第10話

 真剣な表情のサイラの問いかけに、賢もまた表情を引き締め考え込む。


 開拓者になれば命の危険があると、サイラは言った。

 女神に祝福さ呪われ、未知への好奇心を抑えられなくなる。

 だからこそ、安易に開拓者になってはいけないと。

 

 しかし、賢としては正直「それがどうした」と言う思いだ。

 森で生活していた時は命の危険がない日なんて、ありえなかった。

 一度気を抜けば足を取られる。油断をすれば命を落とす。

 それが常識で、事実。油断している獣を賢は狩り殺してきた。そうして今日まで生き延びてきたのだ。


 だから、答えは決まっている。


「なります。俺は開拓者になりたい」


 真っすぐにサイラを見つめながら、賢は言った。

 賢の答えにしばし瞑目し、表情を笑みに変えた。


「歓迎します。新たな開拓者よ」


 その笑みには、どこか悲しんでいるような印象を、賢は受けた。



「まあ、『迷い人』がなれる職なんて、開拓者か賊ぐらいしかないから、実質一択なんだけどね」


 その言葉でどこか陰のあった笑みを苦笑に変え、少し重くなっていた空気を、お茶らけたような物言いで吹き飛ばした。


「え、そうなんですか」


 じゃあ、さっきの確認は一体……と首を傾げる賢にサイラは言う。


「そうよー、『迷い人』には、というか知り合いや家族が全くいない人には、その人の素性とか保証できる人がいないから、どこも雇ってくれる場所がないのよ。その点開拓者は腕っぷしと、ある程度の理性を持っていれば、誰でもなれて、お金も稼げる。まあ、その分危険はついてくるけどね」


 確かに、身元が不確かな人間を雇ってくれるところはない。それは日本でも同じことだった。

 賢は納得すると同時に、異世界でも就職は大変なんだなと思う。


「さて、それじゃあ、『灯火と導きの神』と契約を結びましょうか」

「契約……ですか?」


 神の使徒、つまりは僕になるというのに、契約するというのは、なにかおかしな言い回しだと思う。


「そう、開拓者は確かに神の手足としてその身を捧げるけど、その代わり、神からも加護を授かれるの。確かに使徒は僕みたいなものだけど、双方に利があるの。だから、契約。『灯火と導きの神』と開拓者は、関係としては対等なのよ」

「なるほど……その加護ってどんなものなんです?」

「んー、説明してもいいけど、実際に自分の目で見た方が早いわ」


 そう言って、サイラは部屋の真ん中にある大きな岩に触れるよう促す。

 賢が岩に手を付けると、ひんやりとした固い感触が返ってきた。


「始めるわ」


 その言葉を告げると、サイラは賢の手に自らの手を重ね、まとう雰囲気が厳かなものに変わる。



“――闇を照らす灯火よ。新たな担い手が掲げし松明に、聖なる火を分け与えたまえ。我らを導くをここに――”



 サイラが祝詞を唱えると、冷たかった岩が急激に熱を帯び始め、そう時間もかからず、岩に置いた手が燃える様に熱くなる。

 慌てて手を放そうとするも、サイラが手を抑えるせいで動かせない。


「サ、サイラッ」


 焦った賢はサイラの名を呼ぶが、次の瞬間、賢の体が炎に包まれる。


「――新たな火は、ここに継がれた」


 賢を包み込んだ炎は一瞬で消え、熱も感じなくなった。

 それと同時に、儀式は終わったのだろう。サイラは押さえていた賢の手を離し、悪戯気な笑みを向けた。


「どうだった?」

「……、……死ぬかと思った」


 尋ねられたので正直に言うと、笑われた。賢はそんなサイラにイラつく。


「ごめん、ごめん。でも開拓者になった人は、必ず通る道だから」

「だとしても、先に一言欲しかったよ」


 サイラの謝罪にため息を吐きながら返し、速くなっていた鼓動を落ち着かせる。


「これで、俺は開拓者になれたのか?」

「そうだよ。あとで細かい説明と一緒に証を渡すね」


 賢は自分の体を見下ろしながら、拳を握りこんでみるも、何の変化も感じられなかった。


「『灯火と導きの神』の加護は、もう授けて貰えたのか?」

「あはは、そんな直ぐに効果があるものじゃないよ。まあ、一見にしかずとも言うし、試してみようか。岩に手を付けてみて」


 え、と賢は躊躇する。さっきの今で、自分の体を燃やした原因に触れられる勇気が湧かなかった。

 そんな賢にサイラは笑い、大丈夫だよと自らの手を付ける。

 サイラに笑われた賢は、少しの反骨心を覚えつつ、ためらいながらも再び岩に触れた。

 ゆっくりと、一刺し指から触れていくと、さっきは燃える様に熱くなっていた岩は、最初に触った時と同じく、ひんやりと冷たさを持っていた。


「私の後に続けて行ってみて。“我が歩みの軌跡を、続く灯火とそのしるべをここに”」


 身構えすぎて拍子抜けした賢を微笑ましく見守っていたサイラは、先程とは異なる祝詞のような言葉を唱える。

 サイラに続けて唱えると、岩に文字が浮かび上がった。

 岩には筆で書かれたような、黒い文字が連なり、賢の名前と、その下にもいくつかの文字が記されていく。

 その表記は一人分のみで、サイラは唱え終わる前に手を離していたようで、その名前は記されていなかった。



 岩に記された文字はこのようになっていた。


【ケン モリノ(18歳 男)

 教養:3 整地:1 言語置換 登攀:3 軽業:3 隠伏:4 槍術:1 投擲:4 索敵:3 耐毒:2 魔術(火):1                 】



「これは?」

「これはあなたがこれまで積み重ねてきた経験を、【技能】という決められた形に当てはめて可視化されたもの、なんだけど……凄まじいわね」

「そうなのか? 一番大きい数字でも4までしかないんだが……」

「凄いわよ、最大が5で、熟練度によって数字が大きくなるんだけど、1の見習いから始まって、3でようやく一人前。4はもう熟練者の域よ」


 驚愕を顔に浮かべながらサイラが説明する横で、賢は納得の表情をしていた。


 教養は日本での義務教育によるものだろうし、整地は土木業務で得たのだろう。

 森で生活するようになってからは、木に登り降りするのは日常であり、獣の群れと遭遇しそうになったら、物陰や木の上に隠れ、必死に気配を殺していたし、狩りの時は木の上から石を投げ、眉間や鼻など弱い所に当て、ひるませてから槍で仕留めてきた。索敵は名の通りだ。

 耐毒はまあ、そういうことだろう。

 しかし、二つ程、分からないものがある。


「サイラ、この【言語置換】ってあるのは何かわかるか? 数字も書かれていないし、覚えがないんだが」

「うーん……私も見たことがないわね、多分だけど、ケンがこうやって私達と会話できているのは、この【言語置換】のおかげなんじゃないかしら。『迷い人』の使う言語は私達の言語とは別物らしいし……いえ、それは【教養】の効果かしら? ちょっと調べてみないと分からないわ」

「そうか」


「それにしてもケン……あなたって、本当に苦労してきたのね。その年で4を二つを持つなんて、珍しいわよ」

「命がかかってたからな。死ぬ気でやればそりゃ上達するさ」


 そう、【槍術】は留めに使う程度でしかなかったが、【投擲】と、隠れる【隠伏】の二つは言葉通りの生命線であった。

 狩りの牽制や、逃走のための視線誘導に、石を投げてきた回数は数えきれない。

 自分が敵わない獣から身を隠し、息を殺すのだって、それこそ見つかれば死が待っていた。


 この二つこそが、危険極まる森の中で命をつないできた賢の武器であり、鎧だった。 


「この分なら、開拓者を十分にやっていけるわね。と、言うより既にかなりの実力者と遜色ないくらいよ。役割としては斥候かしら」

「役割? 斥候?」

「ええ。開拓者には危険がつきものだから、ほとんどが複数人でパーティーを組んで行動するわ。戦闘役や回復役っていう風にそれぞれ役割を決めてね。なかでも斥候はパーティーの安全に大きく関わる重要な職なんだけど、特殊な技術が必要だから数が少ないの。ケンの力量なら招き手は多いはずよ」

「それは良かった……のかな? まあ、森での苦労が報われるなら嬉しいよ」


 サイラに太鼓判を押され、嬉しいような、悲しいような気分になる賢。数字としてこれまでの苦労が目に見てわかってしまうせいだ。


「サイラのいう神の加護ってコレだけなのか?」


 自分の習得している技術がどのようなものか、どの程度なのかがわかるのは、確かに便利ではある。

 しかし、それが命を懸ける開拓者達にどんな利益をもたらすのかが、いまいち想像できない。


「ふふっ、文字に触れてみれば分かるわ。そうね、【槍術】に触れてみて」


 楽し気に笑うサイラに促され、賢は岩につけていた手を動かし、【槍術】の文字に指を着けた。

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