フェイズ3 メルズーガラリー

第48話 株式会社DAKAR

〈恐竜の谷〉と呼ばれる渓谷の間の台地は、見下ろしている地面より高く、カーキ色の大地を一望できる。

そこに、ラリー関係者数人と、その乗ってきた数台の車両があった。


「お、来たぞ。」


柴田氏の声に、僕は荒野に視線を移す。


僕の視界に、小山のようなスケールの、白と赤にペイントされた、日野レンジャーカミオンが見えてきた。


カミオンの起こすすさまじい埃のなかから、青い車体を駆る、白とピンクのウェアのモトラッドパイロットライダーが現れた。

追い抜きのため、本来のルートを外れたため、上下左右に激しく揺さぶられ、時折、ジャンプをしながら、そのライダーは巨大なカミオンを追い抜いた。


そのまま、本来のルートに戻り、一気に加速して、カミオンを引き離していく。

カミオンのスピードも100KM超えていることを考えると、140KM以上は出ているだろう。


そのまま、カメラを構える僕の横を、サムアップしながら走り抜けていく。


数台のラリー車の通過者のなかに、の通過を確認したところで、チームスタッフに声をかける。


「行きましょうか。」


柴田氏はうなずくと青いピックアップトラックの助手席に乗り込む。

荷台にはフロント周りが大破したktm350exc-fが載っている。

後部座席には、虚ろな瞳でシートに身を沈めるこのマシンのオーナーの姿があった。


「心配するな。俺たちがきっちりウランバートルまで帰してやるからさ。いい機会だと思って、次の出場までの経験値を貯めたらいい。」

そういって、柴田氏がバシバシと彼の肩を叩くと、笑みを浮かべたバット氏が、静かにピックアップをスタートさせた。


ーーーーーーーーーーーーーー


「おそい!チームのボスがライダーより遅くに着いてどーすんのよ!」


「あのさ、俺は君の動画を撮影してネットにUPしたり、いろいろ大変なの。君はゴールしたら終わりだけど、僕はこれからの仕事もあるんだよ。」


今日のステージ、ゴビ砂漠のオアシス「ゾーモット」をスタートして、350KMを走って、またゾーモットに帰って来るループコース。

このくらいの距離ならば、今のみずきは、お昼をちょっとすぎたぐらいでゴールしてしてしまうので、撮影やサポートをしている僕らよりも早くゴールしてしまうこともある。


「そのへんも含めてのマネージャーでしょ!」


そんな会話をしていると、黒いウェアのktmが、僕たちのすぐ脇を砂ぼこりをたてつつ、駆け抜けていった。


「うわああ!ちくしょう!」

「シェリルね!もう、あのコ最近調子乗りすぎ!」


英語で悪態をつきつつ、みずきはシェリルのKTMを追いかけていった。

彼女の着ている長袖Tシャツの背中には、当たり前で陳腐でなんの捻りもないが、ぼくたちにはとてつもなく価値のある言葉が黒いゴシック体で書かれている。


〈PROJECT "DAKAR"〉


ーーーーーーーーーーーーーー


「イラッシャーイマセ!」


店から支給されたワンサイズ小さい制服を、

ピチピチに着こなして、怪しい日本語で接客するヤンキー娘。シェリル・ビックスに迎えられ、僕は席に着いた。


「ナンダ、はるとカ。お客さんかと思って、アイソの無駄遣いしちゃったヨ。」


憮然として、僕は席に着く。

英語で会話するときは、普通の言葉使いになるのだが、日本語で話すときは、変なイントネーションと乱暴な言葉使いになる。


「アメリカに帰ったってシゴトなんかないかラ!」


3年前のモンゴルラリーで大怪我を負い、一度はアメリカに帰った彼女だが、怪我が癒えると、そう言って日本にやってきた。


「コレコレ、お客さんに悪態つかないの。」


あかりさんが、おしぼりと冷水入りのコップを持って僕の前の席に座る。

シェリルがあかりさんが店長を努める店で働きだしてから、もうすぐ2年になる。


「コスプレの店じゃないんだから。」


とみずきに嫌みを言われつつも、調な接客は、それなりに好評で、店の売り上げUPにも貢献しているらしい。


「今日はみんな来るんだよね。」


注文したジンジャーエールを僕の前に置きつつ、あかりさんが言う。


「そうですね。今回のモンゴルラリーの総決算をやりますんで。」


ーーーーーーーーーーーーーー


閉店後、揃った面々を前に僕は話し始める。


「今回のモンゴルラリー、お疲れ様でした。は今回も・・・。」


!挨拶はいいから!まずは乾杯だよ!」


話し始めた僕を遮り、の手越さんが囃し立てる。


「そうだ!そうだ!副社長は固いんだよ!まずは乾杯だよ!乾杯!」


正史がみんなにグラスを配る。


今回のモンゴルラリーは、シェリルの完走。

みずきの2輪部門1桁の順位。

サポートライダー5名完走。1名はリタイヤしてしまったが、こちらで行ったマシン回収により、その後の経費も少なく、リタイヤ後の道中も楽しかったそうで、次回もサポートをたのみたい。と明るい内容のメールが届いている・・・という、大成功のうちに終了した・・・。そんなハナシをしたかったのだが、仕方ない。

僕はため息をつきつつ、PCの電源をいれ、店内のプロジェクターに画像を表示する。


「Ciao!みんな元気!みんなのアイドル、みずきちゃんだよー!」


いきなり、大画面いっぱいに、みずきの顔が映し出されると、会場のスタッフからやんやの声があがる。


「みんなー!聞こえるー!」


こっちの声に答えるように、みずきの後ろからも声援があがり、クラッカーとシャンパンが抜かれる音が聞こえる。


「おー!聞こえてるぞ!」


こっちも負けじと騒ぎ立てる一同。


「あれー?みーちゃん、髪切ったの?」


僕のいる場所からは、画面の陰影で良くわからなかったが、良くみると、あかりさんの言う通り、みずきの髪はボブと言ってもいいくらい、短くなっていた。


「うん、もう、ラリーん時に毎日埃はらうのもうんざりしてたし・・・。」


そういうと、みずきは短くした髪の毛先をくるくるともてあそぶ。


「つらい別れも経験しちゃったしね・・・。」


「ええ!?ちょっとちょっと!はるととみーちゃんって、そこまで進んでたの!えー!えー!」


「おい!みずきを泣かせたら 承知しないっていったよなあ!」


「コノヒトデナシ!」。


僕はもう一度ため息をついて、


「あかりさんも正史もシェリルものらない。みずき!説明!」


「ちぇー。盛り上がるネタを提供してあげたのにいい!」


みずきが髪を切ったのは、別になにがあったわけではなく、タレント活動の一環としてやっていたシャンプーのCMの契約が終了していたからだ。

未だにCM業界では、若い女の子がヘルメットをとると、長い黒髪が流れ落ちる。というベタな演出を求めるクライアント企業が多いそうで、実際にバイクに乗っていて、TVでも顔が売れていて、長い黒髪のみずきはもってこいのキャラクターだった。


元気でスタイルもルックスもよく、弁の立つみずきは、初出場の際のモンゴルラリーの特番といっしょに撮った、モンゴルのクイズ番組と、某公共放送の相撲の特番でも話題になり、数本のCMとバラエティー番組のレポーターを務める等のタレント活動が軌道に乗り、高校卒業後は、モンゴルの時に関わった広告代理店を経由して、タレント活動を行っていた。


「で、みずきちゃん、どうよ、そっちの生活は?」


CMがらみの仕事では、窓口として大いに関わっている柴田氏が、ビヤグラスを片手に、みずきに問いかける。

彼は最初のモンゴルのあと、「エポックメイキングな日々だったよ。」と、勤め先のTV局勤務と並行して、僕たちの業務と、モンゴルの業務の窓口として、活躍してくれている。


「うん!もう、毎日ナンパよ!ってほんとにすごいわ。ちょっと買い物行くだけで、すぐに声かけられるのよ!まあ、悪い気はしないけどね。」


「サルディーニャラリー、モンゴルと来て、次はいよいよメルズーガだろ?かなりハードなんじゃないか?」


「正史こそ、年明けにはアメリカでしょ?準備は進んでるの?」


「だいじょうぶヨ!アタシがきっちりメンドウ見るから!」


以前、言っていた通り、正史はK大に合格。IAにも昇格し、来年からアメリカのMXへの挑戦が決まっている。

アメリカのMXの地区分けは、東海岸と西海岸に分かれている。

シェリルが、東海岸側のレース事情に詳しいということで、来シーズンは正史と共に、東海岸のラウンドにサポートメンバーとして、参加することにになっている。


「頼もしいわね!あたしも、メルズーガでいい成績が出せれば、ダカール出場のセレクション突破も見えてくるし、がんばろうね!」


「おい!リカルド!みずきはどうだ!そっちで迷惑かけてないか?」


みずきの言葉をさえぎって、だいぶ酔いがまわった手越さんが、画面の向こうへ英語で呼びかける。

みずきの肩を抱きつつ、画面に現れたのは、くせっけの短髪で、あごひげを蓄えたいかにもイタリア人という外見の男性だ。


「大丈夫だ!みずきは十分に速いし、タフだよ。ナビゲーションも、サルディーニャを乗りきったんだから、問題ない!」


サルディーニャラリーとは、6月にイタリアのサルディーニャ島で行われるラリーで、ダカールやモンゴルのように荒野を走るわけではなく、日本の林道のようなステージが多いが、国際規格のラリーであり、頻繁に分岐が現れるので、なかなかナビゲーションが難しいと言われているラリーだ。


ダカールラリーは、FIMという組織の傘下で開催されるラリーをそれなりの成績で完走しないと、エントリーを受け付けてもらえない。

そのため、6月にイタリアで開催されるサルディーニャ。アフリカで10月に開催されるメルズーガラリーに参加するため、手越が以前、ダカールに出場したときのイタリアのチームに所属し、マシンづくり、ラリーのノウハウを身をもって学びつつ、トレーニングの一環として、イタリアのエンデューロレースにも出場している。


「みずきのことはまかせてくれ。メルズーガを完走したら、次はダカールだろ。ダカール完走をチーム一同、楽しみにしてる!」


リカルドがそういうと、後ろから歓声があがる。


「ほんとに、あのコはどこに行っても人気者だな。」


手越さんがそういうと、


「そうね、ほんとに太陽みたいなコ・・・。」


あかりさんもそれを受けて答える。


モンゴルでも感じたが、みずきはどこに行っても、話題の中心になり、人を引き付ける。

これだけの人たちを集めて、いろいろなコトをさせる田辺みずきという女の子を改めてすごいと集まったスタッフの顔を見て感じる。


「あ、そうだ、手越。」


「なんだ、リカルド。」


「こないだ、連絡貰った件はOKだ。お前ならなんの問題もなく、エントリーできると思うし、マシンも任せておけ。いろいろ話したいから、一回こっちに来いよ、待ってるぞ。」


リカルドからの言葉を聞いて、若干焦った表情になった手越は、


「ああ、わかった!その話はあとでな・・・。」


「連絡貰った件・・・?」


僕は手越さんに、問いかける。


「うん。あとではるとには話すから、あとでな。」


そういうと、手越さんは、乾杯を際限なく繰り返す宴へ入っていく。


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「これからハードかもしれないけど、頑張れよ。困ってることがあったら、すぐに連絡してくれ。」


プロジェクターの画像を切り、PCの画面に映ったみずきに僕は話しかける。


「うん、ありがとう、はると。ここまで来ちゃったね・・・。」


しおらしくみずきは話す。


「うん、フェイズ3だ。この次はいよいよダカールだ。」


「はるとがいなかったら、夢をかなえること、できなかった。ほんとに感謝してる。」


「なに言ってるんだ。一度もリタイアせずに、ここまで来たんだ。みずきががんばったからだ。」


この3年間。みずきはバイクに乗っていただけではない。


並行して、モンゴルラリーに参加するアマチュアのためのマシンサポート、現地でのサポート。車両の手配。なによりリタイヤした際のリカバリー等を請け負うラリーマネジメントの業務。

そして、なにより、みずきをダカールラリーへ送りこむための事務所兼会社。


<株式会社ダカール>


その会社の広告塔として、みずきはTVやCMに積極的に出演し、業務の一環を担ってきた。

彼女いわく、タレント活動は「性に合ってる」そうだが、あいかわらずの「女の子がバイク?」、「若い女のコが大きなバイクで砂漠を走るなんてあぶなくないの?」等のテンプレ偏見を身を持って受け止めてきた年月だった。


いやなこともあっただろうし、僕自身も、こういった進め方で本当によかったんだろうか?という自問自答で落ち込んでいるときも、彼女は明るい笑顔で、僕やスタッフの背中を押してくれた。


しかも、参加したラリーは全て完走しているのだ。

スタート前のセルフマネジメント。ラリー中は決して無理をしない走りはもちろん、最近ではナビゲーションもよくなり、自己研鑽の一環として国内ラリーの4輪のナビゲーターもやることもある。

ナビが正確ということはもちろん、細かいドライバーへの気づかいが出来ること。明るい前向きな性格で、ドライバーをサポートする姿勢が好評だ。


「メルズーガが終わったら、一度日本に帰るから、ゆっくり話そう。」


「うん、楽しみに待ってる。」


そういって、僕はZOOMの画面を切った。

























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