第38話 オアシス

やたらとタイヤレバーの本数が必要だったムース装着のタイヤ交換を終えると、僕と手越さんはやることがなく、木陰でぼーっとしていた。


もう少し進めばゴビ砂漠という、この辺りは、肌寒かったウランバートルより、気温が大幅に上がり、今日は35度以上の気温だ。

それでも、日本の湿気の多い暑さと違い、空気が乾燥しているので、影に入ると涼しい。

このビバーク、〈ゾーモット〉は、荒野に忽然と現れたという感じに不自然に、樹木が生えている一帯だ。

このラリーでは、よくここで休息日を取るらしい。


どういう情報網があるのかわからないが、地元の人たちが、モンゴルでよく見る車。UAZワズに、冷蔵庫を積んで、冷えた(といっても、それほど冷たくはないが)コーラやビールを積んで売りに来ている。


「はると君よ、世界には有名な砂漠がいくつかあるだろう?一生でいくつ行けると思う?」


暇に任せてか、手越さんが妙な話題をふってきた。


「そうですね、アフリカのサハラ砂漠、モーリタニア砂漠。南米のアタカマ砂漠とかありますけど、普通はひとつも行かないですよね。」


「さすが博学だね。俺はダカールでアタカマ砂漠。ファラオの時にちょっとだけ入ったサハラ砂漠。で、このゴビ砂漠だ。ちょっとすごいだろう。」


「はあ、まあ。」


「はると君も、このまままあのコに付き合って、いろんな砂漠に行くことになるなあ・・・。」


と、とりとめのないことを話していると、ゲルのあたりが騒がしくなった。

ビバークが不自然に騒がしくなる時は、だいたい、あのお調子者ムスメが絡んでるはず・・・。


「あ!いた!こんなとこでぐだぐだしてないで、行くわよ!」


「おい!なんてカッコしてるんだ!」


みずきは白いワンピースの水着姿だった。

土漠をバックにした、白い肢体は、なんともなまめかしい。

そして、もう一人。


「nice to meet you!」


青いビキニを着た、みずきより、若干背の低い、青い目の女の子がいた。

みずきより〈ボリューミー〉な肢体は、目がちかちかするほど眩しい。


突然始まった、美少女2人の水着の饗宴に、国籍問わず、ビバークの一同から歓声と、口笛が響く。


「あー!はると、シェリルばっかり見て!やっぱり、おっぱい大きいコがいいのね!」


あまりに唐突な展開と、理不尽なクレームに、僕はどうしたいいかわからない。


「い、言いたいことはたくさんあるけど、何で、そんなカッコしてるんだよ!」


みずきは両手を頭の上で組んで、胸をつきだすようなポーズをとりながら、


「泳ぐに決まってるじゃない!ここは、砂漠のオアシスよ!オアシスと言えば泉よ!そこで泳ぐのよ!」


「泉?ほんとにそんなのがあるんですか?」


手越さんの方を見ると、


「まあ、あるにはあるんだがね・・・。」


「さあ!はると!行くわよ!」


僕はみずきと、シェリルという青い目の娘に、に向かって引っ張られていく。


「今年も、いましたねえ。」


はるとを見送ると、手越は厚田に話しかける。


「まあ、今年は目の保養になったから、いいですね。」


2人は顔を見合わせて、3人の向かった方を向く。


◇◇◇


「でも、珍しいね。アメリカ人のラリーパイロットは。」


歩きながら、僕は〈シェリル〉とみずきに紹介された娘に話しかける。

エントリーリストに、アメリカ人のライダーの名前が載っていたことは知っていたが、スタート前、スタートしてからのゴタゴタもあり、彼女と話す機会はなかった。


「そうね。アタシも元々、イーストのエンデューロとか、GNCCなんかに出てたんだけど、ラリーにスイッチしたのは最近。」


アメリカのオフロードシーンは、スーパークロスや、アウトドアのモトクロス等のスプリントのイベントが主な印象だ。

〈BAJA1000〉や〈ネバダラリー〉のように、長距離を走るイベントはあるが、

(ちなみに、2020ダカールラリーでは、ホンダに乗った、アメリカ人。リッキー・ブラベック選手が、2輪総合優勝を果たしています!) エンデューロもハイスピード展開のイベントが多く、あまり、RAIDというカテゴリーには、関心がないお国柄というイメージがある。


「ミズキとは、ペースが合うみたいなのよ。それに、彼女はナビゲーションがいいから、ナビがまだイマイチなアタシは助かってるわ!」


みずきのナビがいい?やっぱり、アメリカ人って、ラリーに向いてないのかな?と、失礼ながら僕は思う。


「あー!ナニ、2人でこそこそ話してるのよ!やっぱり、はるとって、おっぱいが・・・。」


英語で話す僕たちの間に、みずきが割り込む。


「おっぱいおっぱい言うな!そもそも、シェリルは日本語わかんないから、しょうがないだろう! ?そういえば、シェリルとずいぶん親しいみたいだけど・・・。」


将来に向けて、英語の勉強も進めているみずきだが、スムーズに会話ができるほどの語学力はないはずだ。


「まあね。でも、結構なんとかなるもんよ。」


みずきとシェリルはうなずきあう。

女の子同士のせいか、ハードなラリーの毎日が否応なしに、彼女達のコミュニケーション能力を促進しているのか・・・?


「あ!あそこね!」


ビバークから数分歩くと、茶褐色の荒野に忽然と、日本でもよく見かける、ひし形に組まれた緑色のフェンスが現れた。


「あそこね!泳ぐわよ!」


「YES! Here we Go!」


日米水着娘二人が、突進していく・・・が。


「ナニよこれえ!!」


「What´s Up with that!?」


そこには、フェンスに囲まれた〈泉〉から水が沸きだしているが、よく、イメージされるような、なみなみと水をたたえた、〈砂漠のオアシス〉というようなものではなく、単なる水溜まりのようなところだった。


「これじゃ泳ぐどころか、体も洗えないじゃない!」


「そうだよ。まあ、誰が言ったか、ゾーモットの◯大がっかりポイントが、この泉なんだよね。」


追い付いてきた手越さんが解説してくれる。


「砂漠のオアシスって聞いて、泳げるくらいの泉をイメージしてくる人が時々いるんだけどね。まあ、これでも、この辺りでは、貴重な水源だから、ラクダとか野性動物に荒らされないように、こんな風にフェンスが取りつけてあるんだ。」


「 そういうことだから、お嬢さん方、ここで体なんか洗っちゃダメだよ。」


「ナニよ!手越さん!知ってるんなら、教えてくれればいいじゃない!」


「いやいや、君たちがあんまり楽しそうだから、言いそびれちゃったんだよね。ごめんごめん。さっき、給水タンク車が来たから、少しは体洗えると思うから行っといで。」


I'm such an idiotあたしたちバカみたい ・・・。」


気まずいていで、ビバークに戻った2人は、ふたたびを受け、やけくそのように、ペットボトル一本分の水の、〈水着シャワーショー〉を、ビバーク一同に披露するはめになった。


ただし、ただでは起きない根性ムスメ2人。


「タダで見るつもり?!」


It is not for free.タダじゃないわよ!」


の日米娘の抗議で、男性陣は地元民が売りに来た、通常レートよりかなり高額なコーラやジュースを買わされるはめになった。

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