第4話 ダカールラリー・・・2

「それから、ラリー自体の形態も〈パリダカ〉時代とはまったく違う。」


教室のモニターには、タンク上に荷物をくくりつけ、大きな荷物を積み、荷物に挟まれたようにバイクにまたがる、ライダーの画像が映し出された。


「アフリカで開催されていた後半はそうでもなかったけど、みずきちゃんのイメージしてる〈パリダカ〉ライダーはこれだろ?」


「そうそう、ラリーの期間が21日もあるから、テントとか寝袋とか持って走るのよね。

それに、一日の走行距離が、700キロとか800キロもあるから、朝方にゴールして、ほとんど寝られないで、スタートしていくのよね。

それに耐え抜いた者だけが、ダカールの海をみられる・・・。ロマンだわあ。」


うっとりと語るみずきだが、ぼくは、画像を切り替える。


「今のダカールラリーの姿はこれだ。」


そこには、何一つ、身に付けていない。軽量そのものなライダーが、タンクもそれほど大きくないタンクのバイクにまたがっている姿が写し出されていた。


「現在のダカールラリーは、一日の走行距離は500キロ~800キロとそれなりに長いけど、給油ポイントが250キロぐらいごとに設けられているし、ほとんどの車両は、電子式の燃料噴射形式だから燃費もいい。だから、タンクは大きくても20リットルくらい。」


ぼくは、線路の上で、タイヤをはずして、パンク修理をしている、パリダカ時代の伝説的ライダー「シリルヌブー」の画像を写す。


どんな困難があっても、完走を果たす。といった、タフなパリダカ時代のラリーパイロットを象徴する画像だ。

ちなみに彼は、このあと、立ち木に激突し、両足を骨折したまま、その日のビバークまで走りきるという伝説を作った。


「今はこんなことはない。」


映し出された画像には、輪切りにされたタイヤのなかに、スポンジのようなものが詰め込まれていた。


「これは、ムースっていって、空気の代わりにタイヤのなかにいれておく。これを使えば、釘を踏もうが、石にぶつかろうが、パンクしない。だから、パンク修理道具は不要だし、あとからパーツを積んだサポートカーが来るから、故障をしてもすぐに修理ができる。だから、最低限の車載工具しか彼らは積んでいない。」


みずきは画像を見ながら


「でも、それって、一部のワークスライダープロフェッショナルだけなんでしょ?アマチュアレベルのライダーは荷物を自分で持っていくんでしょ?」


続けて、グリーンのバイクの傍らに立つ、映画俳優のような端正な顔立ちのライダーの画像を映し出す。


「なかには、そういうライダーもいる。〈MalleMoto〉というクラスにエントリーすると、パーツや日用品を入れたカーゴを、次のビバークまで運んでくれる。〈One Trunk〉クラスなんて言われることもある。

形態としては、〈パリダカ〉時代のテイストが色濃く残っているクラスだね。」


「それでも、このクラスで走る場合は、整備も、日常のケアもすべてやらなければいけないから、相当なスキルとタフさが要求される。彼、リンドンポスキットはそんな技量を兼ね備えるライダーだけど、そんなライダーはまれだ。」


今度はタイヤやパーツを満載している様が見える、露天のようなカミオントラックの画像を写す。


「これはイタリアのラリー参戦サポートをするトラックだ。ほとんどのライダーは、こういったチームと契約して、メカニックのサポートを受け、パーツや日用品を運んでもらう。だから、アマチュアライダーでも、〈パリダカ〉時代のように、荷物を持って走っているやつなんかいない。」


彼女は食い入るように、画像を見る。


次に写し出した画像はスペインで行われた、バイクのアクションを競う競技。〈X-GAME〉の映像だ。

スタジアムに特設された、とんでもない角度のスロープに、モトクロッサーが次々と挑み、空中回転をするもの、空中で体を入れかえるといった、常人離れしたアクションを行っている。


そんななか、赤い孟牛のイラストが書かれた、青いバイクにまたがったライダーが現れると、ひときわ大きな歓声が上がる。

〈ダカールラリー〉の優勝経験を何度も持つスペインの英雄〈マルク・コマ〉だ。


先程までアクションを行っていたモトクロッサーより、二回りほど大きな車体。ハンドル回りに取り付けられた様々な機器から、ラリー仕様の車体であることがわかる。


「ね、ねえ?まさか・・・。」


「そのまさかさ。現在のラリーマシンはこんなこともできる」


マルク・コマの駆る、レッドブルカラーに彩られた〈KTM450ラリー〉は、一度、スタジアムの外に出、加速をつけ、スロープに挑む。


「!」


僕の横で画面を見るみずきが息を呑む。

そのラリーマシンは、後方1回転の大技。「バックフリップ」をなんなくきめてみせたのだ。


「現在のラリーマシンの軽量さ、高性能さは、〈パリダカ〉時代とは比べものにならない。こんな高性能なマシンで戦われているのが、現在のダカールラリーだ。」


ぼくはタブレットの画面を閉じ、彼女に向き直る。


「わかった?現在のダカールラリーは、〈パリダカ〉時代の〈アフリカ大陸のロマンチックなツーリング〉ではない。南米を舞台に戦われる、〈長距離スプリントレース〉だ。」


みずきは、なにかを考えるように、電源の切れた正面モニタを見据えている。


「それでも君は〈ダカールラリー〉に出たいのかい?」


あえて〈ダカールラリー〉と彼女に問いかけてみる。


「あたしね。モトクロスを始めたのは、ダカールラリーのためだったのよ。」


立ち上がって、みずきは話し出す。


「だだっ広い大地をね、スロットル全開で駆け抜けてみたいのよ。そのための準備がモトクロス。」


彼女は椅子を跨いで座り、僕の目をまっすぐに見据える。

力強い言葉にそぐわない、彼女の甘い香り。そして、綺麗な顔に不釣り合いな、下唇の傷が見えた。


「レースの準備をしてるときも、スターティ

ングゲートが倒れて、第一コーナーに飛び込むときも。」


長い黒髪をかきあげ、彼女は続ける。


「あたしの目には、白い砂丘が見えてたし、地平線の向こうまで続く、ピストが見えてたわ。」


「きみが調べた通り、あたしはそれなりにモトクロスでは、結果を出したわ。でも、違うの。あたしがやりたいのは〈ダカールラリー〉なの。」


静かな姿勢から一気に彼女はまくしたてる。


「でもね、このままやってたんじゃ、ダカールラリーには出られないってわかったの。今、きみに教えてもらったような、ダカールラリーの現状すら、あたしは調べることができない・・・。」


彼女は再び、僕を見据え、両手で包み込むように僕の手を握る。


「ね、お願い。」


間近に迫る華奢な肢体と相反する固い手のひらと、強い握力に驚きつつも、彼女の美しい瞳から目が離せない。


「あたしをダカールにつれてって!」



※このお話しに出てくる〈ダカールラリー〉やその他のラリーの開催地や競技フォーマットについては、2013年から2018年のものを指針としています。

ちなみに、現在の〈ダカールラリー〉は、2020年には、南米を離れ、中東で開催されています?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る