第33話 ETAP-1 ビバーク
初日のビバークは、バヤンホンゴルという町。というか、集落から数キロ離れた草原に設営されていた。
みずきと別れたあと、僕たちのサポートカーも舗装路を外れ、数百キロの移動の後、午後5時頃、ビバークにたどりついた。
ビバークに着くと、もう、トップの数台はゴールしており、
みずきの姿はまだ見えない。
「バイラルラー。」
覚えたてのモンゴル語で、お礼を言って、車を降りると、ドライバーは窓から手を出して、握手を求めてきた。
表情は変えないが、握った手にはしっかりとした感情が込められているのを感じる。
「モンゴルの人たちって、感情が表情に出ない分、直接的な行動とったりとか、相手が困ってたら、無条件で助けてやったりするんだな。俺が思うに、表情や言葉よりも、相手にしてやったら喜ぶことをまずやってやる。仲良くなるのは、そのあとでいい。そんなのが、この国の人達の基本的な考えのような気がするね。」
モンゴル人の友人が多いという、手越さんが言う。
常に、オーバーアクションで、考えを体全体で表現するアメリカ人や、愛想のよさや、挨拶で、まず、良好な人間関係を構築してから、付き合いを始める日本人とは考え方が根本的に違うようだ。
今日の宿泊はモンゴルの伝統的な簡易家屋。「ゲル」だった。
モンゴルと言えば、ゲルと草原というぐらい、この国を象徴するものだ。
海外と言えば、アメリカ東海岸しか知らない僕には、初めて目にする様々なモンゴル文化や、国のありようが面白い。
ゲルの壁、天井の皮膜は、僕らが日本で使っているテントのようなポリエステルではなく、白い厚手のフェルトのような生地だ。
表面はなんとなく毛羽だっており、保温性が良さそう。
荷物を置いて外に出ると、手越さんは、簡易テーブルと工具セットを広げ、準備万端だ。
「みずきちゃんが来るまでに、メシ行っちゃおうか。」
手越さんに連れられて行くと、四国ラリーでも使われていた、白いパラソルと、簡易テーブルがずらりと置かれた〈レストラン〉が開店していた。
そして、一匹の羊がレストランの隅に繋がれていた。
僕は嫌な予感を覚える。
「手越さん、もしかして、あの羊って・・・。」
「うん。今日のディナーだよ。」
・・・やっぱりな。
この羊は、モンゴル人オフィシャルが買って来てくれたそうで、ラリー参加者への〈ふるまい〉だそうだ。
やがて、大きな前掛けを着けた、2人がやってくる。
なにか、お祈りのような言葉を呟くと、一人が羊を押さえ込み、もう一人が、逆手に持ったナイフを使って、目にも止まらぬ早業で、羊の首をかっ切った。
羊は一瞬悲鳴を上げ、痙攣するが、すぐに絶命する。
そして、羊の周囲の草は、あっという間に血に染まる。
「羊をおいしく食べるには、血抜きが大事なんだよ。下手くそがやると、無駄に羊を苦しませるし、血が残るから美味しくない。あの二人は腕がいいよ。」
「・・・。」
あっという間にさばかれた羊は、身体を棒に貫かれ、某モンスターハンターゲームそのままのように〈おいしく焼かれた〉ようだ。
「ほら!はると君!とってきてやったぞ!食えよ!うまいぞ!」
手越さんは、香ばしい匂いの肉を、旨そうに口に運ぶが、僕は今ひとつ、食べる気にならない。
「いや、手越さん、さっきまで生きてたのを見てましたから、なんか生々しくて・・・。」
そんなことをしていると、ゴールのあたりが騒がしくなった。
人気者のみずきがゴールしてきたようだ。
◇◇◇
「お疲れ!どうだった初日は?」
僕はみずきのヘルメットを受け取り、声をかける。
さっそく、手越さんが、マシンをぐるっとチェックするが、特に大きな損傷は無さそうだ。
「あのね!はると!すごいのよ!直線で、140キロ出た!そうそう!山のなかでミスコースしたんだけどね、GPS走行でオンコース復帰できたんだよ!それとね!」
「ああ、わかったわかった。マシンを見ておくから、着替えておいで。女性用ゲルは、あっちだよ。」
ほっとくと、いつまでもマシンガントークが続きそうなので、ゲルに行って着替えるように行くように言っておく。
「初日は大丈夫そうだな。」
「そうですね。まあ、よかった。」
◇◇◇
一通り整備を終えて、レストランに戻ると、リラックスした服装に着替えたみずきが、もう、食事をしていた。・・・が、皿にのっている食材を見て、僕は青くなる。
「あのさ・・・。みずき。あれ食べたの?」
大分、肉が削り取られた、火の上の羊の丸焼きを僕は指差す。
「食べたよ!さいっこうに美味しいよ!モンゴルのチームの人にもらった、このタレ掛けたら、ご飯にも合うよ!」
みずきは、焼き肉店でやるように、ご飯の上に、羊肉を山盛りにして食べている。
「あのさ、みずき、あれ、さっきまで、生きてたんだよ・・・。」
「知ってるよ!でも、美味しいからいいじゃん!」
そういうと、みずきは、さらに羊肉をおかわりしに行った。
「男はナイーブ。女は強いってね。」
ベテラン参加者の一人が、僕を見ながら言うと、そこにいたエントラント達から笑いが起きた。
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