第29話 マシン誤手配
「向こうでもレポーターをやるんですか?」
ラリー特番のための、ミーティングの席で、ディレクター氏に言われた。
「今回は他の番組での取材も兼ねさせてほしいんだ。〈世界どこまで探訪!〉の撮影と、相撲番組の特番の二本の番組のレポーターをみずきちゃんにお願いしたいんだ。
「ええと、みずきのラリー参戦の番組だけじゃないんですか?」
「そうなんだよね。今のご時勢、ひとつの番組だけじゃ、なかなか予算が下りないこともあるんだよね。」
テレビという媒体は、一昔前ほど、景気は良くない。
番組制作費を削減され続けているのが、最近の傾向で、海外や地方に行くのであれば、同じスタッフで、ついでにあの番組も、この番組も作ってしまおう。なんて流れが、最近の主流であるらしい。
今回は、みずきのラリー参戦の番組製作が、主な目的ではあったが、2週間もモンゴルに行くんなら、同じ製作会社が作っている、2つの番組の素材も撮ってこい。とテレビ局に言われたようだ。
そうすれば、1回の取材費用で3本も映像素材が確保でき、利益率がいい。
さらに、今話題のルックス抜群の美少女女子高生に、番組のレポーターをやらせれば、タレントを雇う費用も節約できる。ということのようだ。
「それは構わないんですけど、スタート前にも、やることはかなりありますし、ラリーはスタート前にアクシデントが起こることもあります。それも考慮していただけますか?」
「大丈夫!最優先はラリー出場だから。それに、彼を現地での専属として付けるから。」
「柴田です。」
ディレクター氏に紹介された、スーツを着た、まじめそうな20代後半ぐらいの男性が軽く頭を下げる。
カジュアルな雰囲気の番組製作会社のスタッフとは異質な感じだ。
彼はみずきの番組が放送されるテレビ局の正社員で、このテレビ番組製作会社に所属しているのだが、出向というか、研修のような名目でここにいるらしい。
「彼は優秀だよ。国立大出で、局の入社試験もトップだった。
小林くんも、彼に学ぶところがたくさんあると思うから、勉強させてもらいなよ。」
「小林です。」
プロジェクトの名刺を彼に渡し、挨拶する。
彼は無言で、僕の名刺を受けとると、スラックスのポケットにしまった。
◇◇◇
間もなくモンゴルに出発する、8月のはじめ。
渋谷のスタジオで、出発前の最後の広報活動が行われた。
某週刊紙のインタビューと、グラビア撮影だ。
今回は僕も立ち会う。
まずは、ライディングウェア、そして、ジムで着るような、体のラインが出る、トレーニングウェアを着て、アスリートとしての、みずきの撮影。
アスリートのパートの次は、白いショートパンツの上に、ゆったりとした着こなしの黒いトップス。ファッションモデルのような服装の撮影に移る。
白いキャップと合わせると、色の対比で、みずきの長く、しなやかな脚が強調される。
次に、ノースリーブのトップスと、ロングスカートを合わせたコーディネートに着替えると、彼女は清楚な女子大生のようなイメージに変わる。
衣装を変えるたびに変わる、カメラマンのオーダーに、みずきは的確にこたえている。
グラビア撮影はやったことはないはずだが、相手の要望を的確に理解して、表現する彼女は、とにかく、頭の回転がよいことを感じさせる。
カメラマンとスタイリストも、ノリノリで、様々な衣装や場面で彼女を撮影し続ける。
「小林くん、彼女、バイクのレーサーなんかやってるよりも、タレントとかモデルにでもなったほうがいいんじゃないの?君もスポーツマネジメントの仕事なんかを目指すんじゃなくて、タレント事務所のマネージャーにでもなったら?絶対向いてるよ!」
同行していた、ディレクター氏が言う。
あくまでモンゴル。その先のフェイズ3を見越した準備・・・。として割り切ってやってきた活動だが、最近は、どんどん本来の目的から離れている気がする。
僕がマネジメントしたいのは、タレントのみずきではなくて、ラリーパイロットのみずきなのだ。
そんなことを思っていると、スマホが鳴った。
モンゴルに先行している手越さんからだ。
「マシンがダメ?」
「そうだよ。ディレクターに言われたショップにマシンを受け取りに行ったんだが、その店は、ハーレーとかドゥカティなんかの高級バイクを扱う店で、ラリーのマシンなんかのノウハウはまったくない店なんだ。
それで、用意されていたバイクは確かにKTMのレースバイクだったんだが、SX-F。モトクロッサーだったよ。」
ラリー用のバイクは、レギュレーションで定められた、安全規格を満たす装備。マップホルダーを取り付けたりする装備が必要な他、モトクロッサーとの一番の違いは、その航続距離だ。
モトクロス競技に使う車両は、タンクの容量が、多くても8リッター程度しかないし、車体の作りも、丈夫さよりも、軽量であることが、基本となっている。
20分~30分程度しか走らない、モトクロス競技では、それでよいが、ラリーでは、250キロ程度は、最低限、無給油で走らなければいけないので、燃料タンクの大きさも、車体の頑強さも、ラリーのマシンと、モトクロッサーとではまったく違う。
「その店のオーナーに聞いたら、あのディレクター、俺たちの諸元をまったく無視して、〈250ccのKTMのレースバイクを用意してくれ〉のメール一本しかよこさないで、カネを払ってしまったらしい。
この時期に、KTMを用意する日本人は、モンゴルラリーに出るに決まってるから、ショップもおかしいとは思っていたそうだが、それしかオーダーがないんで、どうしていいかわからないから、とりあえず、手に入るKTMを手配したらしい。」
電話口で、店のスタッフらしい人と、英語で話しながら、手越さんは続ける。
「とにかく、このマシンじゃどうしようもないから、俺は知り合いのショップに行って、なんとかマシンを手配する。君はディレクターに、ことの顛末の説明と、このマシンをキャンセルして、購入費用を改めて手配するマシンに廻せるように交渉してくれ。」
僕は、 みずきの撮影を楽しそうに眺めるディレクター氏を、打ち合わせブースから、睨みつけながら、
「わかりました。お手数おかけしますが、お願いします。」と答える。
手越さんにお願いしているのは、あくまでラリー中のサポートだけで、現地での交渉とか、マシンの手配は契約外だ。
ただ、現状、現地で動いてくれるのは手越さんしかいないので、なんとかお願いするしかない。
「水谷さん、ちょっと。」
みずきには聞かせたくない話なので、ディレクター氏を、スタジオに隣接した打ち合わせブースに引っ張り込む。
ここは防音になっているので、中の音は外には聞こえない。
「今、現地に先行しているスタッフから連絡が入ったんですが、我々が指示した諸元とは全く違うマシンが用意されてるみたいなんです。」
「ええ!それはおかしいなあ。バイクに詳しい、ウチのスタッフに頼んでおいたんだけどなあ?」
「あなたが手配したんじゃないんですか!?」
「うん、おれはバイクには詳しくないからね、うちの若いもんで、バイクに詳しい知り合いがいるスタッフに頼んでおいたんだよ。」
又聞きの又聞き。下請けの下請けじゃあ、伝言ゲームもおかしくなるはずだ。
自分は詳しくないから、といって他に投げるんなら、最初から、僕たちにやらせてくれればよかったのだ。
「とにかく、手配したバイクをキャンセルして、新たに依頼するマシンの支払いができるように手配してください」
「ええ?そんなこと言われても困るよ。バイクはすでに納品されてるんでしょ。それでなんとか出られないの?もしくは、手越さんに頼んで、それをラリー用に仕立ててもらうことはできないもんなの?」
「・・・いいですか。現地に用意されているのはラリー用のバイクじゃありません。いうなれば、スノーボードの大会に出場するのに、スキー板を用意したぐらい、違うマシンが用意されています。今、ウチのスタッフが、現地でマシンを用意するため、動いています。」
ディレクター氏は、〈バイクに詳しい知り合いがいるスタッフ〉に電話をして、連絡をとった。
時にどなりつけたり、〈ああ!ラリーってめんどくせーなあ!〉と僕に聞こえるように叫んだりもしていたが、バイクのキャンセルは出来たようだ。というよりも、現地のショップが気の毒がって、手越さんが、訪れたショップと交渉して、新車のSX-Fと中古のラリー車を交換するような手配をしてくれたらしい。
※このお話しに出てくる〈ダカールラリー〉やその他のラリーの開催地や競技フォーマットについては、2011年から2018年のものを指針としています。
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