第55話  モニターの中の砂漠


「You've done a great job!」


地元ニューヨーカーと観光客がごった返すラウンジの喧騒の中、もう、何度目かわからない乾杯が行われた。


「今日は私の主催だ!払いは気にせず、どんどんやってくれ!」


ベネファーの号令で、酔いが回った若いアソシエイツのほか、事務所の弁護士。パートナーの顔も見える豪華な顔ぶれの喧騒の中心にはるとはいた。


コロナ禍はまだ続いている時勢ではあるが、NYでは、それほどパーティーや集まりを控える空気はないので、こういった宴は頻繁に行われている。


「よくやったな!これであの会社の顧問弁護士事務所になるのはもうすぐだ!」


「はるとのBigJobに乾杯!」


次々と杯が開けられ、はるとは称賛される。

NYの弁護士事務所が目指すのは、個人客ではなく、法人。それも今回のような大企業の顧問になることだ。

顧問弁護士事務所契約を交わした場合の金額は年間で数百万ドルになることもある。

当然、そういった会社の担当になる弁護士は、事務所内での地位は上がり、報酬も上がっていく。


「あの会社の担当になるんだったら、パートナーのハナシも出てるんだろう?」


同僚のアソシエイツから、声がかかる。


「ああ、さっき、アーロンから内定があった。顧問契約が完了したら、個室がもらえるそうだ。」


アメリカの弁護士は、資格を取得したあと、まず、アソシエイツと呼ばれる助手のような立場になり、先輩弁護士。パートナーの業務補助が最初の仕事になる。

アソシエイツは大部屋で、同僚と業務を行うが、正式に事務所の弁護士、パートナーとなると個室が与えられる。


「すげえな!3年目でパートナーになったやつなんて聞いたことねえ!」


ゴゴゴ・・・グモモ・・・。


称賛する同僚の声をかき消すように、

店の巨大モニターから、かつて、聞きなれたエンジン音が聞こえてきた。


画面を見るまでもなくわかる爆音・・・KTM450Rallyだ。


モニターには茶褐色の津波のような美しい砂丘が映し出されていた。

 

ドローンではなく、ヘリコプターから撮影した映像らしく、砂丘には機体の影が映り込んでいる。


砂丘の情景を一通り撮影した後、カメラは砂丘の壁にアングルを移す。

 

そこには絹のようにきめ細かい砂で形成された美しい砂丘の表面がいく筋もの「わだち」で汚された砂丘の壁の情景が映し出される。

その砂丘の表面をさらに汚すように、いくつもの点が砂丘のにへばりつくように止まっていた。


カメラがズームしていくと、それが〈カミオン〉とよばれる巨大なトラックや、強力なエンジンパワーを秘めた4輪の車体。2輪のモトラッドバイクであることがわかる。


モトラッドバイクパイロットライダーは、車体の半分ほども砂に埋まってしまった車体をなんとか掘り起こそうと、ヘルメットを外し、必死に砂を掻いている。

 

ヘリの画像が切り替わり、地上のカメラが映し出す情景には、車体の半分以上が砂に飲み込まれた、赤い車体の脇に、汗だくになってへたり込む、白人のライダーを映し出していた。

彼の国籍、ゼッケンナンバーがテロップとして、映し出される。


彼にインタビューをしようとしたのか、カメラが移動を始めたところで、

もうひとつの4ストロークエンジンの爆音が響き、カメラがそちらを向いた。

砂丘を超えてきたライダーの乗るバイクは、途方に暮れているライダーと同じくらいのサイズであるにもかかわらず、彼の半分ほどしかないようなきゃしゃな体格から、女性ライダーということがわかる。


カメラの前で一時停止したはレポーターに、少しでも堅い路面はどこか聞いているようだが、彼は両手を挙げ、。のジェスチャーをする。


ミラーレンズが装着されているゴーグル越しのの表情は見えないが、「ち!つかえないわね!こいつ!」。という、いつかと変わらぬ悪態が、はるとには聞こえたような気がした。


しばらく戸惑ったように、砂丘の壁に視線をさまよわせただったが、意を決したように、愛車・・・〈KTM450RALLY〉のスロットルを引き絞り、津波のような砂丘に挑んでいった。


青いヘルメットに書かれた赤い牛のマークが徐々に遠ざかり、砂煙をあげつつ、彼女はになっていく・・・。


「へえ、ダカールラリーか、こんな時勢でも、やってるんだな。」


BGMとして流されているようで、ほとんどの客はモニターを見ていないが、食い入るように砂丘の映像を見つめるはるとに気がつき、同僚のアソシエイツが声をかけてきた。


「ああ、ラリーはほとんどがこのコロナ禍で中止や延期になっているが、ダカールラリーだけは、中東1国でやってるんだな。」


彼が持ってきたシャンパングラスを受け取って、はるとは答える。


「詳しいな。そういえば、お前、いくつかスポーツ選手の契約もやってたな。」


「ああ、この事務所に入る前からのクライアント達だけど、法人の仕事も増えてきたし、もう、やめる潮どきかな。」


同僚と話しつつも、はるとはモニターから目を離さない。


モニターは、砂丘から、このステージのゴール地点の映像に切り替わったらしく、ヘルメットを取った、先ほどのライダーがインタビューに答えている。


「・・・today's course was difficult。bigdune&RoghRoad!・・・。」


ピンクのウェアーに包まれたしなやかな肢体と、砂漠の最前線で取材を行う、タフなインタビュアーを戸惑わせるほどの瞳の力を、はるとは忘れることはない。


モニターに映る彼女の笑顔の下に、テロップが表示される。


2016、2017、2019、2020 Dakar finisher


      〈Mizuki・Tanabe〉







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る