第3話 ダカールラリー
学校での田辺みずきという女生徒の印象は、
「美人。」だけどね。
「背が高くて、スタイル抜群。」なんだけど。
「明るくて社交的。」でもね。
「スポーツ万能。」はいいんだけど。
すべての印象において、好印象をもたれつつ、聞かれた人はでもね。だけど。
をつけて、苦笑いを浮かべる。
それが彼女の印象みたいだ。
僕のクラスは〈1年1組〉
いわゆる〈勉強のクラス〉では、トップの1組だ。
対して彼女は、アルファベットのクラスで、主にスポーツの特待クラスに属している。
学校の部活動ではないものの、全国を転戦するモトクロス競技を学校としてバックアップする・・・・。という立場での入学らしい。
長身でスタイル抜群で、美人であるにも関わらず、そんな外見に似合わない、モトクロスという、激しいスポーツに身を投じる彼女は、〈基本的には〉学校の人気者らしい。
ただ、すべてにおいて、〈ツメが甘い、お調子者〉というのが、一貫した「田辺みずき」評だ。
いわく、出場人数が足りないからと出場を頼まれた学園祭の美人コンテストで、張り切って猛アピールしてしまい、空気を読まずに優勝してしまった。
いわく、その、強気キャラに頼って、恋愛相談を受けた女子生徒の友人のために、〈あたしに任せて!〉と相手の男子のところに乗り込んでいき、〈粘り強く交渉〉のあげく、相手が自分に告白してきてしまった。
体育祭で、文化部の助っ人として出場した、部活対抗リレーで、陸上部の生徒をぶっちぎって優勝してしまい、陸上の特待クラスの生徒を自信喪失させてしまった・・・。
やることすべてにおいて全力。だけど空回り。
〈だけどだけど〉がつくのが、田辺みずきという人物像のようだ。
で、そのいつもの勢いでもって、僕のところへ突貫してきて、今回は泣かされている・・・。というのが今の状況だ。
「以上の情報から、みずきちゃんが行きたいのは、国のダカールじゃなくて、ダカールラリーだろう?南米で開催されているレースの。」
グスッグスッと、彼女のことを知らなければはかなげな美少女が涙を流す麗しい場面だが、僕にはそうは思えないし、彼女は、そんなタマではない。
「そうよ!ダカールラリーよ!あたしが出られるように、手伝いなさい!!」
僕の言葉を聞くと、彼女は涙をぬぐい、キッと僕を睨み付けて叫ぶ。
「うん。で、どうして、君はダカールラリーに出たいんだ?モトクロスでそれなりに好成績をあげてるじゃないか?」
僕の問いに、彼女は体勢を立て直し、僕に向き直る。
「あたしね、小さい頃にテレビででダカールラリーの映像を見たのよ。モトクロスを始めたのもダカールのため!」
「地平線の彼方まで続く砂丘を砂煙をあげて、越えていくバイク・・・。」
確かにyoutubeなんかの動画サイトで、〈ダカールラリー〉を検索すると、出てくるのは砂丘をバイクや、巨大なトラック。4ホイールのマシンが越えていく、映像が圧倒的に多い。
その幻想的な光景は、バイクやラリーに興味がなくても、引き付けられてしまう。
「頑張って走っても、一回の転倒でリタイヤしてしまうようなバイク参加者のはかなさ・・・。」
そういうところにも惹かれたのか。なるほどなるほど・・・。
「たくさんの荷物を積んで、必死になって走る姿・・・。」
そうそう、荷物を持って・・・って?
「そして最後はダカールの海岸でのビクトリーラン!」
ちょっとちょっと!?
「そして、栄光のフィニッシャーは、ダカールの街をパレードするのよ!」
「って、ちょっとちょっと待って!」
「?」
僕の制止に、机に頬杖ついたみずきは、こ首をかしげて、僕を見る。
こういうところはかわいいんだけど。
「あのさあ、みずきちゃん。いろいろ勘違いしてるみたいだけどね?」
「ここで1回整理しようか?」
僕は再び、タブレットを取り出し、昨日、取りまとめたダカールラリーについてのフォルダを開いた。
◇◇◇
「まず、きみの間違いを正して、情報を整理しようか?」
IT教室の大型モニタを起動して、タブレットと同期させ、アフリカ大陸の地図を表示させる。
「まず、〈ダカール〉という街はここだ。」
タブレットを操作して、〈アフリカ西海岸のセネガル〉の地図を表示させ、首都のダカールの位置を赤くマークする。
「で、今のダカールラリーのスタート地点はここだ。」
タブレットを操作すると、地図が流れ、南米、ペルーの首都。リマが表示される。
「ダカールラリー。2008年まではパリダカと呼ばれていた。
レースのボリュームは、年によって変わるけど、概ね、1月の始めにスタートして20日ぐらいで、8000キロから、10000キロを走る、モータースポーツだ。」
うんうん。と彼女はうなずく。
「バイクはもちろん、クルマ、トラック、様々なカテゴリーの車両で出場することができる。」
「その名の通り、フランスのパリから、地中海を渡り、アフリカ大陸がメインステージになって、ゴールはセネガルのダカールだった。」
「ふうん。パリをスタートして、ダカールがゴールだったから〈パリダカ〉だったのね。南米にダカールって街があって、そこがゴールだから、ダカールラリーになったと思ったわ。」
彼女のような勘違いは、ネットの情報が発達した現在でもよくあるみたいで、いろんな情報を多角的に読んでいかないとわからない。
検索をかけると〈パリダカ〉時代の映像と、〈ダカールラリー〉の映像が混在してアップされているものも多く、なかなか区別がつかない。
しかも、日本を代表するような新聞社のサイトでも〈ダカールラリー〉の紹介をする記事で〈パリダカ〉時代の画像を使っていたり、未だに〈パリダカ〉という呼称を使っていたりという記事も多々あった。
「それで、何で〈パリダカ〉は、アフリカでやるのをやめちゃったの?」
みずきの質問に、僕は再びタブレットを操作し、映像を表示する。
映像には、銃を持ったカーキ色の制服を着た軍人らしき数人が、赤いシトロエンのラリーカーを取り囲むように立っている。
「アフリカの政情が不安定になり、アルカイダのような世界的なテロリストも跳梁するようになった。そんな連中にとって、世界的に有名な〈パリダカ〉というイベントは、自分達の存在をアピールするには格好のターゲットになったんだ。
それまでにもレース車両が銃撃されたりとかの事件はあったけど、ラリー参加者を誘拐する。といったような脅迫も入るようになり、主催団体のTSOは、2008年に、アフリカでの大会を中止した。」
「それでも、ダカールラリーの存続を望む声は多かったから、南米に舞台を移して、ペルーを主なスタート地点として、現在は開催されている。」
「ふううん。ダカールでスタートもゴールもしないのに、〈ダカールラリー〉なんだ。富士山でやってないのに、〈フジロック〉みたいだね。」
※このお話しに出てくる〈ダカールラリー〉やその他のラリーの開催地や競技フォーマットについては、2013年から2022年のものを指針としています。
ちなみに、現在の〈ダカールラリー〉は、2020年には、南米を離れ、中東で開催されています。
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