第32話 ETAP-1

モンゴルラリーは、競技日程の経過を、一般的なラリーのように〈DAY1〉と言うようには言わず〈ETAP〉と呼称する。


今日は1日目なので〈ETAP1〉だ。

最初は目新しい、草原の景色に目を奪われていたが、1時間もすると飽きてしまう。

しかも、モンゴルのロードサイドには、日本のような、サービスエリアもなく、コンビニもない。

ハンドルを握る、モンゴル人ドライバーは寡黙で、出発してから一言もしゃべらず、じっと前を見つめている。

最初は怒っているのかと思い、手越さんに聞くと、「まあ、モンゴルの人たちは、みんなこんなもんだよ。気にするな。」ということだ。


3時間ほど走ると、ガソリンスタンドに、サポートカーは止まった。

何人かのラリーのエントラントが、給油の順番待ちをしているので、最後尾に車を止める

無言でドライバーは降り、スタンドの建物に向かっていく。


「怒ってるわけじゃないから。」


僕の表情を見て、察してくれたらしい、手越さんが言うが、愛想のいい、日本人の中で暮らしていた自分には、慣れるのは難しそうだ。

スタンドでは、日本では中学生ぐらいの年齢だろう、可愛らしい女の子がラリー車に給油をしているが、その女の子も笑顔を見せることなく、黙々と給油を続けている。


「はると!手越さん!おーい!」

聞きなれた声に振り向くと、そんなモンゴルの人たちとは対照的な笑顔が現れた。

「どうだい、みずきちゃん。はじめてのモンゴルは?」

給油待ちをしていたみずきと、手越さんは言葉を交わす。

「もう、さいっこう!地平線の彼方って言うの?ずうっとアクセル開けっ放しよ。それに見て見て!」


みずきの見せるスマホには、途中で撮ったという、ラクダとのツーショット画像があった。

途中の観光地で撮ったそうだ。


「でもね!撮れ撮れって言うから、撮ったら、10000トゥグルグも取られたのよ!あたしのスマホで取ったのによ!もう、アッタマきちゃうわよね!」


額面で言うと、10000トゥグルグというと、高額に感じるが、日本円に換算すると、400円ぐらいなので、それほど高額ではないが。


「まあね、はじめての国でいろいろ楽しむのはいいけど、気をつけてね。あと、もう、わかったと思うけど、右側通行にも気をつけて。」


「ハイ!あ、順番来たみたい!じゃあね!」


給油機の前に止めているマシンに向かっていくみずきを、僕たちは見送る。


「まあ、大丈夫みたいだな。はじめての海外で、緊張してるかと思ったが。」


「そうですね。そういう意味では、スタート前のテレビ収録で、ウランバートルであっちこっち行ったり、こっちの人とたくさん関わったのは、結果的に良かったかもしれませんね。」


スタンドを出たのは、みずきが先だったが、3時間ほど走ると、みずきに追い付いた。

みずきの450RALLYが履いているタイヤには、チューブの代わりに〈ムース〉が装着されており、パンクの心配はないが、舗装路の高速走行で、巡航スピードを上げすぎてしまうと、タイヤの温度が上がりすぎて、ムースが熔けだすことがあるので、巡航速度は80キロ程度に押さえるように言ってある。

だから、100キロ越えの巡航速度のサポートカーは、舗装路の区間では、競技者に追いついてしまうこともある。

1時間ほどのランデブーのあと、みずきのマシンは、舗装道路を外れ、草原の中のダートロードへ入っていった。

手を振りながら、草原のピストへ向かって行くみずきを、僕たちは車の中から見送る。

これから先、どんな困難があっても、彼女は自分で乗り越えていかなくてはならない。


ヘルメットからたなびく黒髪が、草原の丘陵の向こうへ消えていった。



※このお話しに出てくる〈ダカールラリー〉やその他のラリーの開催地や競技フォーマットについては、2011年から2018年のものを指針としています。





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