第9話
「まあ、なんだ。質問はこれで終わりだ。楽にしろ」
「はあ」
質問に答えていたのに、途中で遮られて、強制的に終わらせられた。
なんとなくモヤッとしたものを感じながらも、言葉にできないので引き下がる。
「納得していただけましたか?」
「まあな。『迷い人』と言う事なら、森の奥に居た事にも説明がつく。正気がどうとかいう話も……うん。仕方ない事だろう。元に戻れたのならそれで話は終わりだ」
「……微妙に戻り切ってはいないのですが……オホンッ。それでですね、彼は今身分を証明できるようなものは何も持っていないので、このままでは買い物をするのもままなりません。ですので……」
「なるほど。彼をギルドに加えようと」
「ええ。彼の実力はイェドの森で三年間も生き延びた事からも確かですし、私達自身、この目で見ています」
「ふむ。まあ、断る理由がないな。優秀な者は一人でも多く欲しい。こちらから頼みたいくらいだ」
――ついてこい。レリードと言葉を交わし合うと、いきなり大男が立ち上がり、そう賢に言って部屋から出て行ってしまった。
何がなんやら、レリードに顔を向けても手を振られるばかりで、何の説明もなく、グランツとベッグは部屋の主が居なくなったのをいいことに、備え付けの棚をあさり始めている。
「さっさと行かんと見失ってしまうぞい」
アグーの一言により、混乱しつつも急いで大男の後を追い、部屋を出たのであった。
「ここだ。入れ」
男に連れられて入った部屋は、受付の男に案内された部屋よりも、奥まった位置にあり、入ってみるとこじんまりとした小さな部屋で、中央に賢の背程にも迫る岩が置いてある以外、何もなかった。せいぜい奥に扉があるくらいか。
「そういえば、まだ名前を言っていなかったな。俺はこの開拓者
「へっ? あ、はい。森野 賢です。賢と呼んで下さい。よろしくお願いします」
自己紹介をして右手を差し出し、賢に握手を求める大男――レーガンに、賢も慌てて名前を名乗りながら手を握り返した。
「早速で悪いが、君の身分をしっかりとしたものにするためにも、我がギルドに加わってもらえないか」
「え、あ、はい。まあ、こちらも都合がいいですし、お願いしたいですけど」
「そうか、ありがとう。俺からも感謝しよう。これからよろしく頼む」
「あ、よろしくお願いします……でも、その開拓者ギルドって、何をすればいいんですか?」
ポンポンと進んでいく展開に、目を白黒させながらそう返すも、レーガンは聞こえていなかったのか、部屋の奥についた扉に向かって声を張り上げる。
「サイラァ! 新人だ、儀式を頼む!」
「うるっさいなぁ! 大声出さなくても部屋に入ってきた時から聞こえてるよ! てか今準備してたところだし!」
扉の奥から高い声が響いてきて、次いでガサゴソと何かが擦れる音が聞こえる。
「後の事はあそこから出てきた奴に聞け。俺は元の部屋に戻る」
レーガンはそう言い残すと、さっさと部屋から出て行ってしまった。
部屋に一人残された賢。
カチャリと音を立てて開く扉。
現れた祭祀の様な衣装の若い女性。
レーガンを追うため慌てて飛び出した賢は、現在麻の布を装備していない状態である。
狭い部屋に、毛皮を腰に巻いただけの半裸の男と、若い女性が一人ずつ。
女性は目を丸くして驚きの表情を浮かべた後、口を開いていく――
――どうなるかなど、分かりきったことだった。
「へ、変態だぁぁぁー――――――!」
賢にその叫びを否定する材料は、持ち合わせていなかった。
ちなみに、女性の叫びと同時に支部長室からそれを超える怒鳴り声が建物内に響き渡っていたため、誰も女性の叫びに気付いていなかった。
「――……ふーん、なるほどねぇ。イェドの森で三年間すごした『迷い人』かぁー」
あれから怯える女性に必死になって説明した賢は、なんとか落ち着いてもらい、会話できる程度までの距離まで近づけるようになった。
薄紫の髪を肩の長さまで伸ばしたサイラと呼ばれた彼女は、必死に弁明する賢に危険はないと判断するや否や、大きな水色の瞳に好奇心をいっぱいに宿しながら賢のこれまでの経緯を聞きだした。
「それで、『神の実』を探しに森に入った『極夜の夜明け』と出会って、町まで連れてきてもらったって訳ね、中々運命的じゃない。まあ、そこまで生きてこれたってのがすごい事なんだけど」
「その『極夜の夜明け』って、グランツさんたちは、有名な方なんですか?」
「有名も何も、この国じゃその名を知ら無いやつはいないわよ」
「そ、そんなに」
「王都の迷宮化を寸前で食い止めたとか、大型の魔物を単独パーティーで討伐したとか、話題に尽きないわ」
「へえー」
賢を救ってくれた四人の話を聞いたりと、それからもしばし、久しぶりの女性との会話を楽しんでいた。
「それで、身分証が欲しくてギルドに入りたいのですが、どうすればいいんでしょうか。このままでは服も買えないそうなので困ってまして……」
「あー、それは確かに困るねぇ。と言うか、なんでそんなヤバイ格好してるの?」
「ヤバイって……この格好も慣れれば結構便利ですよ。洗う手間が少なくて済みますし、ボロボロになったら新しいのを刈ればいいだけです。森の中は一年中暖かかったので風邪を引くこともありませんでした」
「そ、そっか……でも町で暮らすには、その恰好じゃ困ることも多いと思うよ……まあ、それならいいよ。ギルドに登録させてあげる。強さは証明されたようなものだしね」
「ありがとうございます!」
早く服を買わないとね。と言いながら許可を出したサイラに頭を下げる。
次いでとばかりに、気になっていたことを質問してみた。
「あの、この開拓者ギルドって、何をする場所なんですか?」
その問いかけに、サイラは一瞬動きを止め、賢に笑顔を向ける。
「何も聞いてないの?」
「? はい」
「開拓者のことも?」
「それが分からないんですが……」
「支部長からは?」
「後の事はサイラさんに聞けとしか……」
サイラからの問いに答えていくたびに、サイラの笑顔は引き攣ったものになっていく。
「あ、あんの顔面犯罪者ぁ~、面倒だからって、また全部私に押し付けたなー!」
それまで浮かべていた笑顔を消し去り、サイラはここにはいないレーガンに怒りの声を上げる。
驚きで目を丸くする賢には目もくれず、怒りが収まらぬとばかりに両手で頭を押さえながら「うがーっ」と唸りを上げた。
しばらくして、声を上げたことで少しは気持ちが落ち着いたのだろう。興奮して荒げた息を深い呼吸を繰り返すことで落ち着かせる。
次にはもう切り替えた様に、元の様子に戻っていた。小さくつぶやかれた、「後で殴る」と言う言葉は聞かなかったことにしたい。
「いい? 貴方がなろうとしている開拓者っていうのは、『灯火と導きの神』の使徒よ」
「神の使徒?」
「そう。未知の闇を灯火によって照らし、遍く全てを既知に変える事を司る女神。そして未知を既知へと開拓する灯火こそが、私達開拓者」
「なるほど」
なるほどなどと言っているが、賢は神仏に対して、信心は一欠けらも持ち合わせてはいなかった。
一応家には仏壇を置いていたし、家族の葬式は仏式で挙げたが、仏壇を置いたのは両親だし、葬式は周りの大人が段取りをつけてくれただけだ。仏教にこだわりがあったわけでもない。
神頼みはすることはあっても――森に飛ばされた当初は、二日に一回は神に祈っていた。――神を信じるのとはまた別なのだ。
「この世界には、まだまだ未知に溢れている。貴方がいたイェドの森だってそう。危険な獣や、人が入れない、入ったことない場所に身を投げ出し、そこに秘められている全てを暴く。それこそが『灯火と導きの神』の願いであり、使徒である開拓者の使命。……だからかしらね、『灯火と導きの神』の使徒になった者は皆
――
「私達は、まだ見ぬ先が知りたくて、たまらなくなる。例えその先に命の危険が待っていようとも。だからこそ、あなたには聞いておかなくちゃならない」
あなたはそれでも開拓者になりたい?
サイラは、静かに、そして真剣に、賢に尋ねた。
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