第36話 危機一髪
みずきが、CPを視界にとらえることができたのは、午後6時ごろだった。
〈豪雨による影響で、ピストも、目標物であるオボーも、根こそぎ流されてしまい、ルートブックがあてにならないため、GPS走行で、次のCPに向かうように。〉
と、前のCPで指示があったが、不馴れなGPS走行と、予想以上の路面の荒れに、みずきのペースは上がらなかった。
夜9時まで明るいモンゴルでも、あと1時間ぐらいで闇が迫ってくる。
パトライトが点滅しているCPでチェックを受けるが、ここはRCPになっていた。
RCPでは1時間、強制的に休憩を取らなければいけないことになっている。
通常の到着時間であれば、ゆっくり休むのだが、あと1時間ぐらいで日が暮れる。
そんなときのRCPはどんどん日が暮れていくので焦る。
同時刻ぐらいに到着したエントラントの中には、「もう、オフィシャル無視して行っちゃおうか?」などと言っている者もいる。
既定の休憩時間を取らずにスタートすると、ペナルティが課せられるが、完走目的であれば、別にペナルティを受けても順位が下がるだけなので、自分の安全確保や、早くゴールに到着することを第一に考えるのであれば、それも選択肢のひとつだ。
RCPをスタートしてから、1時間ほど。ルートブックを追っているつもりだが、ライトに照らされる風景には、まったくルートブックに記載されている景色が現れない。
途方に暮れたみずきだが、遠くに光を見つけた。
「人がいるなら、ルートがわかるかな?」
みずきは光の方向にハンドル向ける。
そこはモンゴルでは珍しい、ゲルではなく、テントやタープが立っており、数人がたき火を囲んでいた。
ちょっと離れたところにバイクを止め、みずきは歩いて近づいていく。
「サィン・バィノー!」
とみずきは声をかける。
座っていた5人ほどの若い男が一斉に立ち上がる。
警戒の表情だ。
ヘルメットをかぶっていたままだったことを思い出し、ヘルメットをとって、
再び、「サィン・バィノー」。とモンゴル語であいさつする。
すると、そこにいた男たち全員が驚いた表情になるのが、たき火のあかりで見えた。
バイクでいきなりやってきたやつが女だったことに驚いたようだ。
地図を取り出し、「Do
1人だけ、英語がわかるらしい男が、「The direction is that way?」
とあやふやな感じで、方向を指差しながら、距離を詰めてくる。
「?」
気が付くと、男の顔が不自然に近づき、みずきの顔をなめまわすようにながめている。
たき火の近くにいた、2人も、みずきを取り囲むように近づき、ニヤニヤしながら、みずきの全身を見ている。
不自然に思い、振り向くと、すでに、バイクには、1人のオトコが跨がり、ハンドルに手をかけ、にやにやしながら、こっちを見ている。
男たちにしてみれば、いきなり、目のさめるような美少女が、暗闇からバイクに乗って現れたのだから、驚くだろうし、荒野では、自分達の行動を咎める者はいない。
若い無軌道な者であれば、考えることは万国共通だ。
「そこまで案内してやるから、車に乗りなよ。バイクはここに置いていけばいい」
これは、アブナイ・・・。と思った時には、すでに遅く、男の腕がみずきの腰に回されていた。
その手が、彼女の胸にも上がってくるが、プラスチック製のチェストプロテクターに遮られ、不満げな表情になった。
「車に乗ったら、もう、おしまいだ・・・。」
「わかったわ。案内して。ただ、バイクに、財布とパスポートがあるの。取って来るから、ちょっと待ってて。」
みずきはそう言って、ゆっくりと、男の手を、腰から外そうとする。
「G
突然、声を荒げる男に、みずきは涙が出そうになるが、ぐっとこらえ、平静を装って、
「そんなに焦んないで。一緒に行くから・・・。」と日本語で言いながら、男の呪縛からなんとか逃れる。
バイクにまたがったままの男に向かって、
「ごめんね。パスポートと財布はシートの下にあるのよ。とらせてくれないかなあ?」
こっちも、日本語で、身振り手振りで話す。
戸惑いながらも、その男はバイクから降りるが、視線はみずきの胸や下半身から、離れない。
450RALLYのシートは、工具を使わずに、クイックリリース形式で簡単に外れるが、なるべくゆっくり、時間をかけて外す。
一度、バイクの陰に隠れ、シートの下に収納してあった、工具袋から、手近な工具を何本か手に取る。
バイクの影で思いっきり振りかぶって、
ブン!
バイクにまたがっていた男に向かって、数本を投げつけた。
その中でも、もっとも重い、アクスルシャフト用のレンチが顔面にヒットしたようで、男は声も出せず、その場にうずくまった。
シートが外れたままバイクに飛び乗り、セルボタンを押す。
さっきまで走っていたKTM450RALLYのエンジンは一瞬で目覚める。
そのまま驚く男たちと、手癖の悪い男の横を一気に走り抜ける!
不意を突かれた男たちが、走って追いかけてくるが、フル加速するKTM450RALLYに、人間の脚で追いつけるわけはない。
ましてや、男たちの乗っている、
全力で闇の荒野を30分ほど走り、男達が追いかけてこないことを確認したところで、位置を確認。GPS直行でビバークに向かうことにする。
「シートが付いていないことを、はるとに話したら、どんな顔をするだろう?」
「びっくりするかな?」
「あ、でも、シートなしで、あと4日かあ。おしりが大変だなあ。」
「ヘルメットもなしでどうしよう?」
どんな武勇伝を話そうかと、考えながら、みずきはニヤニヤしながら、闇の荒野を走った。
◇◇◇
ビバークに到着したのは午前2時だった。
ノーヘルの上、シートのついていないバイクで到着したみずきに、「どうしたんだ?」とはるとが駆け寄って、声をかけてきた。
さっそく、武勇伝を話そうとするが、声が・・・出ない。
手越さんと、はるとの顔を見た途端、急に涙があふれてきた。
なんだろう?足の震えが止まらない。
立っていられない。
みずきはマシンから、崩れ落ちるように降りた。
あわてた、
あたしの様子を見た、男性医師も出て行った。
事情を察してくれたらしい、女性スタッフのK氏がゲルに入ってきて、黙ってみずきを抱きした。
声を上げて泣いた。
こわかった。あのまま、車に乗せられていたら?
バイクを発進させるのが、遅れていたら?
あの男たちが、立ちはだかっていたら?
想像すればするほど、その後の展開を想像してしまい、みずきは震えが止まらなくなった。
Kさんに抱きついて、その夜はそのまま、眠ってしまった。
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