第30話 450RALLY

8月になり、僕はスタート地点のモンゴルの首都。ウランバートルにやって来た。

空港からタクシーを拾い、受付と、車検の行われる〈チンギス・ハーンホテル〉に荷物を置くと、手越さんのいる、市内のバイクショップに向かった。


オレンジ色の看板の、日本でも見慣れたKTMのショップに着くと、小山のような体格の店員にショップの裏手に案内された。


「お!来たな。」


カウルやタンクを外されたマシンの脇に座り込んで作業をしていた、手越さんが、振り替える。

僕は、そのマシンを見て驚く。


「・・・手越さん。これって。」


ウェスで手を拭きながら、手越さんは、マシンのシートに手をかける。


「そう、KTMのラリー車はラリー車だけどね。〈450RALLY〉だ。知り合いのモンゴル人が一昨年のモンゴルラリーで使ったのを買った。」


青と赤をベースにした、モンゴルのナショナルカラーに塗られた450RALLYは、4000キロ以上のラリーを走ったとは思えないほどの極上ものだった。

モンゴルラリーにも数回出場している手越さんは、モンゴル人ライダーにも友人が多い。


「すごいじゃないですか!ほんとにこれが、モトクロッサー1台と同じ値段だったんですか!?」


450RALLYは一般的に購入できるとはいえ、ほとんどファクトリーマシンと言えるぐらいの完成度を持ったマシンで、世界で50台ほどしか販売されていない。

新車で買えば、400万円ほどはするはずだ。

中古とはいえ、100万円程度のモトクロッサーと金額が折り合うと思えない。


「俺の友人がダカールラリー用に買って 、モンゴルラリーにはテストで出場したらしいんだな。ただ、事情でダカールには出られなかったんで、だぶついてたから使っていいってさ。

まあ、買ったとはいえ、ラリーが終わったら、ここに置いておくから、レンタルみたいなもんだがね。」


1992年に、ソ連の崩壊によって、社会主義国家を放棄したモンゴルは、それまでの富の作り方や、価値観が根底から変わり、商才と気概のあるものが一気に財を成すことのできる国になった。

そういった財を背景に、モータースポーツに、ふんだんにお金をかける人たちもいる。


このラリーが始まった頃は、モンゴル人参加者のマシンのほとんどは、一昔前のソ連製のモトクロッサーもどきや、日本から提供されたマシンばかりだったが、近年のモンゴル人参加者は、二輪、四輪共に、マシンにふんだんにコストをかけ、ワークスマシンのような仕上がりの高性能マシンで参加してくる。

近年では、日本人参加者よりもモンゴル人参加者の方が、仕上がりのよい、高性能マシンに乗っている印象だ。

このマシンも、警備会社を経営する、このラリーで何度も優勝している参加者のマシンらしい。


「ただ、問題もある。」


手越さんはマシンにまたがる。

身長が176センチの手越さんがまたがっても、サスペンションはわずかしか沈まず、尻をずらして、片足の爪先をつくのがやっとだ。


「これに乗っていたのは、身長190センチ、体重100キロの相撲取りみたいなやつだ。それに、ダカールを想定して、サスペンションもガチガチに固めてある。」


そういうと、手越さんはKTMから降りる。


「とりあえず、みずきちゃんにあわせて、サスペンションのセッティングをやり直して、シートをローダウンする。それから、彼女に乗ってもらいたいけど、いつ、彼女は来るんだ?」


「・・・みずきが来るのは、明日なんですけど、あさってまで、テレビの仕事が入っていて・・・。」


「おいおい!車検は3日後だろう?それじゃ、テスト走行どころか、セッティングもできないじゃないか!?」


ディレクターは〈ラリーを優先する〉と言っていたが、マシン誤手配による、自分の不手際を省みることなく、車検前日まで、2つの番組のロケを入れていた。


「まあ、しょうがないな。テレビの仕事が終わった後にでも、ここに来てもらってセッティング。テストライドは、前日になんとか時間をとってもらうしかないな・・・。」


◇◇◇


「ごめんなさい!ようやく来れた!」


地元ドライバーが運転するチャーター車に乗って、ライディングウェアに身を包んだみずきが現れたのは、午後5時すぎだった。

この季節のモンゴルは、午後8時頃まで明るいので、3時間程度は走れるが、大分遅くなってしまった。


ウランバートル市から、30分も走ると、ビルや住宅の乱立する市街地とはかけ離れた、〈荒野〉が広がっている。

ただ、そこはモンゴルのイメージの、草原ではなく、粘土質の地面に、申し訳程度に踏み固められた道路があるようなところだ。

車検前日。ここで、午後からみずきのテストライドを行う予定にしていた。

午前中には、終わってこちらへ来られるということだったのだが、取材先の元横綱がみずきを気に入ってしまい、ランチに誘われ、そのランチがお茶会になり・・・。ということになったらしい。


みずきと一緒にやって来た、柴田氏は、現地コーディネーターと楽しそうに談笑し、モンゴルの荒野をバックに、自撮りなんかやっている。


「まあ、しょうがないな。始めようか。」


「ハイ!」


疲れも見せず、みずきはプロテクターを身につけ、450RALLYにまたがる。


手越さんがセッティングをしてくれたが、それでも、みずきの片足がようやく着くくらいの車高で、ハンドルも遠いようだ。


手越さんは持参したハンドルやパーツを何回か組み換え、完全ではないものの、みずきの体格に近づけることのできるセッティングとなった。


「よし。じゃあ、走ってみようか。」


みずきはうなずくと、ヘルメットをかぶり、セルボタンを押して、エンジンを始動させる。


〈ガモモモモモ・・・。〉


アクラボビッチマフラーから発せられる排気音は、意外とおとなしい印象だが、それでも、迫力は十分だ。

みずきはギヤを1速に入れ、慎重にクラッチを繋いでいく。


走り出した450RALLY&みずきの走りは、驚くほどスムーズだった。

彼女の体格では、オーバーサイズであるはずの450RALLYも、走り出してしまえば、まさに人馬一体だ。


マシンとの完熟が済んだらしいみずきは、様々なトライを始める。

ブレーキターン。左右のカウンター走行。

道路との段差を利用したジャンプ。


「ほんとにあのコはすげえな。」


意のままに、450RALLYを操るみずきに、手越さんは感嘆する。

ほぼファクトリーマシンと言える、450RALLYを、初乗りでここまで操れるみずきはやはりすごい。


一通り走り終えて、みずきは戻ってくる。


「はると!これすごいよ!見た目はでっかいけど、走り始めると250のモトクロッサーみたいだよ!」


みずきの感想に、手越さんも僕もあっけにとられる。

この巨大でハイパワーのマシンを、250ccのモトクロッサーとは・・・。


「それでね、はると、手越さん。」


メーター回りを指差し、僕たちにみずきが聞く。


「このさ、方向変えると数字がくるくる変わる、おっきなメーターなに?」


「・・・!?」


僕と手越さんは、顔を見合せ、しまった。とお互いの表情で伝えあう。


GPSのことを、教えていなかった。



※このお話しに出てくる〈ダカールラリー〉やその他のラリーの開催地や競技フォーマットについては、2011年から2018年のものを指針としています。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る