第47話 パレード

ラリー最終日は、昨日までの悪天候とはうって変わり、快晴の朝を迎えた。

悪天候による路面の状況から、最後のSSはキャンセルとなり、あとはウランバートルまでのリエゾンを残すのみとなった。


「この場にたどり着いた皆さんに敬意を表します。」


悪天候の中、ゴールした全エントラトへの、ボスの言葉でブリーフィングは始まった。


「大丈夫か?」


僕の横に座ってライディングウェアを着て、スタート準備万端なみずきに声をかける。


「大丈夫よ。」


あくびを噛み殺しながら、みずきは答える。


「昨日は丸一日寝かせてもらったしね。はるとと手越さんは大丈夫?」


昨日のステージはキャンセルとなったため、ライダーは一日休むことができたが、僕と手越さんは傷んだマシンを直すのにほぼ丸一日作業していた。


「まあね。でも、今日は舗装路だけだし、クルマの中では寝ていられるだろうしね。」


「そこ!最終日だからって気を抜かない!まだ、ラリーは終わってないんだよ」


ボスに変わって、今日のルート説明を始めた厚田さんに怒られた。


「はあ〜いセンセイ!」


おどけたみずきの返答に、エントラトから笑いが起きる。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


今日の行程はウランバートルまでの328.5キロ。

ゴールには全員で一緒にゴールすることになっているので、集合地点までは制限時間までにたどりつけばいいことになっているため、準備ができたものから、随時スタートしていく。


「じゃあ、行くね。」


準備が済んだみずきがスタート前に僕に声をかける。


「ああ、気をつけてな。」


みずきの450Rallyは快晴の下、スタートしていく。


ーーーーーーーーーーーーーー


スタッフとサポートカーの駐車場に行くと、昨日の雹でボディーがボコボコになったピックアップの傍らに昨日の功労者二人がいた。


「シバタ、約束通り飲みに行くぞ。ゴールしたら、ウォッカでもビールでも奢ってやる。」


柴田氏は昨日からコーラを飲みたい、ビールを飲みたい、と騒いでいたそうだが、怪我にさわるからといって、飲ませてもらえなかったらしい。


「いや、バット。勘弁してくれ。それより、病院だろ!病院!腕は痛えし、脚も肋骨もガタガタだよ。」


柴田氏のハナシを聞くと、バット氏は両手を上げて僕に視線を移す。


「というわけだ。悪いが前に言った、飲みに行く約束は今度にしよう。」


そう言って、ピックアップに乗り込むと、痛い、痛いと叫ぶ柴田に言う。


「ああ、わかった。わかった。俺の家に一旦行こう。着替えと荷物を整理したら俺の勤めている病院に連れてってやる。」


僕はしんどそうにピックアップのドアを閉めようとする柴田氏を手伝ってやる


「コバヤシ。」


「何?」


「前に言ったのは撤回だ。」


バット氏もピックアップに乗り込み、エンジンをかける。


「コイツはな。」


そう言いながら、柴田氏のアタマをこづいた。


「漢だよ。」


ピックアップの扉が閉まり、ウィンドウから、太い腕が振られた。


「じゃあな。」


ラリー中とはうって変わり、同乗者をいたわるように、ゆっくりとピックアップは発進する。

その荷台には、柴田氏の勇敢さの証である、あちこちが破損したKTM690が乗っていた。


ーーーーーーーーーー


ゴールのチンギス・ハーンホテルの前は、ゴールしたラリーカーが並び、すでに仮表彰式が始まっていた。

僕らのサポートカーは、市内の渋滞に巻き込まれ、エントラントからは大幅に遅れて、到着した。

ホテル前の広場に据え付けられた表彰台の廻りを大観衆が取り囲み、完走者は1人1人、フィニッシャーメダルを首にかけられ、マイクに向かって、完走の喜びを語っている。


ラリーカー一同は集合地点から、パトカーの先導でコンボイで移動。

ウランバートル市内に入ると、大げさでばなく、みずきいわく、「すべてを蹴散らすパレードで」一直線にゴールしたそうだ。


僕たちが到着したときは、みずきが壇上に上がっており、テレビカメラに向かってインタビューを受けていた。

僕たちに気づくと、Vサインをこちらに投げ、それを受けて、カメラもこちらに向いた。

とりあえず、みずきがゴールできたことに安堵し、手越さんと握手を交わす。


ーーーーーーーーーーー


そんな歓喜の輪からちょっと離れたところに、スタートのときに、知り合いになった日本人エントラントの一団がいた。

ライディングウェアのままの者もいるし、泥水でも被ったのか、茶色く汚れたTシャツ姿の者もいる。

ラリー最後尾を走り、マシントラブル等で競技続行ができなくなった参加者を乗せる通称「Zトラック」ラリーの最後尾を走るカミオンバレーに乗って来た一団だ。

歓喜に沸く完走者とは違い、疲れきった表情の彼らからは、焦燥感が感じられる。


「お疲れ様です。大丈夫ですか?」


一団のなかの1人。スズキで参加していた、モンゴルラリーベテランのO氏に声をかける。


「ああ、体は大丈夫だ。ボクのバイクは、Zトラックで運んでもらったから、あとでコンテナに入れればいいんだけど・・・。」


O氏の視線の先には、心底疲れた表情のエントラントがいた。


「彼は大変だよ。おとといの悪天候のなか、走ってたんだけど、雨で体が冷えてやばかったんで、ゲルで休ませてもらったそうなんだが・・・。」


O氏は労るような視線を彼に向けると、続ける。


「衛星電話でZトラックに来てもらって救助はされたんだが、荷台がいっぱいでバイクが積めなくて、そのゲルに置きっぱなしなんだ。」


その大変さの意味を僕は理解する。

このラリーでは、リタイヤしたら、基本的にラリーからは離脱しなければならない。


シェリルのように大怪我をした場合は、病院に直行するし、運が良ければ、今回のように車両はピックアップで運んでもらうこともできるが、公式には、リタイヤした場合は、自分の力でウランバートルまで戻り、バイクを回収する必要がある。


ラリー参加車両はカルネと呼ばれる、関税のかからない、いわば期間限定持ち込みのような手続きでモンゴルに持ち込んでいるが、特定の期限が過ぎてしまうと、高額の関税がかかってしまうので、とにかく車両を日本に持ち帰らなければいけないのだ。


創世記のパリダカでは、としたほうが、安くつくので、砂漠の真ん中でマシンに火を放って、放置した。なんて話があったそうだが、現在のモンゴルで、そんな荒っぽいことができるかは疑問だ。


言葉も通じない国で、業者と交渉し、300KM以上離れたところにあるゲルまで行き、またウランバートルまで戻ってくる。なんてことは想像を絶する大変さだ。


「このラリーはさ、完走するのも大変だけど、リタイヤしちゃうと、それからが本当に大変なんだ・・・・。」


O氏は、このラリーの参戦経験が豊富で、数回リタイヤしている。

一度、休息日のゾーモット・・・。ウランバートルから一番遠く、無人の荒野でリタイヤした時は、怪我人続出だったそうでバイクどころか、自身もカミオンには乗れず、そこから自力でウランバートルまで帰らなければいけない状況になり、数人のリタイヤ者と、大冒険の末、ウランバートルまで戻ってきた・・・。とラリー中に笑い話で聞いていたが、今、その話を思い出すと、背筋がぞっとする。


歓喜に湧く完走者たちだが、彼らも、一歩間違えれば、彼のような絶望的な状況になっていたかもしれないのだ。


「まあ、ボクが以前、車両をひきとってもらった業者を彼に紹介はするんだけどね。そのゲルまでは300KM以上あるし、ボクもそんなに余裕がないから、ついてってあげることも難しいしね・・・」。


エントラントに気遣うような視線を向け、O氏は続ける。


「カレ、チームで出てたんだけど、他のコたちは完走したのがうれしいのか、ちっともカレの手伝いをしないんだよ。自分達が嬉しいのはわかるけど、もう少し気を使ってあげてもいいと思うんだけどね。」


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「また、なんか考えてるな。」


一団が立ち去り、立ち尽くす僕に、手越さんが声をかけてきた。


「ええ、せっかく長い準備をして、モンゴルでラリーにチャレンジできたのに、ああいう終わり方って、残念ですよね。せっかくのラリーも、モンゴルもいやな思い出になってしまう・・・・。」


O氏を交えて厚田さんと話している、リタイヤしたエントラント達を眺めつつ、手越さんは言う。


「まあ、そういってもさ、しょうがないんだよ。ラリーってのはそういうもんだし、モンゴルって国はね。」


僕たちもだが、柴田氏も含め、メカニックやチームメイトのラリー中の移動の車両は、すべてモンゴル人のスタッフやモンゴルチームのサポートチームの相乗り、という形態になっていた。

モンゴルという国は、日本で発行される国際免許で運転が許可される<ジュネーブ条約>に加入していない。

だから、日本人が国際免許で、モンゴル国内を公式に車両を運転することはできない。


ラリー参加者は、<警察の偉い人の名前と文言が書かれた書面>を持って走り、交通トラブルが起きたときは、それを警察官に見せるように・・・・。とはなはだファジイな形態でラリーを走っている。

さらに、モンゴルには、レンタカーというシステムがないので(~2013年頃の設定です。)日本人が車両を借りて、運転することもできず、車両に関しては、手配も運転も、モンゴル人に頼らなければいけないので、リタイヤを見越して、日本人チームで車両を借りてサポートをする。ということもできない。


つまり、トラブルやリタイヤに関しては、完全に<出たとこ勝負>で、準備をすることもできないし、その都度その都度対処しなければいけない。


「なんか、いい方法はないかな・・・。」


歓喜に湧く、完走したエントラントとリタイヤして意気消沈しているグループを交互に見つめながら、僕は考える・・・・。




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