第44話 エマージェンシー

結局、翌日のステージはキャンセルとなることが、午前2時ごろに発表された。

明日のステージがキャンセルされたことで、スタッフたちは明後日のステージの準備と、何より、未着者の現在位置把握。エントラントの状況によっては、サーチ&レスキューの段取りをつけていく。


一昔前はこういった事態になると、行方不明者の捜索をスタッフが、実際に車両で走って行っていたそうだが、携行が義務付けられている衛星電話とGPSで、ほとんどのエントラントから連絡が入り、現状を知らせてくる。

現在地もGPSポイントを知らせてくるので、正確に把握出来る。


明日のステージはキャンセルになったので、自走で、明後日の朝までに、ビバークにたどりつければ、ラリーを続けられる。


ただ、転倒等で、命の危険になるようなアクシデントが起きた場合は、緊急ヘリが飛来し、エントランスを迅速に病院へ搬送する。


「で、シェリルの具合はどうなんですか?」


インフォメーションが貼ってある食堂で、厚田氏を見つけて、聞いてみる。


「ああ、転倒して、結構な怪我らしいけど、無事だよ。詳しいことは、」


そう言って、彼はカウンターの向こうを指差す。


「彼らに聞いてみるといい。」


そこには、泥まみれの服装の男が二人、顔に帽子をかけて、横になっている。


そのうちの一人は。


「・・・柴田さん!?」


ディレクターの柴田氏だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


キャビンの中まで荷物満載のピックアップの車内は重苦しい雰囲気だった。

とはいえ、自分とドライバーのモンゴル人しかいないわけだが。


テレビ局のディレクター、柴田は、ゾーモットで起こした騒動の気まずさから、ドライバーと目を合わさないで済むように、後部座席に座っている。

相変わらず揺れる車内は、足を踏ん張って、グリップをしっかり握っていないと、いやというほど、アタマを天井に打ち付けてしまうので、気が抜けない。

しかも、今日も朝の6時から、十時間以上走りっぱなしだ。

膝と、さっきぶつけたアタマが痛い。

こんな状況に自分を追い込んだプロデューサーへの怒りが日に日に募ってくる。


「帰ったら、絶対に辞表を叩きつけて本社に帰る。本社採用の自分を甘くみたあいつに、復讐してやる・・・・。」


あと3日だ。あと3日耐えればいいんだ。


いつものように、そんな恨みつらみを思考していると、いきなりクルマが止まった。

柴田はすかさず、荷物を押しのけ、クルマを降りる準備をする。

この短い時間で、小用と、少しでも水分補給と食事をしないと身がもたない。

ここ数日で身につけたルーチンだが、今日はちょっと違った。


クルマを降りると、モンゴル人ドライバーは、ちょっと考え込むように周囲を見回したあと、歩き始めた。


大きい方か?と目をそらして、自分も所用をしようと、反対方向へ歩き出す。


「ヒューイ!」


背後から口笛が聞こえた。

振り返ると、小山のような体格のドライバー氏が、こっちに向かって両手を振っている。


「Come!ComeHere!」


いつもは無口なドライバー氏が、大声でこちらを呼んでいる。


「なんだ?」

ノロノロとそっちへ向かうと


「hurry!hurryUp!」


さらに大声で急かされる。


「なんだ?一体?」


初めて見る、モンゴル人ドライバーの尋常じゃない様子に、駆け足で向かう。


「おいおい、どうなってるんだ?」


駆け寄った先は2mほどの崖になっていた。

その向こう側にオレンジ色のオートバイ。そこから数メートル離れたところに、ヘルメットを半分ほど砂の路面にめり込ませて、倒れているライダーがいた。


「なんだコレ?どうなってるんだ」


「accident・・・。   

    veryimportant・・・。」


「アンタ、英語話せるのか?」


あたりまえのように、英語でつぶやく彼に、柴田も英語で返す。


「ここはルートじゃないから、こいつはミスコースして、GPSをあてにして走ってたんだろう。それで、この崖に気づかないで突っ込んだ。」


柴田の質問に答えず、ドライバーはライダーの状態を調べつつ、英語でつぶやく。


「あれだけオートバイと離れてるん

だ。相当のスピードで突っ込んだんだろう。」


彼はゆっくりとライダーを上向きに起こす。

ヘルメットのバイザーは吹き飛び、ヘルメットからは、鮮血が滴っている。


「こ、これやばいだろう!早く救急車!いや、クルマに乗せて、病院へ運ばないと。」


「アタマから突っ込んだようだから、頸椎に損傷があるかもしれない。内蔵も痛めているかもしれない、やばいかもな。」


嘘だろう?


「じゃ、じゃあどうすればいいんだ?このままじゃ死んじゃうんだろ!どうすれば?」


Calm down落ち着け!」


ドライバーはそう言うと、屈強な両腕で柴田の肩を掴み、じっと両目を見据えた。


「落ち着け。いいか、クルマに戻って、寝袋とタオル。エマージェンシーブラケットを持ってきてくれ。あと、荷台にグリーンの箱があるから、それを頼む。」


柴田はウンウン。とうなずくと、クルマに、戻り、言われたものをかき集め、ドライバーの脇に置く。


ドライバーはネックブレイスを外し、柴田が持ってきた緑色の箱のフタを開ける。


「あんた、医者なのか?」


箱の中には包帯、様々なアンプルや薬品らしきビンが入っていた。


「まあな。」


ドライバーは箱の中から、刃先が丸いハサミを取り出す。


「本職は医者だが、長老に頼まれて、このラリーの手伝いもしてる。」


ヘルメットのあごひもをハサミで切断すると、emergency use only と書かれているオレンジ色のタブを引き出す。

黒いプラスチックのパーツと、顎を固定していたスポンジが抜けた。


「よし、ヘルメットを脱がせるぞ。頭を固定していてくれ。」


そういうと、首の後ろに手を入れ、頭を浮かす。


「ヘルメットを脱がせてくれ。ゆっくりと、揺らさないように。」


柴田はエマージェンシータブの取り外しにより、顎とほおの部分の固定が外れたヘルメットをゆっくりと引き抜きにかかる。


「・・・ゆっくりだぞ。頸椎が損傷したら、コイツに障害が残る・・・。」


冷や汗をかきながら、ゆっくりと、慎重にヘルメットを引き抜く。

ヘルメットから金髪がこぼれる。


「よし、上出来だ。寝袋を広げて、2つに折って、頭の下に入れろ。」


柴田は言われた通りにする。


「あ、この子は・・・。」


倒れているライダーは、あのシェリルとかいう、アメリカ人女性ライダーだった。

顔色は青白く、呼吸は弱々しい。

口元には多量の鮮血が乾いて張り付いている。


「アクシデントから1時間ってところか・・・。」


時計を見ながら、ドライバーは言う。


「ど、どうするんだ?そうだ、クルマに積んで、早く病院に運ばないと!」


シェリルの横に座りこんで、処置を行いながら、ドライバー氏は答える


「だめだな。アタマから砂に突っ込んだから、頸椎に損傷があるかもしれない。頭を打っているから脳も。腹もハンドルで打ってるみたいだ。

揺れるクルマで運んだら、この子は死ぬだろう。」


「じゃ、じゃあどうするんだよ。そうだ!ヘリコプターだ!重症者はヘリで運んでくれるんだろう!」


「それがだな。」


ドライバー氏は、衛星電話のディスプレイを柴田に見せて言う。


「さっきから衛星電話が電波を拾わない。救護ヘリを呼べないんだ。」


衛星電話は近くに基地局がなくても、通話が出来るものだが、天候や、その時の衛星の位置によって、電波を拾えないこともある。


「じゃあ、どうするんだ?どうするんだよ!」


慌てる柴田に、ドライバーは顎で数メートル先に転がるKTMを指し示す。


「あんたがやるんだ。あれでな。」



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