第5話 モトクロスコースにて
川原が見渡せる入間大橋の上から、教えられたモトクロスコースが見渡せた。
広い河川敷には土を盛った、いくつものジャンプセクションが作られており、色とりどりのモトクロッサーが走っているのが見える。
ここ数日、晴天だったこともあり、乾燥した空気と相まって、土煙がもうもうと立ちあがり、黄色い霧がかかっているように見える。
コースへの入り口が分かりにくかったが、案内の看板を見つけ、蒼い草地のパドックへ、愛車。ホンダフォルツァを乗り入れた。
先日の〈プレゼン〉のあと、再び「連れてって!」をされた僕は、「君の技量もなにもわからないので、連れていけるかどうかわからない。と答えたが、
「週末にレースがあるので、あたしの走りを見に来て。」というので、このモトクロスコースにやって来たのだ。
パドックにはたくさんのハイエースや、キャラバンといったワゴン車が止められている。
シーズンが終わっているので、今日のレースは公式の選手権ではない。いわゆる〈草レース〉だが、自己申告のクラス分けが行われているので、来シーズンに昇格を控えた
日曜日で、さまざまな形式のレース。また、引退したレジェンドクラスのライダーの走りが見られるとあって、観衆も多く、大盛況だ。
「うーん。これは彼女を探すのは大変そうだぞ。」
川原のパドックを右往左往していると、僕を呼ぶ声が聞こえた。
「はるとくうん!」
声の方を向くと、モトクロスウェアに身を包んだみずきが手をふっていた。
そっちにフォルツァを寄せる
「すぐにわかった?入るとこむずかしいでしょ、ここ。」
細身に仕立てられたモトクロスウェアは、スリムな彼女の体のラインを際立たせる。
白をベースにした、ピンクのカラーリングは、背景の蒼い草地と相まって彼女のイメージによく合っている。
「君はもう走ったの?」
彼女のオレンジ色のバイクが置かれた、これもオレンジ色のテントに僕を連れていく。
「あたしの時間はまだね。あと、2レースあと。」
折り畳みの椅子を広げ、僕を座らせる。
「よく来たね。みずきの父です。」
声に振り替えると、〈KTM〉と書かれたキャップを被った恰幅のいい中年の男性だ。
あわてて振り向いて、
「はじめまして、小林はるとです。」と自己紹介。
「みずきがオフロードバイクに関わってない、普通のコをつれてくるなんて珍しいな。モトクロス見るのは初めて?」
と言いつつ、冷えた〈レッドブル〉の缶を渡してくれる。
「君のバイクはあれか。フォルツァもなかなか走ると思うけど、どうだい?KTMのレーサー買わないか?オフも楽しいぞ。」
「もう!お父さん、そうやって誰彼構わず、オフロード勧めないでよ!」
「いや、そうはいっても、モトクロスに興
味を持ってくれる若いコは、今は珍しいからな。」
ちょっとふて腐れ気味のみずきも、折り畳み椅子に座る。
「あたしがモトクロスを始めたのはね、お父さんのせいなのよ。」
レッドブルの缶のプルトップをあげつつ、彼女は話し始める。
「ダカールラリーの映像を見たのは、中1の時だったかな。youtubeで見たの。で、オフロードバイクに乗ってたお父さんに言ったの。〈あたしダカールに出たい!〉って。」
みずきが話し始めると、お父さんはきまり悪そうに、視線を反らす。
「〈じゃあ、モトクロスをやりなさい。モトクロスをやって、目立ってれば、そのうち、ダカールに出てるチームから声がかかって、そのうち出られるぞ〉ってね。」
「だから、レースも一生懸命やったし、あんな恥ずかしいこともしたわ!」
ああ、あの赤いビキニの件ね。
「でもね、今年のシーズンが終わって、お父さんに聞いたのよ。あたし、いつ、ダカールに出られるの?って。そしたら、〈アメリカに行って、モトクロスやりなさい〉なんて言うのよ!あたし、騙されてたのよ!」
まあ、騙されたというか、ちょっと考えれば、わかりそうなもんだけど。
「いや、みずき。お父さんは騙してたわけじゃないぞ。まずは、モトクロスでチャンピオンになってだな。それから、ダカールを目指すというものもだな・・・。」
「いやよ!お父さんはあたしを騙してた!」
〈NA混走クラスに出場の方は、集合してください。〉
そんな、親子論争の途中、みずきの出場クラスのスタートを知らせるインフォメーションの放送があった。
「と・に・か・く!はるとくんをここに呼んだのは、それをはっきりさせるため!話はレースのあとよ!わかったわね!お父さん!」
みずきは、白とピンクのウェアとカラーリングを合わせたらしいヘルメットをかぶり、KTMーSXにまたがると 、スタート地点へ向かっていった。
その車体にあれ?と疑問を感じた。
「はあ、みっともないとこみせたね。」
「ええ、でも、気になることが。」
「いや、わかってるさ。君はダカールラリーや、モータースポーツに詳しいようだから、わかってるようだけど、基本的にモトクロスやってて、自動的にダカールへの道が開ける訳じゃない。
ライディングスキルはつくだろうけど、ラリーのスキル向上や、出場のチャンスを掴むのととは別物さ。でもさ、決して、あの
「いえ、そうでなくてですね。」
「?」
「それは別の疑問でですね、普通、レディースの全日本選手権は2ストローク80ccか、150cc4ストロークの車体ですよね。今、彼女が乗っていったのは250ccの4ストロークです。今日のレースが全日本レディース選手権の練習なら、同じ排気量の車体で出るはずなのになぜなんですか?」
お父さんはさっきまで曇っていた表情をパッと明るくし、僕の肩を掴む。
「よく気づいたな!君、小林くんっていったっけ。よし!一緒にみずきのレースを見てくれ。」
※このお話しに登場するイベントや社会背景は、2013年~2022年のものをフォーマットとしています。
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