第45話 爆走

「畜生、畜生!なんでこんなことに!なんで!」


砂の路面はとにかく走りづらい。

ちょっとアクセルを戻すだけで、前輪が埋まりスピード落ちる。

まだ、5キロも走っていないのに、腕はしびれ、尻が痛い。

何度も砂に前輪が埋まって、マシンは止まり、その都度、車高の高いシートのKTMでは足がつかず、立ちごけする。

今日までの行程でそれなりに傷んでいたバイクだが、度重なる転倒で、あちこち傷が増える。

ハンドガードを始めとした、強固に固定されたガード類で、走行に影響はないが、柴田の心は折れ始めている。


「くそう!」


座ったまま走っていると、とてもまとも走れないことに気づいた柴田は、数十回の転倒の後、ラリー中に見た、立って乗る乗り方。スタンディングポジションを試してみることにした。


「モノマネでも何でもいいか。やってみるか。」


「お?これは?!」


立ち上がってみると、ステップに荷重がかかるせいか、座って乗るよりも安定している気がする。

安定しているということは・・・。


柴田はアクセルを若干、大きめに引き絞ってみる。


「おおお!これは行けるんじゃないか?」


アクセルを大きく開けて、速度が乗って来ると、前輪が若干浮いた状態になり、砂地でも安定して走ることができることに柴田は気づいた。

若干、腰を引いた、なかなかよい姿勢を見つけることができた。

スピードメーターを見ると、50という表示。アメリカ仕様のマシンなので、マイル表示だったことに気づき、時速に換算すると、時速80キロの速度で巡航していることに気づく。

そして、とにかく方向転換をしないで、まっすぐ走ることも砂を走るコツだと気づいた。

多少ギャップがあろうが、草があろうが、突き進んだほうが安定する。


「こりゃすごい!」


スピードを上げれば上げるほど、ラリー仕様に固められたサスペンションは、しっかり仕事をし、アクセルを開けた分だけ、柴田を前に運んでくれる。

真っ平らな荒野を一人バイクで駆け抜けていく。

自分で操るメカで、自在に荒野をかける快感に、柴田は酔う。

ここ数日の憂鬱だった日々をすっ飛ばすくらい、気持ちがいい。


元々、柴田は体を動かすことが好きだった。

足を怪我する前は、高校時代はバスケットボールのレギュラーだったし、社会人になってからも、ジム通いを続けている。

運動神経は悪くないつもりだ。


「うん。この調子なら、行ける!!


GPSを見ると、残りの距離は20キロを切っている。


「よし!」


さらに、アクセルを開けたとき、柴田の体はマシンから離れ、宙を舞っていた。


ーーーーーーーーーーー


なんの変哲もない、草の塊。

今までのように、一気に乗り越えようとしたとき、いきなり前輪が止まり、前輪を軸にしてKTM690は縦方向に回転して、柴田を前方に、ぶん投げた。

宙を舞いながら、柴田は、数回回転して、縦方向に転がるマシンをスローモーションのように見下す。


これは現実なのかと短い時間での数回の思考の後、柴田の体は地面に叩きつけられた。


「ぐ、ぐふうう。」


柴田は仰向けに地面に叩きつけられ、

2、3度バウンドした。


「うううう!」


背中を強く打ったせいか、息ができない。


「ぐ、ぐ、ぐはああああ!?」


時速80キロの速度で転倒したのだ。

今までの立ちごけとはダメージが違う。

呼吸ができない苦しさと、プロテクターなしで地面に強打した膝と肘からも鈍痛が襲ってくる。


「おお!く、くそう!」


さっきまでの爽快な気分は消え失せ、再び、絶望と焦燥感が襲ってくる。

ふと、このまま、なにもかもほったらかしてしまえばいいんじゃないか?という考えが柴田のアタマをよぎる。


あのクソ生意気な若造ももう知らない


あのモンゴル人も知ったことか。


あのプロデューサーとももう、会わなければいい。


あの金髪の女の子も・・・・。


「・・・・。」


柴田は全身の痛みを振り払うように立ち上がる。

一度、ヘルメットを脱ぎ、顔を手でこする。

膝が傷んで、まっすぐ立てないので、中腰で体を起こし、ゆっくりとマシンに向かう。


さっき、引っかかった草の塊を足で突いてみる。

それはキャメルグラスと呼ばれる、根元まで硬い、岩のような草だった。

4輪もこれにひっかかると、サスペンションを壊す車両があるほどだ。


KTMを引き起こそうとするが、重い。

2度、3度とやってみて、ようやく起こすことができた。

ハンドルに装着されているGPSは無事だが、マップホルダー等のナビゲーション機器はほぼ潰れている。

フロントカウルは全壊し、かろうじてついているような状態だ。


もう、なにも考えない。

とにかく、街に行くんだ。

あの子を助けるんだ。諸々の恨み言は、そのあとだ。


柴田はセルボタンを押して、エンジンをかけ、再び走り出す。


ーーーーーーーーーーーー


「おい!あんた大丈夫か!?」


町の外れのガソリンスタンドのオーナーは、全身泥まみれの尋常じゃない状態で、店の前で転倒したオートバイの男に声をかける。


ヘルメットは傷だらけで、着ている服もボロボロだ。

バイクは、おそらく金のかかった仕様だったろうに、プラスチックパーツのほとんどがちぎれ、シートもボロボロだ。


「電話だ!・・・携帯電話!」


聞いたことのない言葉で話す男を、とにかく、スタンドの建物に連れて行き、ソファに座らせる。


男は店の簡素なソファーに身を預けると、弱々しい呼吸を繰り返しつつ、真っ青に腫れ上がった右手をジャケットのポケットに突っ込み、携帯電話を取り出すと話し始める。


「事故です!重大事故だ!死んじまう!・・・。 ・・・そうだ!ナンバー20の女の子だ!GPSポイントは・・・・。」


男は紙片の数字を読み上げる。


「早く、早くしてくれ!・・・・いいから!俺のことはいいから!早く救助を・・・!」


「お、おいあんた!おい!」


男はそのまま気を失った。


ーーーーーーーーーーーー


ゴゴゴ・・・・!


「?!」


雷鳴と光で、柴田は目を覚ます。


「あの子は大丈夫だ。ドクターを連れた救助ヘリが連れて行った。」


柴田の横たわっているソファとテーブルを挟んで座っていたドライバーは、タバコの火を消し、見たことのないラベルの貼られた清涼飲料水のペットボトルを柴田にわたす。

口をつけるが、口の中が切れていて、うまく飲めない。


「間一髪だった。お前がもう少し遅かったら、豪雨でヘリが飛べず、あの子は死んだだろう。」


相変わらず無表情で、淡々とドライバーは話す。


「お前のおかげで、あの子は助かった。」


彼は立ち上がり、柴田の横たわっているソファの脇に歩み寄り、膝をついた。


「バッドボルト・エマーソンだ。」


ワークグローブを外すと、無表情で右手を差し出す。

柴田もソファから身を起こし、右手をさしだそうとするが、簡易的なギプスで固められていることに気がつく。


「あんたがやってくれたのか?」


バッドボルトは、改めて左手を差し出す。


「・・・俺は、左利きなんだ。」


ずっと無表情だったバッドボルトが、ちょっとはにかんだように見えた。


「・・・柴田康介だ。」


左手で握手を交わす。

2人は5日めにして、初めてお互いの名前を知った











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