第35話 オボー

モンゴルの道を進んでいると、〈オボー〉と呼ばれる、石を積んだオブジェが時々現れる。

なにもない草原や荒野に現れるので、ラリーでも、ルートブックに重要な目印として記載されていることが多い。

ドライバーはオボーの横に差し掛かると、クラクションを3回鳴らした。

モンゴルの旅人は、旅の安全を願って、オボーがあるとその周りを、時計回りに3回廻るということだが、車で通過する場合は、クラクションを3回鳴らせばいいことになっているらしい。


後続の車も、次々にクラクションを鳴らして、通過していく。


ラリー前にモンゴル全土を襲ったという、集中豪雨のせいで、今日、明日のルートに大きな影響が出ているということで、ラリーのルートは大幅に変更された。

これからのルートには、ほぼ、舗装路がないため、僕たちサポートカーも単独で走るのは危険と言うことで、6台でコンボイを組んで走っている。


「ああ、埋まったな。」


「はい。」


先行していたピックアップが泥の路面に埋まってしまったのを見て、僕たちは車の外に飛び出す。

そこら辺の石や、固そうな土くれを拾い集め、タイヤの後ろに入れていく。


「・・・・!」


このコンボイのリーダーの白髪の老人が、僕にはわからないモンゴル語で、モンゴル人ドライバー達に指示を出していく。


スタック脱出の準備が整ったところで、僕たちは車体の後ろに移動する。

ドライバーがギヤをバックに入れ、僕たちが詰め込んだ石や土くれの上にタイヤを乗せていく。


「GO!PUSH!」


リーダーの老人の指示で僕たちは一斉に車を押す。

前では車体に繋いだタイダウンを4人がかりで引く。

昔の清涼飲料水の某CMのようなシーンが展開されると、 空転するタイヤの焦げた臭いとともに、ピックアップは泥の溝を抜け出した。

こういった事態に慣れているのか、モンゴル人ドライバーの手際は驚くほどよい。

僕も今日、4回目のスタック脱出で大分脱出の段取りがわかってきた。


僕たちの車のドライバーが無表情で、僕に向かって手を上げる。

僕はハイタッチでそれに答える。


「はると君も大分、タフになってきたね。四国ラリーの前とは顔つきも変わってきた感じがするよ。」


「そうだといいですね。」


カーゴパンツと、ワークブーツの泥を落としながら、僕は答える。


「それでも、まさか、モンゴルラリーのサポートに来て、車を押すことになるとは思いませんでしたが。」


「まあね。でも、こういうのも冒険って感じで楽しいだろう。」


「まあ、そうですね。」


僕は手越さんに答える。

まだ3日目ではあるが、無表情ながらアツいモンゴル人達。

この荒々しいモンゴルの大地と戯れるのが、楽しい・・・が。


「柴田さん、行きますよ。」


僕たちが、脱出作業に使った、タイダウンや、折り畳みスコップの片付けをしている向こうで、脱出作業に参加せず、所在なげに佇んでいた柴田氏に僕は声をかけてやる。


◇◇◇


四国ラリーの時は、その日のビバーク地は、サポート車に伝えられていたが、このモンゴルラリーでは大まかな地点しか知らされていないようだ。

海外のラリーでは、サポート車専用のルートブックがあるそうだが、このラリーには、そういったものはない。


今日は轍を外れた荒野を進んでいるが、目標らしきものは全くない。

僕らの車のドライバーは、GPSポイントを打ち込んであるらしいIpadを見ながら、その方向にようだ。

しかし、時々、表示されているルートを外れ、大幅に違う方向に向かうことがあった。


「手越さん、これ、ルート外れてるんじゃないですか?」


「うん。そうみたいだね。」


「いや、じゃなくて、修正するよう言った方がいいんじゃないですか?。」


「ダメだよ。先頭の車にはが乗ってる。あの車があっち行くんだったら、俺たちもあっちだよ。」


日本語での僕たちの会話だが、内容を察したらしい、モンゴル人ドライバーは無表情で、欧米人のように両手をあげる。


と、今度は後続の車が止まる。

車を降りると、今度はパンクだ。

またしても見事な手際で、タイヤ交換を済ますが、先頭の車両のが、ドライバーに諭すように話している。


コンボイが再出発すると、今度はGPSの表示通りにコンボイは進み始めた。

手越さんはモンゴル人ドライバーに、モンゴル語で話をすると、僕に説明してくれる。


「お前はもう一人前だ。あとはお前に任せるから受けてくれるか。って先頭者のドライバーが長老に言われたんだってさ。」


「ああ。よかったです。」


ここまでの道程でわかったが、モンゴル人たちはとにかく、年長者を敬う。

間違っていたとしても、決して修正を促したりしない。

こういったケースの場合は、年長者自身が、指揮権を譲渡しない限り、年下の者は絶対に意見したり、逆らったりしない。


途中、休憩で立ち寄ったゲルでも、長老が手をつけるまで、彼らは出されたお茶に決して手をつけようとしなかった。


◇◇◇


そんなことを繰り返し、ビバークにコンボイが着いたのは午後8時頃だった。

日は沈み、暗闇の中到着した。


「まずいな。もう、みずきちゃん、着いちゃってるな。」


「そうですね。今までのペースだと、6時頃に着いてるでしょうしね。」


「まあ、明日は休息日だし、整備は明日にして、のんびりしようや。今日は疲れた。」


そんなことを話しながら、車両保管所パルクフェルメに向かうが、到着している車両があまりにも少ない。

通りかかったオフィシャルを捕まえて、聞いてみる。


「豪雨の影響で、オンルートのピストも流されてしまって、ルートブックがあてにならない状態になってしまったんだ。それぞれ、GPS走行でここを目指しているが、半分以上未到着だ。」


到着者リストには、みずきの名前はなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る