フェイズ4 ダカールラリー

第54話  弁護士事務所 クライド&ベネファー

「助かりました。このコロナ禍で、私も破滅かと思いましたが、これで会社も残せるし、従業員の生活も心配ない。」


マンハッタンの高層ビル。

全面ガラス張りのミーティングルームで、はるとはクライアントである、半導体事業を経営する企業の社長と握手を交わした。


M&A。アメリカではよく行われる企業合併だが、どうしてもそれぞれの会社の力関係で、強い方は、弱い企業を無理やり吸収したようなイメージになる。

弱い方は、強い企業に吸収され、その会社独自で持っているブランドイメージや、技術が生かされない状況に追い込まれ、ともによい結果にならないことも多い。


NYの弁護士事務所。〈クライド&ベネファー〉では、こういった案件を丸く納め、WINWINの関係で、双方の利益を守る・・・。という建前で、多くのクライアントを抱える大手事務所だ。


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「ご苦労だった。」


エレベーターホールまでクライアントを見送ったはるとは、この事務所のボスの1人、アーロン・ベネファーに称賛された。


「ありがとうございます。」


はるとは振り返り、ボスと握手をかわす。


「これで、C&benetictの半導体技術は、すべてクライアントの手に入る。」


ベネファーは、某大手企業の名をあげる。


「あくまで欲しいのは、技術を持っている社員だ。他の社員はどうでもいい。そこのところを気づかせずに、実質リストラに持っていく・・・。なかなか難しい案件だったが、よくやってくれた。」


自分のオフィスにはるとを連れていくすがら、今回の案件について2人は話す。


「C&benetictの技術者は、素晴らしい技術を持っています。ですが、あの2代目社長は、自分の会社の本当の価値にまったく気づいていません。あっちについた田舎弁護士も。」


豪奢な調度品が飾られ、ダークブルーのクロスでまとめられたオフィスの、豪華なソファに腰をおろし、はるとは続ける。


「技術者達も、自分達のおかれた環境に満足していたようですが、それじゃいけない。彼らはもっと恵まれた環境で、高給をうけとるべきです。」


うんうんとうなずき、細身の身体を折り畳むように・・・身長は190cm以上あるらしい・・・。ベネガーは自分のデスクチェアに身を沈めた。


「まあ、他の社員は、実質ペーパーカンパニーのA社に放り込まれるんだがな。」


はるとは苦笑いを浮かべ、秘書が持ってきたコーヒーを手に取る。


「まあ、あの世間知らずの社長がそれに気づくのは、当分先でしょうから、こっちにも、クライアント企業にも、ダメージはないでしょう。気づいたときには、どうしようもなくなってるはずです。」


コーヒーを1口飲んで、はるとは続ける。


「まあ・・・。」


「自分の持っているものの価値が分からない者にとっては自業自得です」。


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「ご苦労さん、ちょっと話せるか?」


ベネファーのオフィスを出たところで、この事務所のもう1人のボス、ボリス・クライドに声をかけられ、はるとはついてない。と一瞬、表情をくもらせる。


「大丈夫です。」


40代のスリムで、端正な顔立ちのベネファーとは対照的に、55歳のボリス・クライドは、150キロ以上と言われている身体を揺すらせつつ、自分のオフィスにはるとを誘う。


「ご用件はなんでしょうか?」


ベネファーのオフィスとは対照的に、シンプルな白でまとめられた壁紙。それなりの金額ではあるのだろうが、合板でこしらえられたデスクの前に、ボリスがずっしりと腰をおろしたところで、立ったまま、はるとは用件を問いかける。


「まあ、そんなに警戒しないでくれ、紅茶はどうだい?」


はるとは首を振って断りの意思を告げ、早々に本題に入る。


「C&benetictのことですよね。」


自分用に入れた紅茶を口に運び、ボリスは本題に入る。


「そうだ、あの件、もう少し時間をかけられなかったのか?しばらく待てば、残りの社員も、まともな会社に勤められる機会も作れただろう。」


ため息をつき、はるとは決して安物ではないが、ベネファーのオフィスと比べると、陳腐なソファに腰をおろす。


「クライアントには時間がありませんでした。新規事業のロケット開発には、あそこの技術者が必要です。早急に。」


宇宙事業にも手を広げる予定の大手クライアントは、技術者を大量に欲している。自分で考え、手を動かせる人材を。


「その意図を的確にとらえ、動くのが、有能なクローザーの仕事と僕は理解しているつもりですが?」


「まあ、そうに違いないんだが・・・。」


ボリスは、写真立てをわざとらしく、引き寄せつつ、続ける。


「マサキも君のことを心配しているようだし、そんなに急いで仕事を進めることはない。私は、君の面倒を見るのをマサキから頼まれているんだ。」


「ボリス、もういいですか?アーロンとアソシエイツのみんなが祝勝会を開いてくれるそうなんで。」


写真立てを引き寄せる仕草に苛立ちを隠せず、はるとは退去の許可をボスに求める。


「・・・ああ、行っていい。」


はるとがオフィスを出ていくと、写真立てに向かって、ボリスは呟く。


「強引で有能なところは、おまえとそっくりだが、なんか、投げやりなところがあるのはなにかな?」


写真には数十年を経ても、体型も端正な顔立ちも変わらない、はるとの叔父、小林昌樹と、今よりはるかにスリムなボリスの姿があった。


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