第41話 お騒がせしました。

ゾーモット以降、モンゴルという国のイメージ通りの草原を走るステージが多くなってきたが、その分、ミスコースが増える。

比較的、安定したナビゲーションを続けていたみずきだが、彼女もまたルートを見失っていた。


「おっかしいわねえ?轍をトレースしてきたから、間違いはないと思うんだけど?」


2コマ前までのポイントまでは完ぺきだった。

ただ、次に現れるはずの、Y字の分岐がいつまでたっても現れない。

轍の分岐と、ルートブックの数値が合わない。


マシンをとめて、周囲を見回すと、数十本の轍の真ん中にみずきはいた。

こういった草原には、基本的に「道」はなく、前走者が走った轍がそのまま道になるため、それぞれの車両好き勝手に走った結果、幅数キロにわたる数十本の轍ルートができあがる。


メインルートの轍を走っていればよいが、一番端の轍を走っていた場合と、まんなかの轍を走っていたのでは、全然状況が異なる

一番端が、ゆるやかに左に行っていて、真ん中の轍が、まっすぐに進んでいた場合に、〈真ん中の轍が正式ルートで、自分が一番左の轍〉を走っていた場合は、ルートブックの通りには走ることができない。


草原地帯のような広大なルートを走る場合は、気を付けなくてはいけないポイントだ。


「なるほど、こういうことか。」


この話は手越から聞いていたので、本ルートを探すのはあきらめ、次のGPSポイントに直行することにした。

GPSを、次のGPSポイントに直行するモードに切り替える。

GPSのデイスプレイには、次のGPSポイントへのルートを示す矢印と、距離数が表示される。


轍の群れから外れ、轍一本ない、草原の中へマシンを進める。まるで、新雪を踏みしめるように、草の海を進んでいく。

ちょっと灯油のような、この国の草特有のにおいがみずきの鼻孔をくすぐる。


しばらく進んでいくと、新雪ならぬ新緑?のなかに、轍が何本も現れ、一方に向かって集まり始めた。

どうやら、あの巨大轍群でミスコースしたライダーたちが、みずきと同様に、GPSポイントを目指しているようだ。


「みんな、GPSポイントに向かってるのね、このルートでまちがいなさそう。」


安堵したみずきの視界に、白いゲルが現れた。たくさんの轍はゲルの脇を通り抜けている。


そのゲルから、茶色いなにかがこちらに向かってくるのが見えた、どうやら、ゲルで飼われている犬らしい。


「おー!ワンちゃんだ、かわいいな。」


こっちに向かってくる犬だが、近づくにつれ、その形相が日本で見る犬の愛くるしい表情とはかけ離れていることに気づく。

とっさに、犬から離れるルートに方向転換するが、すさまじい形相の犬の牙とKTMの進路が一瞬交錯する。


「ガウウー!ワン!ガオ!」


みずきと進路が重なった瞬間、犬はみずきのブーツに襲い掛かってきた。

もう数瞬遅かったら、足にかみつかれていた。


「!?」


野獣のような挙動で、犬はみずきに襲い掛かってくる。目は血走っていて、あきらかに、みずきを敵として認識している。


「モンゴルの犬は狂犬病の予防注射なんかしてないから、かまれたら危ないよ。どんなにかわいくても、絶対に手を出さないことよ。」


ウランバートルの街中で、野良犬に手を出そうとしていた犬好きのみずきに、オフィシャルK女氏が諭していた。

このラリーに参加する際、破傷風や様々な予防接種を受けた。そのなかに、狂犬病のワクチンもあったが、実際にかまれたら、発病しない可能性は全くないとは言えない。


必死にKTMのスロットルを引き絞り、犬からなんとか逃れたみずきだったが、その後方から、今度は、黒い馬がみずきを追走する。


黒馬に乗っているのは、作業着のようなうな黒い服装の上に、真っ白な大ぶりなコートのようなモンゴル民族服を羽織った、遊牧民だった。

さっきのゲルから向かってきたらしい、その遊牧民は、犬と同様、敵意に満ちた表情で鞍から腰を浮かし、やや後方に体重を預ける、遊牧民独特の馬術で追いかけてくる。

片手で巧みに手綱を操り、もう片方の手には、2Mほどの棒が握られており、先端には、太く、鉄芯が毛羽立った、荒いワイヤーで作られた1mほどの直径の「輪」があった。


馬上の遊牧民の目的と、そのワイヤーの輪の中に入れる「対象」を理解した瞬間、みずきの全身に悪寒が走る。


「きゃああああ!」


ヘルメットの下で悲鳴をあげて、必死に馬から逃れようとスピードを上げるが、オフロード・・・。ここは、道ではない。林道のような未舗装路は「ダート」であって、「オフロード」ではない。

ここは、本当の意味で「オフロード」だ・・・。では、馬の方が速い。

数分で追いつかれる。みずきと並走した遊牧民は、棒を振りかぶり、みずきの頭をめがけて、ワイヤーの輪を振りおろした。


「キン!」


ワイヤーは、ヘルメットのバイザーにあたり、吹き飛ばした。

その動作で、遊牧民が馬上でバランスを崩したすきに、みずきはフル加速し、一気に馬から距離をとる。

いったん、スピードに乗ってしまえば、そう簡単には追いつかれない。

ある程度、距離を取ったところで振り返ると、馬の上の遊牧民が、こちらに罵声を浴びせているであろう、姿が見えたが、4輪のクワッドが走ってくるのが見えると、彼は相棒とともに、そっちへ攻撃目標を変えたようで、走り去っていった。


「なんなのよ!一体!」


ワイヤーに引っ掛けられて、ぶらぶらになってしまった、バイザーを引きちぎり、カウルとナビゲーションタワーの間に突っ込むと、みずきは叫ぶ。


あとで聞いた話では、ゲルの脇を数台のラリーマシンが爆音を響かせて走っていったため、そのエンジン音に腹を立てたゲルの住人が、通りかかるラリーエントラントに次々と襲い掛かっていたそうだ。


サファリラリーや、パリダカでも、原住民の投石のような妨害があったようだが、確かに、自分たちが静かに暮らしている脇を、わが物顔で走り抜けていく連中がいれば、それは腹が立つだろうな・・・。とみずきはその話を聞いて思った。

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