第53話 その日
手越は夕刻の東関道を成田空港に向かって会社のハイエースで走っていた。
一通りのパーツやイクイップメントは、リカルドに手配してもらい、イタリアのファクトリーでうけとる手配になっているが、ヘルメットやウェアー、着替え等の身につけるものは、馴染んだものでないとよくないし、会社へラリーの状況を配信するための機器類を加えると、もっていく荷物の量はかなりのものになるため、電車ではなく、ハイエースで空港へ向かっている。
イタリアへ出発後は、はるとにハイエースで成田から帰ってもらうことになっている。
「結構遅くなったな。」
メーター脇の時計を見ながら、手越は呟く。
メルズーガから帰ってきてから、しっかり準備をしてきたつもりだったが、株式会社ダカールのこまごまとした雑務。正史のアメリカ遠征の準備、交渉。
自分が1ヶ月会社を留守にする間の業務の引き継ぎ・・・は、はるとが優秀なので、たいして手間ではなかったが・・・等で、結局、出発直前まで、バタバタしてしまったが、なんとか出発することができた。
まあ、多少の忘れ物はあるかも知れないが、しょうがない。
ラリーに出発するときは、これからの素晴らしい日々の想像をはるかに上回る、金銭的な心配、社会人としての立場、見送ってくれた家族や友人からのプレッシャー等で、嬉しさ3割、後ろめたさ7割という心境になるのが常だったが、はるとのおかげで、今回はそんな感情とは無縁だった。
「ほんとにすごいやつだよな、あいつは。」
ハイエースのハンドルを握りながら、はるととみずきが店に飛び込んで来た日を思い出す。
あの時は、勢いだけで夢を語り、結局なにもしないでフェードアウトしてしまう、いつもの輩と思い、一度は追い返してしまったが、彼は道筋を組み立て、みずきをついにダカールへ送り込む。
正史もアメリカへ送り込んだ。
たくさんのアマチュアラリーパイロット達も。
そして、ついに俺自信も。
そんなことを思うと、「大丈夫だ。」という気持ちになってくる。
あいつに任せておけば、すべてうまく行く・・・。
そんなことを考えながら、走っていると、酒々井インターを過ぎた辺りで、走行車線の真ん中で点滅しているハザードランプが見えた。
近づくにつれ、それはバイク・・・。横倒しになっている''BMW1200GS''アドベンチャーだとわかった。
1200ccの車体に、大容量タンクや様々な装備をつけた250キロは越えるだろうと思われる巨大な車体の傍らには、真新しいBMWラリースーツ・・・上下で20万円以上する高級ウェア・・・を着た、見たところ、手越より若干年上であろう、恰幅のよい男が立っていた。
手越は路側帯にハイエースを停めると、1200GSのところへ走る。
早くどけないと危険だ。
見通しのよい東関道とはいえ、夕刻で周囲はどんどん暗くなっており、視界が悪くなってきている。
微妙な時間帯で、ヘッドライトをつけていない車も多く、直前でGSに気づいて、あわててハンドルを切っているクルマもいる。
「おい!危ないぞ!早くバイク起こして、路側帯に入れ!」
走りながら、手越は叫ぶが、ラリースーツの男は平然とフラットツインエンジンのシリンダーを路面にめり込ませているGSの傍らに立っている。
「いやあ、よかった。止まってくれて。ボク、一人じゃこれ起こせないんだよね。」
「起こせないってアンタ・・・。」
「うん。JAF呼んだんだけど、まだ来ないんだよね。誰も止まってくれないから助かったよ。あなたもバイクに乗るの?」
ハイエースに張られたイベントやタイヤメーカーのステッカーを見て、手越をバイク関係者と思ったらしい男は、自分がどんなに危険な状態に置かれているかわかっていないらしい。
昔、自分はレーサーレプリカに乗っていた。峠では速かった。
最近、でっかいバイクで荒野を走る動画をネットで見て、BMWのショップに行ってみたら、一番性能がいいと言う、1200GSをショップに勧められて、ラリースーツともに購入。
ショップ主催の林道ツーリングにいつも連れてってもらっているが、重すぎてまともに走れない。転倒すると、1人では起こせないので、走るときはいつもショップのヒト達と出かける。
今日は房総半島に、林道ツーリングに行ったんだが、遅れたメンバーを全員で路側帯で待ってたら、遅れてたヒトが自分たちに気づかず行ってしまった。
全員、あわてて走り出したが、自分は路側帯を出たところで立ちごけ。
現在に至る・・・等々、聞きもしないのに、ペラペラとしゃべった。
大型アドベンチャーバイクを起こすこともできない男に1200GSを購入させるショップ。
そんな男を置き去りにする、路側帯で後続を待つ、非常識な、ツーリングに一緒に来た連中。
なにより、まったくラリースーツが似合っていない能天気なこの男。
どこから突っ込んだらいいのやらと考えている間も危険なので、手越はGSを起こしにかかる。
ハンドルを持って起こそうとしたが、フル装備のGSアドベンチャーはそう簡単には起きない。
ビッグバイクを腰を痛めないように起こす技、車体に背を向け、腰と膝でバイクを起こしにかかる。
その間も、男は手伝おうともせず、ペラペラとしゃべり続ける。
「いやあね。こんなでかいバイク売り付けといてさ、自分達だけさっさと行っちまうなんて、おかしいよね。乗れないバイク売り付けるなんておかしいよ。装備も含めたら、300万円も払ったんだよ!訴えてやるかな!そうだ、訴えてやろう。」
ついには、懐からタバコを出して、くわえたところで、あきれた手越は男に手伝わせるのを諦め、GSを起こすのに専念する。
と、能天気にしゃべり続けていた男が、突然悲鳴をあげ、路側帯に走っていった。
「え?」
振り向いた手越の視界に、ヘッドライトをつけていない2tトラックの白い車体が間近に迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます