第2話 田辺みずき
勉強がメイン(?)の僕の所属する特進クラスにも、申し訳程度に体育授業はある。
授業とは名ばかりの、だらだらとしたバレーボールの試合をぼんやりと眺めながら、僕は昨日の彼女。田辺みずきのことを考えていた。
◇◇◇
「あ、自己紹介がまだだったね。あたし、1年F組の田辺みずき。」
彼女は僕に手をさしだす。
僕はためらいつつ、その手を握り返す。
背は高いがきゃしゃな体格のわりには、握った手のひらは堅く、力強い。
手のひらの指のつけねには、堅いタコがいくつももりあがり、親指の根元も堅い。
ただの女の子じゃない。なにかスポーツをやっている手だ。
「きみ、スポーツマネジメントの仕事を目指してるんだよね。」
「あたしね、ダカールに行きたいの!手伝ってくれないかなあ?」
「ダカール?アフリカの?」
喋り続ける彼女に圧倒されてた僕だが、ようやく、それだけの言葉を紡ぎ出す。
僕の言葉に、彼女はちょっと首をかしげ、
「違うよ?ダカールは南米だよ?」
「?」
目指す職業柄、大抵の国名や、首都の名前は知っているつもりだが、ダカールという名は、アフリカ。セネガルの首都のダカールしか思い浮かばない。
何かの間違いか?それに南米?にあるか知らないが、「そのダカール」に行きたいなら、普通に旅行としてに行けばいいのではないか?
そんなことを言い返そうとしていたところで、
「あ!練習に行く時間だ!もう!きみがいつもつかまらないから悪いんだよ!詳しいことはまた今度ね!」
そう叫ぶと、彼女は身を翻し、教室を出ていった。
翻る黒髪がたてがみのように見え、いななく荒馬みたいなコだなあ。と今度は思う。
「・・・なんなんだいったい・・・。」
◇◇◇
「なあ、お前、ダカールって知ってる?」
次の試合までの待ち時間で、隣に座るクラスメイトに聞いてみる。
「ダカール?セネガルの首都だろ?」
さすがの特進クラスで、一通りの地名は答えられる。
「そうだよなあ・・・・。」
自分の順番が回ってきて、僕はコートに入る。
準備運動代わりのトスを受けつつ、
「何で、ダカールなんだよ。」
トスをあげつつ、彼は聞いてきたが、細かいいきさつは省き、
「田辺みずきって知ってるか?彼女に言われたんだよ。ダカールに連れてって。ってさ。」
僕から田辺みずきの名前を聞いた彼は、変に納得した様子で、
「あの田辺みずきか。美人だけど、変人だよな。」
クラスに馴染んでいないわけではないと思うが、このての噂話には、僕はいまひとつ疎い。
「まあ、ダカールが南米にある何て言うのも、彼女らしいっちゃらしいけどな。」
「?」
そこまで話したところで、試合開始のホイッスルが鳴り、こっちのチームのサーブで試合が始まった。
◇◇◇
「遅い!」
待ちわせ場所に指定された、先日、面談を受けたIT教室で、彼女は腰に手をあてて仁王立ちで待ち構えていた。
彼女が勝手に決めた時間ぴったりに来たにも関わらず、ご立腹だ。
「で?どうしたらいい?あなたがあたしをダカールにつれていくのよ!」
ため息をついて、僕は椅子に座ろうとしたが、ちょっと思い直し、教壇へ移動する。
存在を無視して、移動する僕に、彼女は困惑して、声をかけてくる。
「ねえ、ちょ・・・」
教壇に立って、一息ついて。
「田辺みずきさん!」
「は?はい!」
勝手に話を進めようとする彼女の機先を言葉で制す。
相手に主導権を握られたままでは、こっちにメリットのある結果は得られない。
会話の主導権を握るのは、交渉の基本だ。
「君のことは調べさせてもらったよ。田辺みずき。全日本モトクロス選手権に参戦中のライダー。デビューは13歳。今シーズンは、表彰台3回。優勝2回。最終ランキングは2位。マシンサプライヤはKTM。」
タブレットを起動し、昨日、調べておいた、彼女のパーソナルデータを一気に読み上げる。
「抜群のスタート力で、ホールショットからの先行逃げ切りが勝利パターン。
とはいえ、後半からの追い上げも強く、スタートの混乱に巻き込まれてクラッシュして、スタート時に最下位になった、第3戦菅生ラウンドでも、怒濤の追い上げを見せ、表彰台。」
彼女にしゃべらせないよう、一気にまくし立てる。
一瞬怯んだ彼女だが、
「さすがのリサーチ力ね。やはり、あたしの目に狂いはなかったわ・・・。」
なんとか反撃に出る。
さて。これからが本番。
「ちなみに、ランキング1位がかかった最終戦で、前日に食べたお好み焼きが生焼けでお腹壊して欠場。」
「え?」
「ついでに、今年の〈月刊 ダートオフ〉 のミスオフロードライダー投票で1位。」
なにかに思い当たったような彼女の顔が真っ赤になる。
さて、仕上げだ。
「赤いビキニ。」
「ひあ!」
某雑誌の企画で、オフロードライダーの美人コンテストがあり、その企画のなかで、なぜか水着グラビアがあり、他のランキング上位者と彼女は赤いビキニ姿を披露していたのだ。
「なんで知ってるの!あれはネットには載らないはずだったのに!」
「今時、ネットに載らない情報なんかないよ。紙媒体って言ったって、ネットにあげる人はいっぱいいるし。」
「ついでに身長165センチ。B92?W58H85?って、ほんと?」
タブレットに表示されたデータをわざとらしく読み上げる。
165センチの僕より背が高い彼女が、165センチというのはおかしいし、スリーサイズは盛りすぎ、引きすぎのような気がする。
まじまじと彼女の体つきを眺める僕の視線から逃れるように、両手で胸を隠しながら、
「い!いいでしょ!あたしはまだまだ発展途上だから、そのときとは、体型が違うのよ!」
彼女は確かに長身でスタイル抜群だが、92は無いよなあ?
「それに、撮影中のオフショットもたくさんあったね。わあ、こんな際どい画像も⁉️」
「あああああ!」
その他、ネットに転がっていた「裏情報」を次々と読み上げたり、タブレットの画像をさんざん見せて「優位なポジション」につく。
彼女の表情は青くなったり赤くなったり、忙しい。
うむ。これぞ、交渉の醍醐味。
まずは相手の弱点を準備して、攻め立て、優位なポジションを得る。
しかも強気な美少女を攻め立てるのも、悪くはない!
「もう、なんなのよあんたはああああ!」
彼女は机に突っ伏し、嗚咽しはじめた。
さっきまでの強気キャラは仮面で、このポンコツっぷりが、彼女のほんとの姿のようだ。
だったら、恥ずかしくなるような情報なんかあげなきゃいいのに、サービス精神旺盛なコらしい。
さて。ここまでで優位には立った。
「さて。みずきちゃん。」
「・・・なによ。」
真っ赤な顔で、彼女は机から顔をあげる。
「本題に入ろうか?」
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