第50話 メルズーガラリー
スタート地点に設定されたホテルのすぐとなりには、金色に輝く砂丘郡が広がっている。
ボーイがいて、大きなプールもあるリゾートホテルのすぐ脇に、こんな砂丘が広がっているのは、ちょっとした異世界感がある。
みずきは荷物を運ぶのも忘れ、目の前に広がる砂丘に目をうばわれていた。
「すごいなあ・・・。あたし、とうとう来ちゃったよ。」
荒く加工されたアスファルトから離れ、みずきはクロックスを脱いで、砂丘に足を踏み入れる。
黄金に輝く砂は、足の甲を飲み込んでしまうほどやわらかい。
みずきはしゃがみこみ、砂をひとつかみ握る。
粒の細かい砂は、握りしめた指の間をこぼれ落ち、金色の粒子となって、視界に広がった。
「これが砂丘の砂か・・・。」
「感動するのは今だけだよ。そのうち、砂丘を見るだけで、息苦しくなる日々が始まる。」
振り返ると、車から荷物をおろしたボーイの少年にチップを渡しつつ、こちらを見ている手越がいた。
「もう!手越さん!水差さないでよ!せっかく砂丘と感動の対面を楽しんでたのにい!」
スマホで砂丘の写真を取りつつ、手越に抗議する。
「ごめん、ごめん。ただ、メルズーガラリーは、ずっとこんな砂丘が続く。モンゴルでも砂丘はあったけど、それとは比べものにならないボリュームだ。」
手越はみずきに習って、ワークブーツとソックスを脱いで、砂に足を踏み入れる。
「とはいっても、やっぱり砂丘はいいよな。」
そういうと、みずきがやったように、砂をひとつかみして、3階建てのビルの高
さに匹敵するという、大砂丘を見上げる。
『メルズーガラリー』
アフリカのモロッコで開催されるこのラリーは、10月に開催され、期間は5日だが、総走行距離は3000キロ。そのほとんどが砂丘で構成される、ハードなイベントだ。
ダカールラリーのセレクションの一環としての位置付けもあり、ダカール参加のためのアマチュアライダーが多数参加するイベントでもある。
みずきはダカール参加の資格を得るため、はるとが定めたフェイズ3・・・。をクリアするために、手越を伴ってモロッコにやってきた。
手越は日本から、ドーハを経由して。
みずきはイタリアから。
カサブランカで合流。マラケッシュまで飛び、レンタカーでここまでやってきた。
アフリカは、よくも悪くも、欧米諸国の経済圏なので、VISAのクレジットカードも使えるし、ジュネーブ条約にも加入している国なので、レンタカーを借りて、自分で車両を運転することもできる。
現地にたどり着くまでの費用はかかるが、こういったシステムの恩恵を受けることができるのは、モンゴルとは違うとみずきは感じる。
「今日は休んで、明日はマシンチェックだ。もう、リカルドのチームも来ているようだから、挨拶に行こうか。」
みずきと手越の視線の先には、露天のように、荷台を広げ、パーツや工具が詰め込まれているトラックがあった。
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「どうだい?理解できたか?」
「だめ。まったくチンプンカン。RTF?イリトラック?ウェイポイント?ちっともわかんない!」
明日からスタートするラリーに向け、こういったラリー初参加者のための主催者による講習会から帰ってきたみずきは、早々に手越に泣きついていた。
FIM規格のラリーでは、モンゴルラリーのようにGPSポイントを目指して、マシンも技量も圧倒的なワークスチームが、ゴールやチェックポイントに直行しないように、〈ウェイポイント〉と呼ばれる場所を通過しなければいけないルールがあり、その通過を証明するためのERTFという機器を、主催者から貸与され、マシンに取り付ける。
参加者の安全を確保するための〈イリトラック〉という機器の使い方等、今までのラリーではなかったことを覚えなくてはならない。
メルズーガラリーでは、主催者によるこういった機器の使用講習会があるので、ダカールを目指すライダーには人気が高い。
「そんなもんさ。まあ、明日のプロローグはそれを習熟するための日だし、明日が終わったら、もう一回復習しようか。」
「よ、よろしくお願いします~!」
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「No95!MizukiTanabe! Japan!」
セレモニーゲートを越え、しばらく走ると、すぐにSSのスタートが始まる。
ラリーのスタートでは、いつもはしゃぐみずきだが、今日はおとなしい。
みずきは、今ではすっかり乗り慣れたマシン・・・。KTM450RALLYをプロローグのSS(競技区間)スタートへ向かわせる。
SSのスタートまでも、かなりの斜度の砂丘が続くので、すでにアクセルは全開。
スタック(砂にタイヤが埋まること)しないように、後輪に荷重をかけて、走っていくが、走りにいつものキレがない。
「相当緊張してるみたいだな。」
リカルドは、セレモニーゲートでみずきを見送ったあとサポートトラックの運転席でエアコンを効かせてスタートを見送る手越のところへやってきた。
「まあ、仕方ないさ。昨日もよく寝られなかったみたいだしな。」
「まあ、大丈夫だろう。サルディーニャでの彼女の走りを見たが、みずきは十分、ダカールにも通用するレベルだ。」
リカルドは、肌に直接着ているメッシュベストの胸ポケットからタバコを出すと、手越にも勧める。
受け取り、2人ともタバコに火をつける。
「で、お前のアフリカエコレースの件だがな・・・。」
エアコンを効かせるために、締め切った車内だが、リカルドはかまわず、煙を吐く。
「南米ダカールが終わってから、まったく連絡がなかったから、心配してたんだ。南米完走しても、ちっとも嬉しそうじゃなかったしな。」
外からは、次々にスタートするマシンの爆音が響いてくる。
「まあな。」
リカルドにならい、手越はタバコの煙を遠慮なく吐き出す。
外部循環にセットしたエアコンが、外に煙を吐き出すのが、ファンの音でわかる。
「若い連中がな。」
「すげえんだよ。俺がもう、ふてくされて余生みたいな感じで、なんとなくやってたアタマをひょいひょい越えていくんだよ。」
「みずきと、彼女がよく言ってるハルトってやつのことだな。」
タバコを吸うのに飽きたのか、クーラーボックスからバドワイザーを取り出すと、プルトップを起こす。
「オイオイ、それは・・・・。」
グビッと一口飲み干すリカルドをみて、この後もサポートがあるのに。と視線を手越が送るが、今日は距離も短いし、他の連中もベテランぞろいだし、いざってときは、お前が運転してくれるんだろ・・・。とグビグビとうまそうにビールを飲み干す。
「はるとだけじゃないんだよ、AMAにチャレンジするのもいるし、アメリカから日本に来て、ラリーに出続けてる女の子もいる。」
手越は、タバコをトラックの灰皿にすりこみ、火を消す。
「負けちゃらんねえんだよ、俺も。」
リカルドは、嬉しそうに、外から聞こえるマシンの爆音に負けないくらい、派手にゲップをかました。
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