


「来シーズンの日本のチームの契約書だ。」


ペンを取り出すと、キャップを取って、正史に差し出す。


「サインしろ。」


「え、なに?どういうこと?」


困惑するシェリルを無視して、2人は視線を交わす。


「今日の結果で、今のチームとの契約は終了だ。」


はるとは正史とテーブルを挟んで、向かい合わせに椅子に座る。


「今日のレース。表彰台、いや、シングル順位でよかったんだ。」


「・・・でも、周回遅れではな。」


はるとは、ペンをもてあそびつつ、言う。


「そんな、マサシ知ってたの?」


シェリルが正史に問いただす。


「ああ、先週、こいつからメールが来てた。ご丁寧にこの契約書を添付してな。」


シェリルは契約書を手に取るが、日本語で書かれているので、詳細はわからない。


「日本のチームの契約書だよ。来シーズンは日本で走れって言ってるんだよ、コイツは。」


「そんな!この3年間、必死に頑張ってきたのに!やっとファイナルを走れるようになってきたのに!来シーズンはきっと・・・」


はるとは2人の表情をうかがうように、椅子に座り直し、足を組む。


「来シーズンじゃだめなんだ。このコロナ禍で、余裕のあるスポンサーも、チームもない。日本人ということで、少々苦しいブランドイメージでなんとか契約を続けてきたが・・・。」


はるとは表彰台でシャンパンファイトを行う下田選手が映る、パドックのモニターに目をやる。


「日本もUSも、彼がいればもうOKだ。もう1人の日本人は不要だ。」


「そんな言い方!」


叫ぶシェリルを無視して、もう一度はるとはペンを正史に差し出す。


「・・・。」


正史はペンではなく、契約書を手に取り、立ち上がる。


「今のチームを解雇ってのはわかったよ。でもな・・・。」


そういうと、正史は契約書をはるとの目の前にかざし、一気に引き裂いた。


「俺はまだあきらめない。どんな結果になるかわからないが、俺はまだ、アメリカで走る!」


はるとは引き裂かれた契約書には目もくれず、言う。


「いいのか?このコロナ禍はいつ終わるかわからん。もしかしたら、スーパークロス自体、来シーズンはやってないかもしれない。日本で大学に行きながら、年に何戦か全日本を走ることができるんだぞ?」


表情を変えない正史に、はるとはため息をついて、振り返り、パドックを出ていく。


「なんなのよあれ!はると、手越さんが亡くなってから、ほんとにオカシイよ!どうかしちゃったよ!」


正史は自分で引き裂いた契約書を丁寧に拾い集め、テーブルに載せる。


「いろいろな。」


正史はクーラーボックスから、coorを取り出し、一気に煽る。


「わかんなくなってんだよ。アイツも。」


ーーーーーーーーーーーー


数週間後、スーパークロス・イーストシリーズの最終戦では、プライベート出場ながら、高橋正史が6位入賞を果たした・・・と、下田丈が、日本人初のチャンピオンを取得した記事の末端に小さく記載された。









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