第52話 アメリカへ
12月。
はるととみずきは、アメリカへ旅立つシェリルと正史を見送りに成田空港へ来ていた。
「とりあえず、どこのレースでもいいから1勝だな。」
正史の決意表明を聞きつつ、IAに昇格して、伸び盛りで、レベルが上がっているとはいえ、日本を主戦場としていた正史がMXの本場、アメリカで戦うには、現在の彼の実力では、正直厳しい・・・。と僕は思う。
とりあえず、出られるだけのローカルレースに出て、力を底上げする。
アメリカのモトクロス主催団体のAMAは、3回まではアマチュアとして走ることが認められている。
徹底的にローカルレースで修行して、7月に開催される、アメリカMXの最大イベント、〈ロレッタリン〉で来期のチームを決める・・・。ところまではもっていきたい。というのが、僕が考えている正史のロードマップだ。
アメリカのモトクロスの地区分けは、大きく東海岸と西海岸に別れている。
正史が参戦するのは、東海岸のラウンドだ。
NYでも、業務を行っている、義理の兄。俊彦の勤める弁護士事務所と、株式会社ダカールが業務提携という形態で正史のマネジメント契約を行い、東海岸のレース事情に詳しいシェリルが、現場レベル・・・。移動やレースエントリーの手続き、その他生活面でのサポートを行う。という体制になったので、東海岸ラウンドの方が参戦しやすい。ということになった。
「シェリルも正史のサポートしっかりお願いね。」
「大丈夫よ任せて!アタシ的にも、アメリカでレースに関われて稼げるなんて、最高の状況だし。」
みずきとシェリルは、今では普通に英語で言葉をかわす。
アメリカは、会社のしばりや年功序列がなく、自由に働ける。実力次第でどんどん上に行ける公平な社会。というイメージを、日本人の多くが抱くが、日本のように、新卒での採用や、よい学歴さえ持っていれば、問答無用での雇用にありつけるチャンスがないため、就業というスタートラインにつくまでがとてつもなく大変だ。
さらにやっと就職できたとしても、実力がないと判断されれば、即解雇だ。
バイクがらみの仕事につきたかったシェリルだが、アメリカにいたときは、相当苦労し
たらしい。
「それにしても、手越さん遅いわねえ。正史のすぐあとの便だから、見送りに来るって言ってたのに。」
みずきが、広い空港ロビーの時計を見上げつつ言う。
正史達は夕刻の便でNYヘ。
手越さんは夜の便で、アフリカエコレース出場のため、リカルドのファクトリーのあるイタリアへ旅立つ予定になっていた。
「18時24分発、ジョン・F・ケネディ空港着便に搭乗のお客様は・・・。」
正史達の乗る便の搭乗アナウンスが空港に響く。
「しょうがないな。手越さんには僕から無事旅立ったって言っとくから。」
「・・・頑張れよ。」
僕は正史と握手をかわす。
「頑張ってね!」
みずきは2人の肩を抱き、抱擁をかわす。
「ミズキもね!ダカール。やっと夢が叶うんだから、頑張って!」
シェリルが肩越しにみずきに激励を送る。
「うん。どこまで行けるかわかんないけどそうだね。夢がかなうって良い言葉ね。」
みずきはそう言うと、僕に視線を向け、うなずくような仕草を見せた。
みずきも来週はいよいよダカールへ出場のために、南米へ旅立つ。
僕とみずきは搭乗ゲートへ入っていく2人を見送る。
「行っちゃったね。」
「ああ。」
「あたし達も、ついにダカールね・・・。」
「ああ、いよいよフェイズ4だ。」
僕は、夕方のオレンジ色の光に照らされた航空機群をなんとなしに眺める。
「あたしも、みんながいなかったら、ここまで来れなかったわね。」
みずきは伸びをすると、そう呟く。
「そして、なにより。」
みずきはいつかのように、身をかがませ、僕を見上げる。
「きみがいたから!きみのおかげだよ!」
あの時より短い髪。
数々のラリーで浅黒く日焼けした肌。
しかし、つり上がりぎみの瞳の光は、あの時とかわっていない。
唇の脇の傷跡は、いつの間にかなくなっていた。
「そうだな。」
僕は、経過した年月に比例して、成長を遂げた自分のこころを感じつつ、普段は手が届かない、短くなったみずきの髪をくしゃくしゃとかき回す。
「もう!よなによお!」
思いのほか、冷静な反応をされ、あわてたみずきは、はるとから身体を離す。
夕焼けに照らされた、はるとの思いのほか、大人びた表情にみずきはうろたえ、ごまかすように口を開く。
「そそそれにしても、手越さん遅いわねえ!」
「そうだな。そろそろ来てないと、まずいな。荷物も多いし・・・。」
はるとは空港の時計を見上げ、手越のアフリカ・エコ・レースのスケジュールが記載された書面を取り出し、飛行機の出発時刻を確認する。
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