第1話「あたしをダカールにつれてって!」
東京の高校である私立杉崎高校には校庭がない。
6階建てのビルの校舎には、その高層階ゆえ、エレベーターが設置されているが、全校生徒が一斉に乗ることができるほどの基数はないため、生徒たちは朝、早起きして、そのエレベーターに先を争って身を滑り込ませるか、乗るのをあきらめ、一気に階段を駆け上って、遅刻を逃れるかの選択を強いられることになる。
校庭がないから、体育の授業は申し訳程度の「中庭」か、地下の体育館で行われる。
それでもこの学校が、スポーツの名門校として、名を馳せているのは、埼玉県に各競技の専用のグラウンドと設備。そこに駐在する有能な指導者のコーチングがあるからで、その環境を目指して、全国からスポーツ推薦で入学してくる、決して学業が得意とは言えない。生徒たちと、学業が得意な生徒を受け入れる制度・・・の2トラックの生徒を入学させることで、この学校は〈文武両道〉という体裁を保っている。
だから、生徒の偏差値は40~75までバラエティー豊かだが、〈それぞれがそれぞれの目的のために〉この学校を利用し、学校側も彼らのスキルを利用して、スポーツの結果や、有名大学への多数合格という実績をもとに、入学者を増やし、運営する。という方式で、大変よくできたギブ&テイクの関係を築いており、校則もゆるめで、3年間を使ってそれぞれの人生計画を構築をすることができる。
僕、小林はるとも、そんな割り切った動機で、ここに入学した。
「小林。本当に大学には行かないのか?お前なら、国立でも慶応でも早稲田でも、余裕で合格できるのに・・・。」
高校1年の冬。
早々と、進路希望の面接が行われているが、僕は大学に行くつもりはないことを、すでに進路調査票に記載して提出してあった。
その結果、冬休み直前のこの時期。進路決定のプロフェッショナルである、〈進路相談マネージャー〉に呼び出されていた。
「はい。ここを卒業したら、アメリカでスポーツマネジメントの学校に行く予定です。」
入学したときから、大学には行かず、アメリカでスポーツマネジメントの勉強をしたいことを話してはいたが、〈進路相談マネージャー〉の彼は食い下がってくる。
「とはいえ、もったいないぞ。お前は入学してから、総合科目でもずっとベストテンに入っているし、英語は全国模試でも、ずっと1ケタ台をキープし続けている。
スポーツマネジメントの勉強っていうのは、俺は良くわからんが、日本の大学を出てからでも、遅くはないと思うんだがなあ・・・。」
恩着せがましく、僕の将来を心配しているようなことを言うが、本音は国立大学や、有名大学に合格した者が何人いる。ということを入学者増加のためのセールスポイントにしたいことは分かっている。
僕は苦笑いしつつ、
「英語に関してのこの学校の授業はすごく有意義です。ただ、大学の4年間というのは、自分にとって有用とは思えませんので、ここでじっくりと勉強をして、そのあと、アメリカに行きたいと思っています。」
無駄に敵を作らず、自分とは違う意志を持つものを、こちらのベクトルに引き込む・・・。それも、マネジメント業務にとっては必要なスキル・・・。なので、そのトレーニングの一環と割り切って、優等生的な発言で彼の説得を試みる。
「まあ、本格的な進路決定までには、まだ時間があるから、もう少し考えておいてくれよ。」
面談が終わり、IT企業の会議室のような面談室を出る。
講師一人、説得ができなかったことに、自分の交渉力もまだまだだな。と思いながら、もう誰もいない教室へ戻り、自分の机からカバンを取る。
教室から見える、ささやかな中庭では、バスケットの1ON1が行われている。
スポーツで入学している生徒たちらしく、交代しつつ、プレイする彼らの動きは見事だ。
「それぞれにスキルを持っているものが、それに見合った報酬と、活躍の場を得る」
それは学業でもスポーツでも同様だが、チャンスをつかまなければ、そんなスキルも無駄になる。
その手伝いをする仕事。
それが、スポーツマネジメントであり、僕の目指す人生の目標だ。
1ON 1を行う、彼らがバスケットの選手ではないにも関わらず、あれだけ見事なプレイを行っているのであれば、それを「求める」相手に売り込むことで、双方にWINWINになるのではないか・・・。
窓の外を見ながら、そんなことをぼんやり考えていた。
「きみ、小林はるとくんだよね」。
いきなりの呼びかけに振り返ると、いつのまにか、教室の入り口に「彼女」が立っていた。
背中の半ばほどまでのびた艶のある黒髪。
すらりとした長身は、僕の頭半分くらい高い。
「きみ、すぐに帰っちゃうからなかなか会えなくてこまってたんだよね。」
彼女はあっけにとられる僕に歩み寄り、若干高い位置から、ちょっとつり上がり気味の瞳で僕の顔をのぞき込む。
「小林はるとくん。あたし、あなたにお願いがあるんだ。聞いてくれるかな?」
近づいてきた彼女の香りが、僕の鼻孔をくすぐる。
そして、彼女のかたちのいい、ちょっと薄めの唇から発せられたこの言葉で、僕の人生の指針は決まってしまった。
「あたしをダカールにつれてって!」
※このお話しに登場するイベントや社会背景は、2013年~2022年のものをフォーマットとしています。
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