第40話 渓谷

ゾーモットの休息日の翌日は、短い距離の砂丘超えがある以外、比較的大きな難所もなく、みずきもシェリルも無事ゴールした。


柴田氏は相変わらずだが、ドライバー氏とはなんとかやっているらしい。


昨日の宿はゲルではなく、1棟に5つ程度のベッドのあるツーリストキャンプ。

いつものスタートゲートの後ろには、サハラ砂漠のような大砂丘が広がる、結構な観光地だ。


僕はスタートゲートから20分ほど歩き、轍が右にターンする土漠でカメラを構える。


トップのモンゴル人選手が通過してから、数台あとに、青いKTMのみずきが現れた。

なるべく砂丘がフレームに入るよう、姿勢を低くして撮影する。

みずきはスタンディングしたまま右ターンを華麗にクリアしていく。

こちらの意図をわかってくれているのか、いつもの派手なパフォーマンスせずに、通過していった。


その後、黒いジャケットに、オレンジ色のモトパンを履いたライダー・・・。カーナンバー20。KTM690を駆るシェリル・ビックスがやってきた。


ついでに彼女も撮影しようと、カメラを構え、再び姿勢を低くする・・・。


〈バババ!!!〉


「うわああ!」


シェリルはターンしたついでに、思いっきりアクセルを開け、僕に盛大に砂塵を浴びせていった。

姿勢を低くしていたからたまらない。

頭から黄色い砂を思いっきり被ってしまった。


「くっそお ! お調子モンのヤンキー娘め!」


走り去った方向に目を向けると、彼女が振り返りつつ、左手を振って走り去る姿が見えた


「今日のビバークでとっちめてやる!覚えてろ!」


頭まで被ってしまった砂を払い、砂塵の向こうへ走り去ったシェリルに悪態をつく。


ーーーーーーーー


「I,m at a loss・・・。」


アメリカ人ライダー、シェリル・ビックスは、愛車、KTM690にまたがって、途方に暮れていた、


1時間ほど前、ナビがあまり得意でない彼女は、スタートから200KMほど走ったところで、ルートブックと周りの状況が合っていないことに気づいた。

コマ図とルートが整合していないのはわかっていたが、力強く刻まれた轍を追っかけてきたのだが、その轍もあちこちに分散してしまい、どれが正しいルートか、もはやわからなくなっていた。


ミスコースに気づいた彼女は、「いつものように」ほかのラリーカーの姿を探す。すると、進行方向右手側に、砂埃りを見つけた。

すかさず、後を追い、後方に付く。ゼッケンナンバーから、ゾーモットで知り合った日本人ライダーとわかる。


「I,m lucky!」


日本人参加者は基本、ナビが正確なので、ほぼミスコースはない。


「迷ったら日本人参加者について行け。彼らは慎重だから、めったにミスコースしない。」


アメリカで開催されたラリー。〈ネバダラリー〉に参加経験のあるライダーは、そう教えてくれ、シェリルはその教えを忠実に守り、今日まで生き残ってきた。


「とはいえ、そろそろナビも覚えなきゃだめね・・・。」


そんな話をした自分にはこう言った。


「いいか、シェリル。そういう走り方をするのもひとつの選択肢であるし、完走するためのひとつの手段でもあるけど、それで、君はラリーを走ったって言えるのかい?」


初対面の相手にずけずけと正論を述べるアイツの姿を思い出しつつ、前の砂埃を追う。

ルートは渓谷のような「枯れ川」に入っていく。


「・・・勝手なこと言ってくれちゃって。まあ、いいわ。今日のビバークで、もうちょっとからかってやろうかしらね。」


今日の朝、砂埃をひっかけてやった、生意気なアイツのカオを思い出す。

弁はやたらと立つが、アタシの水着姿にあきらかに動揺していたくせに。と考えていると、前を行く黄色と白の車体が止まった。

前のライダーは周囲を見回すと、ナビゲーションタワーに取り付けられた、GPSを操作している。


「WHAT?」


KTMから降りて、彼のところへ駆け寄る。


「うーん、さっきの渓谷に入るところで間違えたみたいだな。ここ、ルートじゃないや。」


彼はGPSを操作しつつ、そう言うが、日本語で言っているので、シェリルにはよくわからない。


「MissCourse?」


彼はうなずく。


「どうやらそうみたいだ。GPSポイントが近いみたいだから、僕は直接向かうよ。」


そう言うと、彼はそのまま、白と黄色の車体・・・。ハスクバーナを発進させた。


「!!!HeY!Wait!」


KTMとは違う、軽快な排気音を響かせ、彼は行ってしまった。

日本語で言われたので、何を言っているかわからなかったし、ミスコースしたと言っていたのに、そのまま直進してしまうとは・・・。


「もう!なによ!ミスコースじゃないの?」


車体は見えなくなってしまったが、とりあえず、残された轍を追いかけてみる。

前を走るライダーは、かなりペースが速いようで、すでに姿は見えない。ミスコース後であるので、ロードマップの位置もわからないので、現在地もまったくわからない。

轍を見失ったら終わり・・・。とシェリルは必死に轍を追いかけていく。


しかし、


「なによこれ・・・。」


必死に追いかけていった轍は、いきなり消え去っていた。


消え去っていた。というよりも、2mぐらいの幅の“クレバス”の向こう側に続いている。

路面は砂質で柔らかく、さっきの枯れ川・・・。に水があったとき、そこから流れた水が、このクレバスを作ったらしい。

軽量なモトクロッサーならともかく、この幅のクレバスを跳び越すには、ラリー装備の彼女のバイクでは難しい。

深さも2mくらいあるので、一回下に降ろして持ち上げる。というのも難しそうだ。


「ここを飛んでったの・・・。」


あとから聞いた話では、このハスクバーナのライダーは、アクションライディングの専門家で、マシンもかなり軽量なつくりになっていたので、こういった難所も飛び越していくぐらいの技量があったらしい。


途方に暮れて周囲を見廻すが、クレバスは、かなり遠くまで続いており、再び、さっきのような渓谷のなかに続いている。

入り込んだら、また迷路のようなルートに迷い込んでしまう可能性もあった。


GPSを確認してみると、このクレバスの向こうにGPSポイントがあるようだが、渓谷の方向は進行方向「右斜め後ろ」になるので、かなり遠回りになる。

しかも、この渓谷が本ルートや、どこかのGPSポイントまで続いているとは限らないし、行き止まりになっている可能性もある。


「でも、しょうがないわよね・・・。」


シェリルは、アクセルターンでKTMのフロントタイヤを渓谷の方に向ける。


「ここからは出たとこ勝負ってわけか・・・。」


ちょっとアクセルを緩めると沈んでしまいそうな砂の路面をかき分けるように、シェリルのKTMは渓谷に入っていった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る